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九.縁結びの御守り

 車内では、玲子(れいこ)がシートに深くもたれて目を閉じいた。遠足に疲れた子供のように眠ってしまっている。

 こうして黙っていると可愛いのに……起こすと面倒だ。と思った工藤は、ゆっくりと車のハンドルを切って駐車場を出て、速度を落とし静かに走行した。

 ──天守閣での出来事を工藤が全く何も気付いていなかった訳ではなかった。むしろ、隠すように話に触れなかったのは玲子と正剛の方だろう。


(……由衣子(ゆいこ)……か)


 あの時、何故その名が口から出たのか、工藤は何が起こったのか分からないまま自分自身に驚いていた。

 もうどれほど口していない名か。それは、もう二度と口にすることはないはずの名だった。

 ぼんやりとしてしまい、工藤はハッとして赤信号に強くブレーキを踏み込む。急停止した車体がガクンと前後に揺れ、同時に玲子の首がカクッと横に工藤の肩へと傾いた。

 瞼を開いた玲子は、ここはどこかとキョロキョロと目玉を動かす。


「起こしたか? わるい」


 当たり前だろうなと思いつつ、下手に怒りを買わないよう先に謝っておく。

 玲子は寝とぼけた顔で、


「んんー?」


 工藤の肩に顎を乗っけたまま、グイッと身を寄せた。


「……なんだ? そんな可愛いく甘えてもレポートは教えてやれないぞ。って、顎を立てるな、イタい」

「……先生、片思いでもしてたんですかぁ?」

「は?」


 唐突に飛んだ話題。


「その、縁結びの御守り。何年も前のですね、うちでも授与してたんですよ。ケッコー人気だったから覚えてます。どこかの誰かがSNSでつぶやいたみたいで、彼氏できたーって。そりゃあ、こっちもちゃんと祈祷してますから、ご利益を授かっても何ら不思議じゃありませんけどね」


 小さくコロンとしたハート型にも似た形で、若い女性が好んで選びそうな物だ。エンジンの差込口にキーと一緒にぶら下がっている。助手席からチラついて見えたのを確かめようとして、玲子はこのような体勢を取っていた。


「その恋、成就したんですか?」

「……なんだ? もし成就していなかったら、そんな哀れな男のためになぐさめでもしてくれるのか?」

「いえ、知りません。そんなの責任取る義務も必要もありませんから」


 にべもなく冷たく言うと、玲子はふぁーっと大きなあくびを豪快に二つした。


「……可愛くねぇ」


 言ってやるも、聞こえなかったのかどうか。そのまま工藤の肩で再び目を閉じている。また寝たのかと思えば、「あのね、」と玲子が寝言のように静かにつぶやく。


「……縁結びの縁ってのは〝円〟とも書くの。人の縁は前世から末世までずーっと繋がってて、偶然なんてものはないの。全ては必然で、ちゃんと意味がある。だから、縁はとても大事にしなきゃいけないものなの。巡り巡って、回って回って……出逢い続けて……だから、きっと先生も、その恋……」


 玲子の声は徐々に小さくなっていき、寝息へと変わっていった。

 ──静寂に包まれた車内。

 工藤は不意に、妙な涙腺が込み上げてくるのを感じた。

 少し遠回りして来た高速道路のインターチェンジ入口前の赤信号待ち。ここまで距離があったが、高速に乗るなら逆に時間が短縮できるはずだった。が、乗り口へと左に出していたウィンカーを切った。

 気持ち良さそうにしている玲子をひと時、眠らせてやりたかったのか。それとも、ほんの少し、このまま肩に伝わる人肌の温もりを感じていたかったのか──。

 車は下道を選び、夕日の射す西へと向かった。



   ◇



「玲子!」

「じーちゃん!」


 遠足中に倒れたという可愛い孫の無事を確認して抱き合う祖父と孫。と、思われた──が、


「こんの、ばっか者がっ! まーた学校の先生に、ご迷惑をおかけしたんか!」


 白衣に紫色の袴姿の神主の口から〝ばっか者〟である。工藤は言うまでもなく、こんな台詞を吐く神主を生まれて初めて目にした。その圧倒的な威圧感に、こちらが平伏したくなる。

 車を走らせること一時間──山間にある玲子の実家へと初めて辿り着いてすぐの光景がこれだ。事前に工藤から連絡を受けていた祖父は、家の門前にて腰を据えて律儀に待ち構えていたのであった。

 玲子はこうなる事を前もって安易に予想していたのだろう、目を覚まして国道から外れた裏道へと車が入るなり、急に憂鬱に顔を下に向け黙り込んだんだ理由はこれだと、工藤は納得した。

 しょんぼりというよりムスッとふくれっ面の玲子は、いつもなら祖父に反発して一つや二つ言い返すのだが、〝先生の手前〟というのもあり、グッと堪えて我慢する。そして工藤の背中の後ろにくるりと回って逃げ隠れるように門の中へサッと入る。


「先生、ご迷惑をお掛けしてしまった上に、わざわざご丁寧に送ってまで頂き……誠に申し訳ありませんでした」

「あ、いえ、お気になさらないで下さい。お嬢さんもご自宅に戻られて安心したのでしょうね、症状もだいぶ落ち着いた様子で……僕も安心いたしました」


 深々と頭を下げる神主に対して、工藤はタラタラと変な汗を流す。

 玲子は知らん顔して庭の中で木の葉をちぎり捨てる。これは清めの一種の作法であり、決して植物をいじめているわけではない。


「先生、どうぞお上がりになって下さい」


 祖母が玄関から出て来て、お茶を勧める。


「いえ、せっかくですが、このまますぐ戻らないといけませんので……」


 せっかくの好意を無駄にしてしまうが、もう遠足は終わり生徒達が帰ろうとしている頃だろう、早く戻らなければいけないのは本当であった。


「それじゃあ、失礼します。お嬢さん、どうぞお体を大事になさって下さい」

「いえいえ、こちらこそ本当にお世話になりました。ありがとうございます。お車に気をつけてお帰り下さい」


 祖父が改めて礼を述べた後、


「玲子! 先生をお見送りせんかっ」


 玲子はしゃがみ込んでいた体を気だるく立ち上がらせると、のそのそと歩き出す。

 坂道をぐるりと家と神社を一周するように下った所に専用駐車場はあった。といっても、更地にほぼ近い。看板などはなく、ポツンと一つ置かれた自販機が、おそらく駐車場だろうという事を分からせていた。

 背中越しに祖父の声がしっかり聞こえていた工藤は、苦笑いを浮かべて車の前で玲子が来るまで待っていた。


「おじいさんが神主さんだったのか。なかなか厳格そうな方で、おまえもいろいろ大変みたいだな。けど、やっぱり神主さんだなぁ、なんかこう、神秘に満ちたオーラ? ってやつがあるな」

「……まぁ」


 オーラ云々はお世辞と解釈して、確かに口ではうるさく厳しい所があるが、本当は甘やかされているくらいであった。工藤が帰ればちゃんとお(はら)いをしてくれるし、祖母もあれこれといらぬ世話を焼くいてくることだろう。


「これ、ばーちゃんから」


 そう言って手渡したのは祖母が趣味の家庭菜園で作った真っ赤に熟れたイチゴだ。ビニール袋の中からでも甘い香りが漂っている。


「おっ。うまそうだな。ありがとうな。おばあちゃんにお礼言っておいてくれ」


 本日は弁当に続き、イチゴをゲットした工藤。


「じゃあ、家に戻ってゆっくり休め。また次のスクーリングでな」


 スクーリングは週に一度なので、次に工藤と会うのは一週間後だ。


「……あ、」

「ん?」

「ありがとうございました」


 玲子はバツが悪そうにペコリと頭を下げた。

今日一日を振り返ってみると、さすがに迷惑をかけてしまった。自分の起こしてまった行動が今さらながら恥しくなってしまい、まともに顔を上げられない。

 そんな玲子の姿に、


「おまえの弁当、うまかったぞ」


 と、ニカッと爽やかに笑顔で言い残すと、緩やかな坂道を下へとカーブしながら工藤の車は小さくなっていった。


「…………」


 他の女子生徒ならば胸をキュンと、ときめきそうであったが、玲子は違った。「弁当」と聞いた途端、お腹がキュルルと鳴る。お昼の鶏の唐揚げ弁当を抜いたため、胃袋だけは食べ物を欲していた。

 言いつけ通り担任教師を見送った玲子は、くるりと向いて坂道の上の家まで歩いて戻ると──祖父母が二人で何やらひそひそ話。


「あたしはあの先生気に入ったわぁ。ハンサムやわぁ」

「どうかのぅ。見た感じは、ええ人で悪ぅないけどのぅ」

「教職やて、ええやないの」

「玲子がのぅ。本人同士がどう思うておるかが問題じゃけんのぅ」

「……何の話してんの?」


 背後から思いっ切り不機嫌な態度を表している玲子に、知らぬ存ぜぬとばかりに二人は見合わせていた顔をパッと離す。


「玲子、荷物持っていっとくから。じーちゃんにお祓いしてもらってきな。夕飯はばーちゃんが作るけん。今日はゆっくりしいや」


 早速、祖母の世話焼きは始まった。祖父も雑木林の入り口で立って待っている。玲子は鼻をフンッと鳴らすと、機嫌を直すよう自分に言い聞かせた。

 雑木林の中を拝殿へと向かい歩きながら、そろりと玲子は祖父に聞いてみた。


「……じーちゃん、あの先生、どう思う?」


 くるっと振り向いた祖父は、


「玲子……」


 間違いなく何かを勘違いをして目を輝き満ちる。が、


「何か視えた?」


 期待外れの言葉に祖父は肩を落胆させた。


「それならば、じーちゃんよりも玲子の方がよく視えるじゃろ。どうした? あの先生、何か憑いておるのか? じーちゃんには、そうは感じ取れんかったがのぅ」

「んー、やっぱ本人も平気そうだし、守護霊とかの類かなぁ……何かいるみたいなんだけど、通常の私の眼では視えないみたいなの。って、まだ全開で視てはないんだよね」

「玲子の持つ霊視能力は力が強いゆえに、まだまだ不安定じゃからのぅ。あまり必要以上に使うんじゃないぞ? 自ら力の制御が行えるようになるまで、もっとちゃんと真面目に修業せにゃあイカン!」

「分ってる。ちゃんとやるよ、修行」


 先週、そう誓ったものの、三日坊主の状態となっている。


「しかし……うむ。先生の顔にはちょいと疲れの色が窺える。教師という多忙を極める職のせいもあるじゃろうが、少し気が乱れとるのやもしれん。一度、浄めと祓いをした方が良いかもしれんの。しかし、本人に直接それを伝えるのもどうかのぅ。それとなく玲子から……そうじゃ、今日のお礼も兼ねて一度うちにお招きをして……」


 くだらぬ提案を口にした祖父に、玲子は冷ややかな目線を横から向ける。ゴホンと咳払いを一つした祖父は、


「……まぁ、あれじゃ。わしも、あのぐらいの年には(けが)れの一つや二つは持っとったけどのぅ」


 ハハハッ。と、一体何の話か。祖父は笑ってその場をごまかす。

「ろくでもない神主」と、玲子は誉め言葉を贈ってあげたのだった。

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