ゴキブリホイホイ
ダブルデートの相手探しは難航した。
クラスの子たちは、みんなミントを知ってる。 特にあいつがかなり一方的にあたしに惚れてんのを知ってる子は、気の毒がって断って来た。
他校の子っていうと、中学ン時の友達になるけど、これがみんなまったりしたカレシがいるんだ。
金曜の朝になっても、相手が決まらなかった。
その間ミントは、つとめて普通のクラスメートに徹してくれた。
こう誠実にされるともう裏切れない。
イライラしながら、電話やメールばかりいじって過ごした。
そんな金曜日の帰りのバスの中で、あたしはユルミに出会ったのだった。
ユルミこと近藤由美は、小学校の時の友達だった。
確か総合病院の病院長の娘とかいう、いいとこのお嬢だったと思う。
この時も、市内じゃ一番のお嬢様女子高の制服を着てた。
でも本人は、小学校の時と何も変わらない。
ショートカットに、トンボめがね。 顔は童顔と言うか、赤ちゃん顔。
体形もぽっちゃりした幼児型。
性格はぼんやりしている印象がある。 昔から、あんまり自己主張をしない子だった。
「どっちでもいいよお〜」が口癖の、とろんとした癒し系の口調。
その間延びした印象に、みんながユミじゃなく、ユルミとあだ名をつけたのだ。
「あやちゃん久しぶりだねえ。 元気でやってたア〜?」
ユルミはとろりんとした声で言った。
「元気元気。 ゆみちゃん今、なにかやってんの? クラブとか」
「えー。 なんにもやってないよお。
帰宅部だよお、女子高はたるいし〜」
「ね。 明日、ヒマ?」
ワラにもすがる思いで、聞いてみた。
「うん、なんにもないよお、明日は〜」
「ダブルデートしない?」
あたしは簡単に説明した。
「あとひとり、連れてくって約束しちゃったのよ」
「ふーん、いいよお。 明日の何時?」
「3時にS駅」
「オッケー。 行くわあ」
ユルミは簡単に承知してくれた。
あたしはユルミを見くびってたんだろうか。
そんな話をしながら、ユルミにカレシがいるかどうかも聞かなかった。
いるはずないって、心のどこかで思ってたからだ。
今思うと何だか、オトコをあてがってやるような優越感さえあった気がする。
それが証拠にあたしは、ミントの反応まで気にしていた。
こんな色気のない子を選んだら、未練があるって思われないか、とか。
女って、自分よりブスしか連れてこない、とか変に勘ぐられないか、とか。
あたしは知らなかった。
なんにもわかってなかった。
見かけだけで判断してとんでもない、毒薬を投入してしまった事を。
教訓だ。
「安い罠ほど、すぐ閉まる!」
その後あたしは何度もこの古い友人に苦汁を飲まされることになるのだった。
土曜の朝、あたしは起き上がれなかった。
激しい悪寒と発熱。 計ったら39.5度もあった。
ほとんど失神状態で寝ていた。
11時ごろ起きて、ようやくミントにメールを打つことができた。
「ごめん。 風邪で死んでる。 今日は行けないから、相手の人にもゴメン。
も一つゴメン、お願いがある。
あたしの連れてく子、連絡が取れないの。
悪いけど、駅まで行って説明してあげて!
この埋め合わせは治ってからするからね! オネガイシマス!」
そうして、あたしは二日ばかり寝込んだ。
その間に、大変な事が起こっていた。
熱が下がって学校へ行くと、ミントが血相変えて詰め寄って来た。
「あーや! アレはなんだよ、あの女は!」
「え? ユルミ?」
「オレをバカにしてるのか?」
「‥‥え?」
「オレが、やりたいばっかりのスケベ男だと思ってんのか?」
「何の事よ?」
「ほんとに知んねえの?」
「だから、何の事か説明してよ!」
ミントは唇を尖らせて、あたしを教室の隅に引いていった。
「まず、はじめまして、だ」
「?‥‥うん」
「次に、お前が来れない事説明して、すみませんって言ったら、いいんですよお、もう一人の人もこれないんですかあって」
「うん」
いかにもユルミの言い方だ。
「三番目の台詞がこうだ。
『じゃあ、ふたりだけなんですね。
ちょうどいいから、これからエッチしませんか』だ」
「はあ?」
「そのあと、名前を聞かれたんだ。 どうなってるんだ!」
「はあああ?」
あのユルミが? たった3言で、エッチしましょう?
信じられない!
「‥‥し、したの?」
思わずペロンと聞いてしまって、頭をバシバシ叩かれた。
「あーほーかー!! するわけないだろ、あの展開で!
オレ一瞬、お前がなにか、オレを試そうとしてあの女に芝居を頼んだのかと思ったんだ!
お前分れたがってたしさあ!」
縁切り屋か。
「そしたらあの女、いきなりブチューッと」
「げ!」
キスしたあ?
あの駅の、人ごみの中でかい!
「ミ、ミントどうしたの?」
「どうしようもあるかよ!
お前の友達だし、跳ね飛ばす訳にもイカねーだろ」
つまり、無抵抗で固まっていたって訳ね。
「兄貴に聞いた事あるんだ。 時々いるってさ、そういう女。
“おサセ”とか“公衆便所”とか言われる女だ。
ただの尻軽とは違うんだってさ」
うん。 確かにただオトコ好きなのとは違う気がする。
エッチ以外に、コミュニケーションしたくないって感じだ。
ちょっと、ビョーキ。
そのあとになって、わかった。
例のお嬢様学校に行ってる別の友達が教えてくれた。
ユルミは校内で、こう呼ばれているらしい。
「ゴキブリホイホイ」
安い罠どころか、何匹捕らえても閉じない罠ってわけ!