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作戦開始

 大丈夫!

 あたしには演技の才能がある。

 間壁先輩にしたときみたいに、桃色のウソとそれ未満の真実を。

 深呼吸を3回。

 携帯に、れんさんのナンバーが表示されてる。

 さあ、レッツ・トライ!


 「れんさん?こんばんは!」

 「あやちゃん、珍しいね。

  そっちから電話って、初めてじゃないか?」

 「かけるまでに30分もかかりました!すごい緊張してる‥‥」

 これはホントのことだ。

 ホントのことを、伝えるか伝えないかで、手管とか技術の差が出て来る。


 「きのう、合唱コンクール行って来ました。

  うちの学校、県代表に残れましたよ」

 「それはすごいじゃないか、おめでとう!

  次は全国大会かな」

 「夏休みに東京本選です。

  そこで恐怖のお泊りになるんです」

 「例の危ないパジャマパーティーかい?」

 「巻き込まれないように、ソプラノの中に入り込んでないと怖いですよね」


 とりあえず、最初のつかみは上々。

 ここで軽くジャブを出すことにした。


 「でも、泊まりの方が楽かもしれませんよ。

  昨日はK駅に朝6時集合で、朝出て行くのが大変で」

 「K駅6時?」

 れんさんがちょっとドキッとした様子を、密かに楽しんで察知。

 「3番ホームに6時集合だったんです。

  友達のお父さんが車を出してくれて、それに4人で乗ったんですけど起きたのは5時前で大変」

 「‥‥そう」

 あはは、れんさん上の空だ。

 『あの中にいたのか、ヤバイ!』とか思ってるね、きっと。

 ちょっとイイ気味。


 「それと。大学祭の時ですけど」

 「ああ。来てくれたのに相手が出来なくて悪かったね」

 「いいえ。あたしが行かないって言ったのに、急に予定変えたから」

 「一緒に来てた人は、誰?」

 そろりと、れんさんが探って来る。

 やっぱり、ちょっとは気になってたかな。

 

 「あれが噂の緑川部長です」

 「テノールの?案外いい男だったな」

 「いい人ですよ。電工大の近くに下宿してるそうです」

 「どっちが誘ったの?」

 「‥‥あたしが」

 これは、ウソだ。

 「やっぱり、れんさんに会いたくなって。

  でも、ひとりで行くの、ちょっと悔しかったから。

  そんな馬鹿なことで、ずいぶん悩んだんですよ。

  ホントは一人で行って、謝りたかったんです」 


 「謝るって?」

 「はい‥‥れんさん」

 「うん?」

 「この前はすみませんでした。あの、‥‥車の中で。フレグランスの時」

 「あれは僕が悪いよ」

 「そんなことないです。

  あたし、ホントはあの時、すごく嬉しかったんです」

 「ホント?」

 

 「ほんとに。

  でも、ああいうことって初めてで、途中で怖くなって。

  生意気なこと言って、ごめんなさい。

  本心じゃないんです、とにかく怖くて。

  れんさんのせいにしたかった‥‥。」

 これにも、ウソは入ってない。

 でも、演技のつもりじゃないと絶対、口には出さないつもりだったことだ。


 「また会って貰えますか?」

 「こっちがお願いしたいくらいだ」

 「明日とか‥‥だめですか?」

 「学校の帰りにまた送ろうか?

  でも、今、夕食当番が毎日あるんだろう?」

 「はい。5時に部活終わって、買い物してまっすぐ帰って支度したら、30分余るんです。

  だから、買い物するとこから付き合ってもらえたら、1時間は一緒にいられるかなあって。

  あの、図々しいですか?」

 「いや全然。公園横にいるよ」

 「うれしい!ありがとうございます!」

 「じゃあ、明日」

 「はいっ」


 よし!可愛かったぞ、あたし。

 まずは一歩前進。

 何よりも収穫だったのは、会話を全部、コントロールできると分かったことだった。

 れんさんに翻弄されっぱなしじゃいられないもの。



 「思ったよりやるね。

  一日たった1時間!いい作戦だと思うよ」

 次の朝、屋上で部長に報告したら、感心されてしまった。


 「道中と買い物入れて一時間じゃ、本気でえっちは無理だからな。

  おまけに、持って行きようで毎日でも会う口実が出来る。

  そうするうちに、向こうが外で会いたがるようなら新展開だね」

 「まだそれは不安だなあ‥‥。

  それに、えっちをコントロールしてるだけじゃ、何もキモチが深まらない気がするんです。

  どうやれば、真ん中に入って行けるんでしょうかねえ」

 「それは、その人その人のツボがあるし、わからないよ。

  これから徐々に探っていかないと」

 「はい」


 「それはそうと、発声はどのくらい進んだんだ?」

 「う。‥‥そ、そこそこです」

 「そこそこって事があるか。

  あれだけ指導したんだ。そろそろ抜けてくれ」

 「抜ける?」


 「ずっと発声を続けてるとな。ある日要領をつかんで、スポンとフタが取れたように声が出ることがあるんだ。

  それがまだだから、休まずやって欲しいんだ。

  1回抜けちゃうと、要領がわかって次からが楽になる。

  さあ、あと10分ある。ここでやってみろ。」


 またしても、オニの緑川トレーナーの特訓を受けるハメになった。

 恋愛も歌も、この人にかかるとスポ根ものになっちゃうんだ。

 ああ、疲れる。 

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