蛸足配線病
「だいたい誰の話か、わかったぞ」
あたしの話を聞いて、部長はしたり顔でうなずいた。
電工大に至る坂道を登りながらの会話だ。
あたしたち以外にも、たくさんの人が坂を登って行く。
車の行き来も激しい。
学生や地域の人で混然とした集団がぞろぞろと。
これから昼をはさんで、一番、人出が増えるんだろう。
「顔と性格がそこそこ良くて、モテる男はそういうことになりやすいんだ」
誰のことかわかったと言うだけあって、部長はれんさんのイメージをちゃんと捕らえていた。
「それって、恋愛じゃありませんよね」と、あたし。
「だいたい、男は恋愛なんてしないんだ」
「え?」
「恋愛ってのは、目の前の異性が他の異性と違って特別価値がある、と認識する感情のことだ。
自然界で考えてみろよ。
オスとメスがお互いてんでにそれをやると、受精の確率はガタ落ちだ。
だから、オスは誰彼なしに姿や泣き声でアピールするだけ」
「そうか、メスが選ぶんですもんね」
「つまり、自然界ではメスしか恋をしないんだ」
「でも人間は違います」
「表向きはね」
「裏だって違います」
「キンギョちゃん、オトコになったことないだろう?
あの自然の呼び声を知らないから、そう言うんだよ」
「何ですか?呼び声って」
「ある日、例えば外出するじゃない」
「はあ」
「そしたら、道行く女の子が、みんなびっくりするほど可愛いんだ。
モデルのオーディションかなんかあるのかなあと思うくらい。
たまらず、その中のひとりをナンパしてデートの約束するだろ?
ところが、次の日に会ってみると、結構なブスなんだよ。
おっかしいなー。
で、よく考えたら、前の晩にビデオで一発抜いちゃってるわけだ。
要するに、溜まってるとみんな美人に見えるという‥‥。
‥‥おーい、キンギョちゃん。
他人のふりをしないでくれ」
下品すぎます、部長!!
ともあれ、この部長の明るさは、あたしを落ち込みから救ってくれた。
あたしたちは、キャンパスの中のあらゆるものをネタに大騒ぎした。
ロボットアームの操縦をした。
手作りおもちゃをつついて遊んだ。
女装大会で笑い転げた。
ランチは、予定通り部長が焼きそばをおごってくれた。
食後のコーヒーはあたしが紙コップでおごった。
「例の、カップルじゃないと参加できないゲームってこれですか?」
2階の講義室の一つを使って、大きなゲームステージが出来ていた。
『コンピューター相性コンテスト!
90%以上で景品が出ます!
高得点カップルには、今後の恋愛展開を判定します』
入り口にでかい立て看板が出ている。
「ゲームじゃないみたいだけど。
面白そうじゃないか、判定してもらおう」
ひとり1台のノートパソコンで、三択問題に答えて行く。
“好きな色は”とか、“雨の日の過ごし方”とか、単純な質問だ。
50問の回答から、マザーコンピューターと名づけたメインパソコンが、パートナーとの相性をはじき出す。
パ・パ・パ・・パンパカパーン!
最後の質問に答えた途端、大きな音でファンファーレが鳴り響いた。
「おめでとうございます!
本日最高の97パーセントを獲得されました!
さあではこちらへおいで下さい!!」
案内係が駆け寄って来た。
どこへ連れて行かれるのかと思ったら、中庭に面したベランダだった。
マイクを持った司会者が、どこからか飛び出して来た。
あたしと部長はベランダに引っ張り出され、中庭に向かって立たされた。
蝶ネクタイに坊ちゃん刈りの司会者が、下を通る人々に挨拶した。
「はーい、中庭の皆さんこんにちはー!
こちらはコンピューター相性コンテスト会場でーす!
さあ、今回は素晴らしいカップルが登場しましたよ。
まずこちらが、奇跡の97%を獲得された緑川・かなをペア。
そしてもう一組は、94%を叩き出した、広瀬・近藤ペアです!!」
「えっ」
あたしたちの隣に引き出されたカップルを見て、驚いた。
れんさんと‥‥ユルミ?
インタビュー形式で判定された、あたしと部長の恋愛展開予想は傑作だった。
『典型的な女性上位のカップルです。
男性は、惚れた弱みで女性を縛ることが出来ません。
女性が外に向かって積極的に出て行き、男性はアドバイザーとして協力するのがいいでしょう。
セックスの相性が良いので、男性はそちらの主導権を握ってバランスを取りましょう』
「女性上位だってさ」
部長は面白がっていた。
「あたしがお尻に敷くんですか?」
言いながら、あたしはちらりと隣の二人を見る。
れんさんとユルミの方にも、予想診断の紙が出ていた。
ふたりでそれを見て、派手に大笑いしている。
「あやちゃ〜ん、見てえ。すごいよお」
ユルミが紙を見せてくれた。
『理屈抜き、セックス中心のカップルです。
言葉も同一の趣味も必要なし、お互いの体さえあればコミュニケーションОK!
男性の方は意外に秘密主義なので、女性は外でペラペラ二人の秘密をしゃべらないようにしましょう。
また、女性の生活能力を男性が支えて、こまめに動いてフォローするカップルになります。
肉体が衰えると破綻を招きやすいので注意しましょう』
「わああ!すごいね」と、あたしはあきれて言った。
この結果はほとんどユルミのせいでは?
「これ、当たってるんですか?」
部長が、わざと知らん顔でれんさんに聞いた。
れんさんは笑って首を振った。
「僕ら、カップルじゃないんですよ。
ひとりで来て体験したがる人も多いんで、僕はパートナー要員なんです。
もう朝から20回くらいやってますよ」
「ええ?れんさん、これが仕事?」
あたしは内心ホッとした。
ユルミと二人で来ている訳じゃないのだ。
「おい、広瀬ぇ」
入り口から受付係の声がした。
れんさんは別の客の相手をしに行ってしまった。
「ゆみちゃんはひとりで来たの?」
あたしはユルミに聞いた。
「うん。この大学の人に誘われたんだぁ。
でも今、たこ焼き焼いてて出て来れないんだよぉ」
なるほど。
ベッドもシートもないとこへ、ひとりで来るヤツじゃないよね。
「やっぱりあいつだったな」
部長は講義室から出る時、ひとりでうなずいた。
「キーボードの修理に来た男だ。
大林センセの甥っ子だろ?」
「そうです」
「ありゃ、女の方から寄って来るんだな」
階段を下りようとしたところで、さっきの講義室かられんさんが出て来た。
若い女性に手を引っ張られて、しぶしぶ出て来た様子だった。
そのまま廊下で話し込んでいる。
女はジーンズにTシャツという軽装だった。
それでも、スタイルがいいのでちょっと目立つ。
ふたりはしばらく談笑してから、講義室に戻って行った。
入り際、女がれんさんの腕に、自分の腕をからめるのが見えた。
モトカノのような気がする、なんとなく。