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抱きたい香水

 “次の土曜日か日曜日、うちの大学祭に来ませんか。

  映画のタダ券もらいました。

  『モンスター・モンスター』と、『アクアレディ』どっちがいい?”


 6月。

 ほんとに久しぶりに、れんさんがメールをくれた。

 これはもしかして、デートのお誘いでは?

 喜んでいたのはほんの束の間。


 「アヤキか?

  おふくろに言っといてくれ。

  道場の都合で練習が休みになったんで、土日は家に帰るから」

 お兄ちゃんから電話があった。

 れんさんのお誘いはこのためだ。


 あたしはため息をついた。

 このままずっと、兄弟揃ってれんさんのお世話になり続けるなんてできない。

 あたしとお兄ちゃん、どこかでちゃんとしなきゃいけないと思う。


 「わかった。

  金曜の夜にはもう帰ってくるの?」

 「いや、土曜の朝だ」

 「ふうん」

 「アヤキ、お前、広瀬と付き合ってんのか」

 「えっ」

 「広瀬はやめとけよ」

 「お兄ちゃん、なんなの、突然」

 

 「広瀬は1年ごとに女を変えるんだ。

  長続きしないんで有名なんだ。

  お前もうっかりそばに寄ったら、今年度メニューにされちまうぞ」

 

 「なに、それ!」

 なんてひどい言い方するんだろう。

 これだけお世話になっている、れんさんに。

 一番親身になってくれてる人じゃないか。

 それも、お兄ちゃんが悪いから迷惑かけてるんじゃないか。


 だいたい、女性への接し方を、お兄ちゃんが中傷する権利あると思ってるんだろうか。


 この人は、だめだ。

 あたしはいつから、この「だめ」に気付いていたんだろう。

 れんさんの言うとおり、あきらめてた。

 なのに、体だけが反応するのがイヤでたまらなかった。


 あたし、これだけはユルミに感謝しなきゃ。

 声で“来る”こと、教えてくれた。

 それは愛情でも執着でもない、ただの“反射”なんだってこと。

 熱いものから手が引っ込むのと一緒。

 吸い込んだら咳が出るのと一緒。

 不本意だけど、恥ずかしいことじゃない。


 れんさんにメールを返した。

 “お誘いありがとうございマス。

  日曜は、全国高校合唱コンクールの県予選があります。

  朝が早いので、土曜早い時間なら喜んで!”


 れんさんから返信。

 “なら明日、別に付き合ってもらえませんか?

  妹の誕生日、プレゼントをねだられて要ヘルプ!

  フレグランスって、どこで買うもの?”


 繁華街を歩きたいので、車は公園横に放置。

 バスもあるけど、歩いたって20分くらいのものだ。

 ちょっとね。れんさんと歩いてみたかったんだ。

 デートみたいでいいでしょう?

 道行く女の子達が振り返るのも、快感。

 あたしが制服なのが、ちと難点かな。


 「コロンって、重くない?

  トワレくらいでいいですよ、安いし」

 歩きながら相談した。

 「どう違うの、それ」

 「あ、どう違うんだっけ。純度?濃度?」

 「こっちに聞かないでくれ。

  僕なんか、フレグランスからまずわかんなかったんだ。

  ああ、香水のことかア、どんな香りがいいの、って聞いたら、妹もテキトーでさ。

  『臭くないやつ!』って。

  臭い香水って、あるわけか?」


 珍しくオタついてるれんさんが面白くて、あたしはワクワクした。

 中央通りに新しく出来た、香水専門店に連れてってあげた。

 千円前後の若い子向けのフレグランスが山積みしてある。

 テスターを開けて、よさそうなのを何品か並べてみた。


 「あんまり女の子っぽいのは嫌いだと思うな」

 あっさりした香りの一品を、れんさんは選んだ。

 「これ、れんさんの好みですか?」

 サワヤカ系の香りを、あたしも嗅いでみていると、

 「僕の好みは違うよ。

  女の子だったら、もう少し思わせぶりなのがいい」

 「思わせぶり?」

 「さっきちょっとドキッとするのがあったんだ」


 れんさんは場所を移動して、定価商品の棚からひとつを出した。

 「これ‥‥」

 香りを嗅いでみて、驚いた。

 フローラルでも柑橘でもない。

 もっと肌に近い香り。

 でもって‥‥さりげなくない!


 「れんさんって‥‥エッチ」

 思わずつぶやいてしまった。

 「えええ?なんでこれがエッチかなあ!」

 「そうじゃなくて、ドキッとするとか思わせぶりとか。

  なんか、ソッチ系のイメージで選んでません?」

 「ああ、そうか」

 れんさん、あっさり納得した。


 「そうかもね。僕は、女の子の香りって、結構“来る”んだ」

 “来る”って単語に、あたし内心ギクッとした。

 「で‥‥。これが一番、“来る”んですか?」

 「うん」

 つまり。

 れんさんが、えっちしたくなる香りナンバー1。

 ‥‥欲しい。


 プレゼントにリボンをかけてもらってる間。

 「あやちゃんにも、一本買ってあげようか?」

 れんさんがあたしを振り返った。

 「ええ?そんないいですよ!」

 「付き合ってもらったんだし、記念に。

  何か自分の好みってある?」

 あたしは首を振った。

 さすがに、さっきのエッチ系が欲しいとは言えなかった。

 

 れんさんは、山積みの小瓶の中から一本選んで、

 「甘い系がいいよね」

 と言って買ってくれた。


 20分歩いて、車のところへ戻って来た。

 車の中で箱を開けて、れんさんがくれた香水の香りを嗅いでみた。


 あたしは吹き出した。

 「これって、チューインガムに同じ匂いのヤツがありますね!」

 「おいしそうじゃない」

 「食べる気ですかあ?」

 何の意図もなく言ってしまってから、ドキッとした。

 ‥‥意味深な会話になってしまった。


 まずい。

 息を飲んだ気配は、れんさんにも伝染した。

 ふたりとも真顔になってしまった。

 まずい、まずい。

 

 れんさんは、あたしの手から香水ビンをそっと取り上げた。

 その手を伸ばして、あたしの耳のあたりへ。

 シュンと小さな音がして、首筋が冷たくなった。

 車内にチューインガムの香りが広がった。

 

 「‥‥おいしそうだよね」

 れんさんがつぶやいた。

 ザラッとした、あのハスキーな低音で。

 それ、わざとやってますか? 

 その声、あたしダメなんですってば。


 れんさんは体を乗り出して、あたしの首筋に唇を当てた。

 ‥‥れんさん。忘れちゃったんですか。

 それって、犯罪ですよ!


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