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彼はフレキシブル

 あたしが信号まで走って、道路を横断する間。

 れんさんと相手の大男は、ちょっとモメてたように見えた。

 でもあたしが駐車場に着いた時は、もう話は終わっていた。

 立ち去る大男に手を振ってから、れんさんはあたしを振り返った。


 「‥‥大丈夫?」

 いやに優しい声で、彼は尋ねた。

 あたしは息を切らし、めまいをこらえていた。

 実際ひどい恰好だったと思う。

 顔は真っ青で、目は真っ赤。 涙とハナミズくらいは付いてただろうし。


 「ええと。‥‥もしかして僕は、叱られるの?」

 れんさんが話を促したので、あたしはなんとか口をきこうとした。

 「だってれんさん、れんさんまで‥‥。

  なんで、みんなそうなんですか?

  心より、体のつながりが大事なんですか?

  恋愛ってどっちからするモンですか?」

 「‥‥そんなの、比べて判断したことはないよ」

 「今、比べてください!」


 プツンと、何か張り詰めていたものが切れてしまった。

 突然、冗談みたいな量の涙があふれてきた。

 抑えようとしたけど、出ちゃったものは戻らない。

 

 コワれちゃったあたしを扱いかねて、れんさんはとりあえず車に乗せた。

 「コーヒー?」

 すぐそばの自販機を指差して聞く。

 「いらない!」

 ああ、何をしゃべっても涙が出る。


 れんさんは缶コーヒーを自分に、あたしにはミルクティーを買ってきて、車をスタートさせた。

 でも、移動させただけだ。

 近所の児童公園の横手へ。

 「免許取って間がないから、込み入った話はハンドル握らずにしたいね。

  で、何を比べるんだっけ?」


 暗がりでエンジンを切って、改めて聞きなおされると、バカなこと言ったのがわかってきた。

 それで、言い直した。

 「れんさんは‥‥オトコに切り替えるつもりなんですか?」

 「ホモに転向するかって意味?」

 「はい」

 「そこまで考えてない」

 「でも、イヤなのに逃げなかったじゃないですか」

 「平気かどうか知りたかっただけだよ。

  言っとくけど、僕から誘ったりしてないからね」

 

 「‥‥平気だったですか?」

 「いや、なんか怖かったな」

 「怖い?」

 「食い殺されそうな気がした。

  女の子って、エッチの瞬間、あんなふうに怖いんだろうか」

 あたしは、泣きながらつい笑ってしまった。

 「れんさん、相手が極端すぎるんですって。

  あんな大男、道聞かれただけで怖いじゃないですか」

 「そうか。まあ、そうだね」


 「確かめるなら、れんさんの好みにある程度ハマる人じゃないと」

 「それは、明らかにノーマルってわかってる、かなを先輩に、襲いかかれってこと?」

 れんさんが、缶コーヒーを開けながら聞いた。

 あたしは絶句した。

 想像するだけで、ハードすぎる。


 コーヒーを飲み下す音が、いやに大きく響いた。

 ‥‥やだ。 この音だけで、ちょっと“来る”じゃない。

 気をつけないと直撃食らいそうな予感。


 「兄貴になら、れんさんその気になるんですか?

  なったこととか‥‥」

 「あるよ」

 「ええっ!」


 すっとんきょうな声を出したあたしを、れんさんはあきれたように見た。

 「なんで驚くかな。

  そもそもそんなことでもなけりゃ、自分をホモかも知れないとか疑うわけがないと思わない?」

 そうですけど‥‥。

 聞くんじゃなかった。


 だから! あたしの下半身のおバカかげんはどうなのよ?

 そこで来るな、っていうのになんでわからないの?

 もうあたし、今日はボロボロだあ‥‥。


 あたしは、あたしの下半身にもしっかり聞こえるように、れんさんに言った。

 「セックスって、そんなに大切ですか?

  好きになった結果の、到達点だと思いたいのはあたしだけですか?

  みんな、好きか嫌いかの判断を、えっちしたいかしたくないかで決めるんですけど。

  それは正しいと思いますか?」


 いつの間にか、胃の痛みが消えていた。

 咽喉がからからだったので、あたしはミルクティーを飲んだ。

 音を立てないように、用心して飲んだ。


 れんさんは、何度か首をかしげた。

 「みんなって、例えばだれ?

  あやちゃんのカレシ? 友達?」

 「‥‥両方‥‥」

 あたしはミントとユルミのことを話した。

 最初ちょっと勇気が要ったけど、話しはじめて見ると、それほど恥ずかしいと思わなくなった。

 ついでに、合唱部でどんな目に会っているかも聞いてもらった。


 「なるほどねえ。 女子高生も大変だ」

 妙に感心したように、れんさんはうなずいた。

 「面白そうに言わないでくださいよ」

 あたしはふくれて見せた。


 「その間壁という先輩は、部長の事が好きなんだろう?」

 「間違いないと思います」

 「でも、ライバルを蹴落とすために、肝心の部長の不興も買ってるし、人に迷惑もかけてる」

 「はい」

 「純粋に、肉欲抜きで、好きな人のことを思いつめる姿だよね?」

 あたしはびっくりして、れんさんの顔を見直した。

 なんて意地の悪い言い方。


 「一方で、そのユルミって子は、自分からは何も束縛しない。

  一心にセックスだけを楽しんでる。

  相手が誰だろうと、どんな問題を抱えていようと、エッチしてくれれば幸せなんだ。

  一緒に居るオトコは、その子の幸せそうな顔しか、見たことないかもしれない」

 「れんさん‥‥」

 「愛のない、体だけの、汚れた関係だよね?」

 

 あたしはため息をついた。

 「意地悪ですね」

 「そういう見方もできるって言いたかったんだよ」

 「あたしが頭でっかちなんですか?」

 「まだ経験ないんだろう? 無理もないんじゃないかな」

 

 空になったコーヒー缶をもてあそぶ、れんさんの右手を見ながら、あたしは考え込んだ。

 あたし、決め付けていた。

 ミントは肉欲に溺れて、道を踏み外した、と。 

 そうじゃないのかも知れない。

 あたしが拒絶して付けた傷を、ユルミが癒したのかもしれない。

 あたしも、ユルミにバカにされてミントを取られたわけじゃない。

 ユルミのおかげで、ミントから解放されたんだ。

 そう思うと、すごく気が楽になった。


 お兄ちゃんへのキモチに気付いた途端、オトコを試してみようとした、れんさん。

 この人の恋愛観って、底なしに柔軟だ。

 仮にホモに転向したって、相手に不自由せず、楽しくやっていけそうに思う。


 「一つ、気になることがあるんだ」

 れんさんが、思い出したように言った。

 「例のキーボード、修理した時気がついたんだけど。

  機械部の底に、なにか貼り付けてあった跡があるんだよね」

 「貼ってあって、はがした跡ですか?」

 「うん。ビニールテープで囲って、テレカくらいの大きさのものを貼ったらしい。

  それをわりと最近にはがしてるんだ」

 「どういうことですか?」

 「もしかして、音源を仕込んでたんじゃないのか」

 あたし、思わず息を飲む。

 “呪い”に見せかけて、イタズラをしたということだ。


 「リモコンにつないだ、電子音の音源をテープで貼るだろ?

  それを外から操作して慣らす。

  呪いのキーボードの出来上がり」

 「でも、なんで外したの?」

 「故障して音が出なくなったんで、貼ったものが原因で壊れたかと思ったんじゃないか」

 「あれ?でも、れんさんが修理した後、鳴りましたよ?」

 そう。あたしと部長が会話してる時。

 

 「外した音源を、外のケースに付けた可能性はないかな。

  僕もまさかケースまで調べなかったけど。

  持ち手に、でかいマスコットが付いてなかったっけ?」

 確かに、なにか取っ手にぶら下がってる!


 次の日、あたしは腹痛を訴えて部活をサボった。

 そして、音楽室から部員がいなくなる時間まで、保健室で待った。

 それから、忘れ物をしたと言って。音楽室の鍵を借りた。

 キーボードの取っ手に付いたマスコットの中を探った。

 名刺より少し小ぶりの、プレート状のものを発見した。


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