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三.異空間の授業

 梨奈と入れ替わるように、教室前側のドアから入って来た工藤は、今しがた自分が話題にされていたとは知る由はなく、


「おっ、今日はケッコー席埋まってる感じ?」


 手をかざしておチャラけた。

 講演会ではないが、席に着いている生徒が多ければ多いほど、やはり教師としてはモチベーションが上がるだろう。もちろん、授業に出席している生徒が一人であろうとも、授業は通常通りに行われる。しかし、残りの生徒はどこへやら。教室の席が全部埋まるのは、試験の時くらいなのも事実だった。

 ふと、工藤と玲子(れいこ)の視線が互いに合う。先刻の校庭での出来事など何もなかったように工藤の顔はいつもの締まりのないものだったし、玲子は平常心を保ちながら真顔でしらを切った。

 授業が始まると、黒板にムカつくくらいにスラスラと数式を解いていく工藤。その背中を、穴が空くくらいに玲子は凝視する。


(んー……普通の人だよなぁ)


 ここでいう普通の人とは、霊感を持っていたり邪霊に憑かれていたりしないという意味であり、変態などではない。そう考えると、玲子の方が異常な人だ。それにうっかり気づいてしまった玲子は、ゴンッと机におでこを当てる。

 その音に、工藤が黒板の前から後ろを振り向く。先程からジリジリと焼かれるような熱い視線を注がれているのには知っていた。──教師には背中にも目が付いているのだ。

 振り返れば奴は、最前列ド真ん中の席で机に突っ伏している里見玲子の姿。

 何だこの変な生徒は? と、思われたとしても仕方がない。が、今の玲子に聞かすには、とどめが刺ささる程の威力を持つ言葉である。

 一向に顔を上げる気配はない玲子に対して、工藤は特に注意しようとはしない。他の生徒に迷惑がかかるお喋りなどといった行為以外は何をしようが本人の勝手だ。それで成績が悪くなり単位を落とそうとも、自己責任である。その点は、通信制においては無情なほどに厳しかった。

 だが、こうも目の前でやられてしまっては気にならない教師はいない。玲子の綺麗に形の整った頭のてっぺんをチラリと盗み見ては、チョークでつむじを突いてやれば下痢になるだろうか? という悪ガキのような衝動に工藤は駆られる。


 ──目生(めいき)神社


 数式を解く工藤の手がほんの一瞬、ピクリと止まりかけた。が、再びすぐに動きだ出す。工藤の頭によぎりかけた記憶──動揺しそうになった心を工藤は静かに沈めた。

 ついに、玲子は一度も顔を上げないまま六時限目の授業は終えた。

 ザワザワとした教室内に玲子は閉じていた目を開く。少しウトウトとしていたようだが、体の具合はまだ悪い。やはりお祓いをしない限り無理そうだった。目を擦ると顔を両手で押し当てて、そしてパッと手を開いて離すと、ガタッと音を立てて席を立ち上がる。


「早退します」


 ド真ん前の教卓にいる担任教諭である工藤に一応報告をして、色々入った重たそうなバッグを肩に引っ掛けると、教室のドアへとふらふらしながら向かっていく。


「里見? どした、具合でも悪いのか? 次も楽しい数学だぞ、って……おい」


 声をかけてくる工藤に「まぁ……」と、玲子は気だるく答えたが、


「あらぁ、玲子ちゃん、大丈夫? 一人で帰れるの?」


 と、心配そうに声をかけてきた同級生の、今年還暦を迎えたばかりだという白川(しらかわ)には、「うん、大丈夫」と努めて元気な笑顔を見せて返した。


「玲子ちゃん! 次の数学はオッチャンがしっかりノートとっておくけんな!」


 次いで声を飛ばして来たのは、自称オッチャンと名乗る同じく同級生である中高年の地井(ちい)だった。


「地井さん、ありがと」


 ふわりと優しく玲子は微笑む──少なくとも地井の目にはそう映る。

 他にも、すれ違い様に「帰んのー? バイバーイ」と、一見してヤンキーっぽい十代の生徒とも挨拶を交わす。この、世代を超えた異空間のような世界が広がる教室を、玲子は手を振って後にした。


「あぁ、やっぱ玲子ちゃんはやっぱり巫女さんだけあるなぁ。気品が溢れてオーラが輝いとる」


 見とれていた地井が、ほぅと感嘆の息を漏らす。


「巫女?」

「何や、工藤先生、知らんのでしたか。玲子ちゃん、実家の目生神社で常勤しとるんですよ」


 地井は誇らしそうに言う。


「私、先々週に遊びに行ったのよ。立派な御神木の桜があってねぇ、綺麗やったわぁ」


 白川のさり気ない感想の一言に、


「えーなんでわしを誘ってくれんかったん? ええなぁー」


 地井はたいそう残念がる。もちろん目当ては桜よりも玲子だ。「よし、わしも今度行ってみるか!」と、二人は会話に花を咲かせて盛り上がり始めた。

 校内で里見玲子と名を聞いて知らない者はいない。と言っても過言ではないくらい、廊下を歩けば自然と人の目を惹く存在感が玲子にはあった。実家が神社というのも知るに知られていて、その手の相談もひっそり受けているようだった。

 何も知らなかった訳ではない工藤だが、神妙に何かを探るような面持ちをしたが、「クドー、聞いてるー?」と生徒の呼び声ですぐにその表情はかき消えた。

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