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ケダモノスイッチ

 「びっくりするじゃないか。

  遠目でも目立つよ、もしかしてそのまま帰って来た?」

 あたし、さすがに絶句したまま。

 でも、なんでれんさんに説明しなきゃなりませんか。

 

 「何よ‥‥。

  そもそも、れんさんのせいなんだから」

 つい、ぼそっと文句を言ってしまった。

 「僕?」

 「そうよ。責任取ってください。

  れんさんが悪いんだからね」

 言いながら、情けなくなって来た。

 

 結局、またこの人に当たるのか。

 またこの人に甘えて、目の前で泣いたり怒ったり。

 くやしい!あたし、ずっと負けっぱなし。


 「ちょっと、ちゃんと話してくれないと‥‥」

 あたしは、悲鳴をあげて襟元をブロックした。

 れんさんがひょいと手を動かしたので、また触られるのかと思ったのだ。

 手を触れられるのがイヤなんじゃなくて。

 間違って見えてしまったらまずいと、一瞬思ってしまった。

 そう、キスマークなんかより、ピアノ下着がばれる方が、あたしは恥ずかしかった。


 「何してる!広瀬!?」

 お兄ちゃんが目を覚まして怒鳴ってる。

 あたしの悲鳴が聞こえたんなら、まずいな。

 「ごめん、れんさん。またあとでね」

  あたし、自分の部屋へ逃げ込もうとした。

 

 れんさんがドアを引っ張って止めた。

 「あやちゃん!ちゃんと相談しないとダメじゃないか!」

 無理やり部屋へ入って来て、あたしの肩をつかんで言い聞かせた。


 「平気な顔しようとするのはなんでなんだ?

  こないだキスした時もそうだろう?

  悲しい時にはね、ちゃんと、悲しいって言うんだよ!」

 心臓が止まるかと思った。

 吉行先輩のお姉さんにも、同じ事を言われたからだ。


 次の瞬間。

 「広瀬え!」

 お兄ちゃんの怒鳴り声が響くと同時に。

 れんさんの体が、横っ飛びに弾け飛んだ。

 階段を駆け上がってきたお兄ちゃんに、殴り倒されたのだ。

 

 「れんさん!」

 駆け寄ろうとするあたしを、お兄ちゃんが抱き止めて怒鳴った。

 「これ、誰に付けられた。広瀬か!」

 「ちがッ‥‥」

 お兄ちゃんは、あたしのブラウスの襟元を思いっきり引っ張った。

 パンと音がして、ボタンがイッキに弾けて無くなってしまった。

 あたしは悲鳴を上げた。

 お兄ちゃんの目がマトモじゃない。


 その目が、あたしの胸元に釘付けになった。

 あ!まずいんだ、ピアノだった!

 「お前‥‥なんでこんなもの着てる!」

 あたしは胸を隠そうとし、お兄ちゃんは下着を確認しようとしてつかみ合いになった。

 力で押されて後退し、あたしは部屋の中に下がっていった。


 そこで、自分の鞄に引っかかって転んだ。

 床に置きっぱなしにしていたからだ。

 仰向けに床にひっくり返った。

 お兄ちゃんの体が、上から被さってきた。

 怖くて何度も悲鳴を上げた。

 「うるさい!」

 お兄ちゃんが怖い。

 怒ってるから怖いんじゃなくて。

 ‥‥ケモノだからだ。


 あたしの頭の中で、小学生のお兄ちゃんの顔がアップになった。

 「うるさい!さっさと脱げ!」

 思い切りあたしのほおを叩いた。

 それから首に手を掛けて、床に頭を叩きつけられた。

 あたしが動かなくなると、服のボタンを外した。


 愕然とした。

 今の記憶はいったいなんだろう。

 本当にあった事だ。それはわかる。

 でも、いったいいつのどの部分に入る記憶だろう?


 考えてる暇はなかった。

 お兄ちゃんは、片手であたしの手首を両方ともつかむことができる。

 鍛え上げた胸板は、少々抵抗してもびくともしない。

 抱きすくめられたら動けない。

 様子が尋常じゃない。

 何か別のスイッチが入っている。


 ずっと前から気になっていた。

 あの、6年生と1年生だった時のこと。

 お兄ちゃんには、えっちの意味はわかってたんじゃないか。

 妹とすることの異常さも承知してたんじゃないか。

 なのになんでそこに踏み込んで行ったのか。


 ずっと信じたくない、ある結論が頭の中にあった。

 だから、なるべく接近しないようにして来た。

 スイッチがある。

 お兄ちゃんの頭の中には、スイッチがある。

 パチンと入ったら、もう自分ではどうしようもないのだ。

 ケダモノのスイッチ。


 必死で体を起こそうとした。

 視界いっぱいに、蛍光灯で逆光になったお兄ちゃんの顔。

 あたしの涙で、ゆがんで見えた。


 突然、その後ろにれんさんの顔が現れた。

 竹刀を大きく振りかぶって。

 れんさんは、お兄ちゃんから面を3本も取った。

 それから横薙ぎに払って、足で蹴ってあたしの体から叩き落した。


 「おいで!」

 あたしはれんさんに引き起こされて、廊下に出た。

 お兄ちゃんは、意識を失ったわけではなかった。

 でも、すぐには起き上がれず、何か大声で怒鳴った。


 れんさんは、一階に置いてあった自分のジャケットをあたしに着せた。

 それから玄関に。

 「待って!どこ行くの?」

 「とにかく、出よう!」

 「でも」

 「あの人と二人で置いとけないだろう!」

 でも!

 あたし、ピアノのままなんだよ‥‥。


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