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アブラカタブラ!

 校門を出て、公園横に急ぐ。

 今までだって、何度も同じ場所で待ち合わせた。

 なのに今日は全然違う人と会うみたいに思える。

 あたしの気分、頭の中が違うんだ。


 これまでのれんさんは、頼れる保護者のような存在だった。

 今日からは違う。あたしのターゲット、あたしのオトコだ。

 どうやって入りこむか。

 どうやって絡め取るか。

 どんな風に、オトすか。

 こんなことを考える日が来るなんて、夢にも思わなかった。


 カラダをオトすのは、きっと簡単だ。

 このごろそれが分かって来た。

 ユルミが繁盛してる理由も分かって来た。

 あたしが服を脱いで、「して」って言えば、チェックメイトだ。

 ケモノの場合は、その場で交尾してハッピーエンド。


 でも人間はそうは行かない。

 受胎して子孫繁栄するために恋をするには、人生が長すぎる。

 あたしがオトすのは、カラダじゃいけないんだ。

 真ん中に入っていかなくちゃ。


 問題は、れんさん自身に「真ん中」が存在するかどうかだ。

 そこを確かめる方法が判らない。

 「カノジョ」がいて、「そうでないオンナ」がいるってことは、何か区別があると思うんだけど。

 “開けゴマ”や“アブラカタブラ”の呪文があるのなら、教えて欲しい。


 車のドアを開いてビックリした。

 なんか、れんさんオーラが違いませんか?

 服装も髪型も変わってないけど、あたしを見る瞳の深さが違う。

 口では言えないけど、わかる。

 れんさんも本気出して来てるんだ。

 あたしをオトす気になってる。

 この人の場合、カラダからってのもアリなんだよね、きっと。

 こわいな。大丈夫かな。

 百戦錬磨に挑みかかられたら、あたしなんてひとたまりもないんじゃないかな。

 足が震えそう。


 「乗っていいよ。どうしたの?」

 れんさんに声をかけられるまで、、不覚にもあたしは固まっていた。

 いけない、もう戦闘は開始してる。

 一礼して乗り込んだあたしを見て、れんさんは

 「何かあった?」と、尋ねた。

 「ちょっと見とれちゃった。れんさん今日、なんかビジンですね」

 ウソはつかない。伝え方こそ、手管なんだ。

 「お化粧のノリがよかったから」れんさんがふざけた。

 「あはは」

 

 あたしは紙袋から、小ぶりのポットと紙箱を取り出した。

 「クッキー焼いて来たんです。おやつにしませんか」

 「あ。すごい、朝から持ち歩いてたんだ」

 「今日は教科書が少なかったから」

 高校生らしい可愛いことって、他に思いつかなかった。

 

 車の中より、屋外が気持ち良さそうなので、公園のベンチに移動した。

 サッカーボールを奪い合っている小学生が数人いて、れんさんを見て叫んだ。

 「メンバー交代しやがった」

 「言いつけたろか」

 何を言ったのか、意味がわからなかった。


 「知ってる子たちですか?」れんさんに聞いてみた。

 「いや。実はさっき5時前に来て、ここに座ったら、ユルミちゃんが来たんだよ」

 「えええ?ユルミ?ひとりでですか?」

 「どこかに車が停まってたのかも知れないけど、気がつかなかった。

  待ち合わせですかあ、ってそこにひょいと座って来たんだ」

 「な、何かされたんじゃないですか?」

 もう、そりゃ、ユルミだからなんかしたはずだ!


 「腕組んで来ただけだけどね。

  そしたらサッカーボールが飛んできて、ユルミちゃんに当たったんだ。

  で、ユルミちゃんが、よそでやれよそで!って言って投げ返した。

  子供たちも生意気でさ、おまえらこそいちゃいちゃするなあ!みたいな言い合いになって」

 「それで、あたしが来たからメンバー交代」


 ひやりと背筋が緊張した。

 これ、もし悪ガキたちが何も言わなかったら、れんさんは黙ってたんじゃないだろうか。

 ユルミに会ったこと、言う気がなかった。

 なんか、アヤシイ?

 この人はこうやって、常に立体交差を作って行くんじゃない?


 問い詰めるのは、利口じゃない。

 こんどユルミから探ってみよう。


 「クッキーって、家庭科の授業でやるんですよね。

  で、好きな先輩とかに持ってったりするんです。

  れんさん、もらったことあるんじゃないですか?」

 当たり障りのない会話でお茶を濁す。


 「あるある。でも、家庭科って女の子だけがやるんじゃないじゃない。

  たまに後輩の男子が持ってくるんだ。これが怖いんだよ。

  何が一緒に丸め込んであるかわかんないんだから」

 「闇ナベみたいなクッキーですね」

 「ラップ一枚食わされたことがある」

 れんさんの話は面白かった。

 でも、何かが深まったり、広がったりしないように、巧妙に話題を選んでいる気がした。


 一時間ほど話をして、車に乗り込む時。

 れんさんは、唐突にあたしの肩を抱き寄せて、車の陰で短いキスをした。

 「こないだ怒られたから、ここで自主規制するよ」

 そう言って、すぐに車のドアを開いた。

 うーん。まずい。向こうのペースだ。

 

 近所のスーパーに寄って貰って、買い物をした。

 れんさんに荷物持ちをしてもらって、雑談をしながら家の前まで送ってもらった。

 「また会って貰っていいですか?」

 せいぜい可愛く、最後に言ってみた。

 「毎日7時まではあそこにいるよ。

  終わったら、メールして」

 れんさんは極上の笑顔でそう言った。


 嬉しいはずの瞬間。

 あたしの心に浮かんだのは、意地の悪い計画だった。

 遅れるとメールしといて、定時に出向いてやろうかしら、って。

 あたしの恋愛は、もうバトルになっちゃってる。

 なかなかうまく心地よい路線に入ってくれないのだ。

 早く呪文を突き止めないと、カラダの方が先に進んでしまいそう。

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