端っこの恋人
7月に入ってようやく、ミントが学校に出て来た。
単位が危ないと、担任の水木先生に脅されたらしい。
体調が悪かったのはホントのようで、痩せて顔色も良くない。
でも、とりあえず以前と同じ明るさを取り戻しているように見えた。
バドミントン部でも、練習を再開したらしい。
ただし、あたしとは一度も口をきかない。
「あんたたちって、ほんとに別れちゃったの?
それ、もしかして、あたしのせい?」
尾谷奈月が気に病んでいる。
れんさんのことを、ミントに告げ口したせいと思っているらしい。
「そんなんじゃないよ。
もっと前から、とっくにダメだったんだよ」
「あのハーフの人とは、まだ続いてんの?」
「まあねえ」
あたしは、曖昧に切り上げた。
他人にはどうでもいいことだ。
れんさんが、外人でもハーフでもクォーターでもないこととか。
“真ん中”じゃなく、“端っこ”で付き合ってることとか。
れんさんは、一日も欠かさず公園横に来てくれた。
たった一時間とはいえ、夕方の同じ時間を毎日空けるのは大変だったろう。
30分しゃべって、15分買い物、15分移動時間。
どこへも行けない、何も展開しようのないデート。
すぐに退屈してしまうだろうと思ってた。
あたしはともかく、れんさんが馬鹿馬鹿しくなるだろうと。
ところが、この時間を一番楽しんでいるのはれんさんだった。
彼はこの一時間、お互いが退屈しないように、あらゆるバリエーションを考え出した。
まず、昼間にどこかに出かけた時は、必ずお土産を持って来た。
食べ物だったり、写真だったり、摘んできた草花だったりした。
クーラーボックスに、評判の店のアイスを入れてきたこともある。
ふところに子犬が入っていたこともあった。
ミニゲームや知恵の輪も登場した。
30分以内でできるショッピングや、近所のコーヒー館の優待券なんかも手に入れて連れてってくれた。
そうやって遊んだり、話を聞いてるだけで、時間はあっという間に経ってしまった。
ホントに女の子の扱いがうまい人なんだと感心する。
あたしも負けずに、毎日何かしら可愛いことをやろうと頑張っていた。
れんさんが待ち時間に読んでる本を、家で読んでみたり。
その本のしおりを手作りしてみたり。
でも、そういったわざとらしい演出よりも効果的なものは、自然の感情だった。
試験週間に入ると、あたしの下校時刻は4時前に繰り上がった。
れんさんは、大学の講義によっては都合がつかない日も出てくる。
そのことがわかった時、思わず「あたしが待つ」と言い張って、彼を困らせてしまった。
「試験前に外をうろうろさせるわけには行かないよ。
試験終わったら、また会えるじゃないか」
「じゃあ、れんさんは5時から何をするんですか?」
「何も。家に帰るよ」
「イヤです。その時間は、あたしのものです!」
思いがけず強い口調になり、自分で驚いた。
「5時から6時まで、あたしに下さい。
ほかの事に使わないで、他の人にあげないで」
言いながら、震えている自分に気付いて愕然とした。
これはホントにあたしだろうか?
演技なの?
本音なの?
もう自分でも判らなかった。
判らなかったことがショックだった。
れんさんの前で、あたしはなるべく女子高生らしく、純情に振舞おうとしていた。
それは演技だった、確かに。
でも、心にもないことをしようとしていたわけじゃない。
あたしの心の中には、オモチャ箱のそこに溜まったガラクタみたいなものがたくさん詰まっている。
同じ感情でも、どれかは希望で、どれかは疑惑が勝っているカケラたちだ。
その中で一番可愛いものを取り出して、誇張して並べて見せる。
それは演技と言えるんだろうか?
照れくささのあまり、捨てたり沈めたりした本音も、きっとたくさんある。
複数の女性が出入りする、れんさんの時間。
その中のたった1時間を、あたしは確保しておきたかった。
そこを暇にして、他の女に入り込まれるのは、絶対に避けたい。
そして何よりも、あたし自身がれんさんに会いたかった。
「5時になったら、電話するよ」
れんさんは言いながら、震えているあたしを胸の中に抱き取った。
「他の事には使わない。約束するよ。
5時から6時まで、会えない日には電話で話そう」
れんさんは、腕の中のあたしの頭をそっと撫でてくれた。
「我慢しないで言えるようになったね。
その方が可愛いよ。
あやちゃんは可愛い。ホントに可愛い」
胸に耳を当てて聞こえて来たのは、れんさんの心臓の音だった。
深まるかもしれない。
今より、もう少し真ん中に行けるかも知れない。
あたしが、れんさんの心を射止められるかも。
その時は、本気でそう思った。
あたしのものにするんだ。
力いっぱい、思ったのだ。
その幸せは、次の日壊れた。
3時間目が終わった休憩時間、ミントが急に声をかけて来たのだ。
最初は、ホントに聞き取れなかった。
2度目は、耳を疑った。
聞き返して、合計3回、ミントに同じ台詞を言わせた。
「広瀬 廉は、ユルミと寝たぞ」