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ひとりラブホ

 あたしたちの高校の西側にある丘。

 ユースホステルが頂上にある丘だ。

 その丘の中腹で、れんさんは車を停めた。

 エンジンを切っても、大きくため息をついたきり動かない。

 

 「れんさん‥‥」

 困ってるんだな。

 この恰好のあたし、どこにも連れて出られない。

 時間は10時を回ってる。

 洋服を買うのはまず無理だろう。

 

 「ごめんね」

 迷惑かけてる。

 「ちょっと頭を冷やしたいだけだ」

 れんさんはそう言って、車の外に出て行った。


 たいして高い丘じゃないのに、ここの夜景はきれいだ。

 頭の芯がぼおっとして、何も考えられない。

 ぼんやり夜景を見るうちに、じわじわと悲しみが湧いてきた。

 もう、今日はなんて日だろう‥‥。


 れんさんは、冷たいコーラを2本持って帰って来た。

 車に乗り込んで来るその顔を見てびっくりした。

 「れんさん!頭より、顔を冷やさなきゃ!」

 お兄ちゃんが殴った額の脇が、真っ赤に腫れてる。

 イイ男が台無し!


 あたしは自分の分のコーラを彼の額に当てた。

 「あやちゃん!」

 いきなり、れんさんに叱られた。

 何の事かわからなかった。

 彼はあたしの額に手を当てた。

 思わず目をつぶったら、驚いたことに涙がボロボロ流れた。

 「平気な顔したらダメだって言ってるのに」

 ダッシュボードを開けて、タオルを一枚出してくれた。


 「あの人に何かされたの、今日が初めてじゃないだろ」

 れんさんが、自分で額を冷やしながら訊いた。

 その話はしたくない。

 とくに、れんさんには。

 

 「最初に会った日に、おかしいなと思ったんだよ。」

 あたしが黙っているので、れんさんは一人で話を続けた。

 「うちには妹が二人いてね。僕と三人、年子なんだ。

  僕が高2の時、妹は高1と中3だったんだけど、当時の彼女と公園でキスしてるとこをこの二人に見られてね。

  お兄ちゃん不潔不潔不潔って、百回くらい言われて。

  しばらく口もきいてもらえなかった」

 あたしは、れんさんの顔を見直した。


 「妹って、そういうもんだと思ってたから。

  だから、あやちゃんがあの日、ものすごく冷静にお兄さんの性行為に対処したんでびっくりしたんだ。

  なんか、すごく重たいことがあって、もうあきらめてるんだ、とか。

  そんな気がしてずっと気になってたんだ。

  僕の勘違いだろうか?」


 あたしは返事をしなかった。

 れんさんは深く追求して来ない。

 「かなを先輩、今夜はおかしかったよ」

 すぐに話題を変えて話し続けた。


 「僕の前で、恋人の市川さんを侮辱するんだ。

  馬鹿にすると言うのとは違う。

  “こんな風に、女ってのはちゃんと仕込んで、いつでもセックスできるように待機させとく、それが出来なきゃ男じゃない”って、言ったんだ」

 「ひどいね」

 「信じるのかい?」

 「え?」

 「お兄さんがそんなことを言うはずないって反論しないの」

 「‥‥あ」

 「ね?君は冷めてるだろ?」

 「ウソなの?」

 「いや、話にウソはないよ」

 れんさんの口調には、苦い痛みがこめられていた。

 「僕も、人を見る目がなかったな」


 「キスマークについては、話してくれるよね?」

 あたしはうなずいた。

 れんさんに、間壁先輩とのキスから、悪夢のパーティーまでのことを話した。

 れんさんはただただ驚いていた。


 「集団で汚染されてるって事?

  信じられないな!

  第一、ふざけてキスとか、男同士だったら絶対やらないぞ」

 「合唱部は全国大会とか、遠征の機会が多いから。

  泊まりの時に、パジャマパーティーとか言って危ないことしてたのが、エスカレートしたらしいんです」

 「うーん。悪かったよ。

  レズのふりしろって言ったの、僕だよね」

 「そうよ、れんさんのせいよ。

  責任とってくださいね」

 「うん」


 半分ふざけて言ったつもりなのに、彼は生真面目にうなずいた。

 それからしばらく携帯で、何かを検索していた。

 「何を探してるんですか」 

 「この恰好を見られずに泊まれるとこ」

 泊まる、という言葉が、あたしの子宮をごつんと殴った。



 

 モーテルというところ、駐車場のカーテンの中を初めて見た。

 別に普通の駐車場と変わりないんだと感心した。

 れんさんは、案内板を見て、狭い通路へあたしを手招いた。

 「ここは部屋ごとに専用階段があるんだ」

 あたしは、れんさんの大きすぎるジャケットの前を押さえて、通路に走りこんだ。


 部屋の中は、うーんとうなるようなピンク系の色使い。

 中央のでかい回転ベッドを見て、足が動かなくなった。


 「れんさん」

 「うん」

 「ここって、ラブホ‥‥」

 「ここはモーテル」

 「どう違うの?」

 「やることは一緒か。まあ、ガマンしてよ」


 あたしの心臓は踊り狂っていた。

 でも、頭の中は、ここでスーッと冷めていった。

 やることは一緒。

 なんだかんだ言ったって、れんさんも‥‥。

 みんな同じ。ミントも、お兄ちゃんも。

 簡単にスイッチ入っちゃうんだ。

 ユルミの捕獲箱はいつも満タンだろうねえ。

 オトコって、低俗。


 今日って、結局あたしの喪失の日だったんだね。

 まあ、相手が女の子でも家族でもなかっただけましかも。


 れんさんはバスルームに入って、中で湯をセットした。

 「自動で止まるみたいだ。

  湯が張れたら入って。

  ええと、食事はしたんだよね」

 なにやら忙しくバタバタしたあとで。

 「じゃあ、お休み」

 と、部屋を出て行こうとしたのでびっくりした。

 

 「ええ??れんさんどこへ行くんですか?」

 「一旦、戻るよ。朝ちょっと早めに来る」

 「か、帰るって‥‥ここ、ラブホですよ」

 「モーテルだって」

 「あたしひとりで泊まるんですか?」

 「僕が一緒じゃまずいだろう」

 その通りですが、そんな人いるんですか!

 

 「これから君んちに戻って、かなを先輩と話し合ってこようと思うんだ。

  今後ずっと逃げ回るわけに行かないんだからね。

  ついでに、先輩が僕のアリバイを証明してくれることになるから」

 「アリバイ?」

 「あやちゃん、まだ16歳でしょ?

  僕は明日で19になるんだ。18越えてりゃ大人だろ。

  まだ犯罪者にはなりたくないんだよ」


 そんなこと、考えたこともなかった。

 そうなんだ。

 16歳とえっちすると、法律にひっかかるんだ。

 

 子供と大人がえっちすると、虐待しちゃったことになる。

 それは聞いて知ってたけど。

 今まで意識してなかった。

 誰とでもしていいとは思わなかったけど。

 好きになった相手となら、してもいいなと思ってた。

 でも、うっかりすると、好きになった相手を犯罪者にしてしまう。

 こんな大事なこと、当のあたしがなんでわかってなかったんだろう。


 あたしたちは、守られる立場にある。

 そう、吉行先輩のお姉さんとか。

 お父さんお母さん、だけじゃなく、すべての大人の人から。

 本人であるあたしにその意識がなかったから、いろいろ悪いことが起こるのかも知れない。


 納得はしたけど、れんさんが帰るのは悲しかった。

 あたしはいろいろなことをいってダダをこねた。

 「こんな変な部屋じゃ、眠れませんよきっと」

 「起きてていいよ。明日学校ないんだろう?」

 「きっといないですよ、ひとりでここに泊まった人」

 「記録に残るかな」

 「れんさん‥‥」

 あたしはれんさんを困らせるために会話してるのか?

 一緒に泊まると思った時は、ケモノあつかいして軽蔑したくせに。

 置いてかれるとすがりつく。

 我ながら支離滅裂だ。

 

 あたしはれんさんの服のすそを引っ張った。

 「‥‥れんさん、もう少しいてください‥‥」

 れんさんは苦笑いの顔で振り向いた。

 「誘うなよ。グラッとくるじゃないか」

 と言った。


 出て行かれるのがいやで、あたし、ここで変なことを口走った。

 「あの、キスマーク消したいんです。

  どうやったら消えるか知りませんか。

  暖めるの?冷やすの?」

 「僕のカノジョは冷やしてた」

 れんさんは、あっさりと答えた。

 あたしの心臓に衝撃が走った。


 「れんさんのカノジョ‥‥」

 「3月に別れたモトカノだよ。

  タオルに氷を仕込んで冷やしてたよ」

 れんさんは、ドアの外に消えた。


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