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五.闇の中で二人

 食後、食器をチャチャッと洗って後片付けを終えた玲子(れいこ)は「お風呂、あとで入るからー」と言って自室へと戻ると、


 ──ドサッ


 ベッドへ飛び込むように体を思いっ切り投げ出した。同時に、ふぁーと大きな口を開いて豪快にあくびをする。

 二階にある玲子の部屋は、支離滅裂だ。ベッドは乙女ちっくな花柄カバーの寝具だが、床は畳の和室。机は子供の頃からの学習机を使っており、本棚には純文学の小説とマンガ本が混然と整理されないままに並んでいる。

 全く統一性というものが皆無だが、玲子は気にしていない。自然のままに空間を作っているだけだ。

 体に反動をつけて起き上った玲子は、トートバッグからレポートや教科書を取り出して机の上に置きながら、次のスクーリングの日付を確認した。毎週、スクーリングがある訳ではないからだ。


(来週は遠足かぁ……)


 春の遠足。といっても、学校近くのお城へだ。毎年同じ場所で飽き飽きしているのだが、新入生を迎えるための交流会みたいなものだ。参加すると体育の単位が取得できるので、新入生はもちろんのこと、全学年の生徒が多く集合する。

 玲子は今日の不可解な現象を振り返り、


()てみるか……?)


 学校内又は生徒内で何かが起こっているのかどうか、一斉にチェックするには絶好のチャンスだろう。

 玲子は視えるといっても、ごく小さな霊魂などは意識的に神経を集中させないと視えない。逆に大きな霊魂は自ら身を隠していたりして視えない事もある──そんな力の持つ霊魂とご対面すれば、玲子は間違いなく卒倒だろう。

 何にせよ、むやみやたらに視るものではない。相手に気づかれ下手に刺激してしまえば攻撃され兼ねない。それに、わざわざ視るのは神経を擦り減らすので、できればやりたくはないのだった。


(んー……)


 再びベッドの上に横たわると、クッションを両腕に抱えて左右にゴロゴロと転がる。考えがまとまらず、ウーッと唸って髪の毛をワシャワシャと掻き乱すと、うつ伏せになって枕に顔をうずめ込んだ。

 チラリと、カーテンが開けっ放しにされた窓越から夜空を覗く。曇り空に月の光がぼんやりとぼやけて見えていた。



   ◇



 ──同時刻。


(明日は天気悪いな)


 コーヒーを淹れ直したばかりのマグカップを手に持ちすすりながら、職員室の窓から外の空を窺い見て工藤はそう思った。星の少ない夜の翌日は天気が良くないからだ。

 他の職員達はとっくに帰っており、他には誰もいない。工藤は一人で残っていた。

 残業という程のものはなく、何となく在籍中である生徒の名簿を確認していただけだ。来週にはこれまで出席していなかった生徒も参加する可能性がある。担任クラスだけでも五十人近い生徒がいるが、直接対面したのはまだその半数だった。


(まるで熱心な教師だな)


 と、自嘲してみる。本当は、帰る気分になれなかっただけだ。

 しばし星一つない夜空を見上げていたが、マグカップの中身も残り半分に減ると、窓際から離れて再びデスクへと戻った。

 開かれている名簿に目線を落とすと、何故か里見(さとみ)玲子の名が浮き出るかのように目に入ってきた。すでに強い印象を与えられた生徒だ。とはいえ、何だか目が疲れているのかと思い、目元を手で押さえて目頭をつまむ。椅子に背もたれて肘付に手をやると、何か柔らかいものが手が触れる。


(…………)


 昼間、返さなくていいと言われて玲子に渡されたタオルだった。

 どっかの車屋の会社名が入っているので粗品だろう。それに似つかずフローラル系のちょっとだけ高そうな柔軟剤か、もしくは香水の香りがかすかに漂う。改めて里見玲子について、


「変なやつ」


 一人なので遠慮なく声に出してつぶやいた。

 ちょうど良いのでタオルは職場用として有難く使わせてもらう事とする。早速アイマスク代わりに目元に覆い被せて少しの間、体を休めた。

 誰もいない職員室内に、雑音一つない無音の空間に包まれる。


 ──……セイ


 どこからか、声が聞こえた。


 ──センセイ


 誰かが自分を呼ぶ。

 確かに呼ばれている声がする。それは、記憶の片隅でずっと忘れられずにいる声だった。

 工藤はボウッと目を開く。

 そして、おもむろに椅子から立ち上がると、呼び声に誘われるように職員室の外を出た。懐中電灯もない暗闇の中、廊下をゆっくりとさ迷うように進んでいく。

 階段を一つ一つ上へと上ると、四階へと辿り着いた。そこから更に上へと続く階段は、屋上へと続くものだ。階段の前には一本のテープが阻むように繋がれていた。

 たかが一本のテープだが、生真面目な生徒ならば立ち入り禁止という意味を理解して、それ以上には近づく事を避けるだろう。工藤はその一本のテープを何の躊躇いもなくまたいで通り抜けた。

 階段を上り切った先にある扉の前。ドアノブに手を掛け回す。開いた先の向こうは────何の変哲もないごく普通の学校の屋上だった。

 当たり前だ。と、工藤は搭屋の壁に背を倒すと、そのまま下へとずり落ちるように座り込む。

 雲に隠れて月明りはほとんどなく、白いはずのコンクリートの肌は辺りの暗闇に呑まれていて見えなかった。

 屋上の端。

 手すり壁の方へと闇を見つめる──そこにいるかもしれない人に向かい喋りかけた。


「……ごめん。まだそっちへはいけない」


 相手はどんな顔をして何を思って聞いているだろうか。

 工藤には何も見えない。

 全て何もかも闇で覆い尽くされていた。

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