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れんさんのビョーキ

 土曜日の朝、お兄ちゃんが寮から帰って来た。

 珍しく、父も母も家にいた。

 一家団欒のふりなら得意だ。

 なにしろ年季が入っている。


 お兄ちゃんは、両親と寮生活の話をしていた。

 テーブルには、紅茶とビスケット。

 あたしはテレビを見るふりをしながら、片耳で聞いている。

 お兄ちゃんは、両親の前では愛想がいい。

 自分より上の人間と、下の人間とで態度が違う。

 あたしも、茉理さんも、れんさんも下だ。


 白々しさで息が詰まる。

 たまらず部屋へ上がってしまおうかと思った時、電話が鳴った。

 携帯ではなく、イエデンの方。

 「もしもし、ええっとワタクシ‥‥」

 「部長!」

 ひと声聞くだけで、誰だかわかる美声。


 「明日の合唱コンクールの集合場所、西口から東口に変更したいんだけど」

 「あ。はあ」

 あたしは首をかしげた。

 「てことは、これ連絡網なんですか?

  でもあたしの上は、青島さん‥‥」

 部長は当然、連絡網の一番上。

 一年坊のあたしは、ソプラノのラインの中でも下から2番目だ。


 「ソプラノは、かなをさんを省いて回してもらったんだ」

 「はあ?」

 「僕が電話をしたらいけないのか?」

 「いえ。でも‥‥なんでわざわざそんな手間を」

 「急に声が聞きたくなったからだ」

 

 あたし、面食らって返事ができなかった。

 ストレートで即決速攻。

 ちょっとうらやましくなった。

 あたしも、部長みたいな性格で生まれてくればよかったのに。


 「何か話しましょうか?」

 気が晴れるかもと思って、言った。

 「そうだな、2・3時間ほど出て来れないか?

  うちの近所で大学祭をやってて、今すごく賑やかなんだ」

 部長は思いがけないことを言い出した。

 「僕は貧乏学生で、金にピーピーしてるがね。

  それでも、ここの学祭の焼きそばくらいなら、おごることが出来るぞ。

  確か、かなをさんちの近くを、専用バスのルートが通ってなかったか?」


 おいおい。

 「大学祭ってもしかして、電工大ですか?」

 「そうそう。

  去年の大学祭に行ったが、結構面白かったぞ。

  パソコンや工務の技術を駆使した各種ゲームコーナーが人気なんだけどね。

  カップルでしか入れないとこもあったりして、去年悔しい思いをしたんだ。

  今年は女の子誘って行きたいと思ってた」

 それを当日誘うところも、部長らしい。


 「お誘い有難いんですけど。

  実は、他から誘われたのを蹴って家にいたので‥‥」

 「もしかしたら、片思いの相手ってやつ?」

 「あ。はい」

 「なんで断ったんだ?」

 「それは、ちょっと‥‥」

 お兄ちゃんがちらりとあたしを見た。

 父も母も聞き耳を立ててる気配。

 

 「言いにくいか」

 「ギャラリー多くて」

 「やっぱりちょっと出てこないか。

  そいつにやきもちを焼かせるのも、一つの手じゃないのか」

 「やきもち」

 れんさんが嫉妬なんてするかなあ。


 「いろんなソースを必要とするもんじゃないかな、恋愛も」

 「恋愛になっていればの話です」

 ただのイタズラだったら、ソースなんて意味ない。


 れんさんは、結局あたしの要求に応えてはくれなかった。

 あの時、あたしの立場を決めるような一言は、別れ際まで出ずじまいだった。

 「ごめん」

 こんな一言で何がわかるだろう?

 新たな不安が湧いてきただけだ。

 れんさんのしたことが愛情からじゃない可能性。

 単なる“イタズラ”と言うヤツかもしれないこと。


 「あたしのこと、好きですか」

 車の中で、何度も聞こうとしてやめた。

 えっちしようとした直後に聞いたらバカだ。

 お世辞にも、NОと答えるわけないじゃないか。


 言葉が欲しいんじゃない。

 あたしは自信を持ちたいだけ。

 れんさんの真ん中に入りたいだけ。


 「行ってみようかなあ」

 受話器に向かって言ったことばを、お兄ちゃんが聞きつけてにらんで来る。

 「よしっ!!」

 部長は叫んだ。

 見えないけど、ガッツポーズをしたはずだ。


 「お母さん、昼いらない。

  ちょっと、出てくる」

 あたしは部屋に上がりながら、母に声をかけた。

 「広瀬だろ」

 お兄ちゃんが横から叫んだ。

 「れんさんじゃないよ。合唱部の人」

 「電工祭って言ったじゃないか」

 「だから、合唱部の人と行って来る」


 お兄ちゃんは、あたしを追って階段を登って来た。

 「広瀬に会いに行くんだろ?」

 「れんさんとは約束してないよ。

  どうしてそんなにれんさんにこだわるの?」

 「アヤキお前、広瀬を見かけ通りの男と思ってたら、痛い目みるぞ」

 

 ‥‥うん。

 痛い目のいの字くらいは、もう見てる。

 「でも、ひとりの人と続かないって、それほど悪いこと?」

 気になって聞いてみた。


 「バカか、お前。違うよ。

  一年付き合った彼女と別れた次の日から、すき間なく次の女が出てくるからおかしいんじゃないか。

  もとから水面下で同時進行してなきゃ、できない話だろ」

 「同時進行」

 「立体交差オトコ、って言われてんだよ」

 「浮気癖があるってこと?」

 「浮気とは違うかも知れないがね。

  ごちゃごちゃにタコ足配線になってないとやってけない人間なんだよ、あれは!」


 あたしの頭の中を電流が走った。

 あたしの立場を決めてくれなかった、れんさん。

 もしかしたら、決められないのかも知れない。


 立体交差。

 横断歩道が好きか、陸橋が好きか。

 地下道と自転車道とどちらが好みか。

 そんなことにこだわる人はいない。

 その時一番、渡りやすいところを渡るだけだ。


 それが、れんさんのビョーキ?


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