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二.風の同級生

 まだ授業中のため、教室へは入らず図書館へと玲子(れいこ)は移動して来た。通信制の教室は本館の隣に建つ西館にある。図書室の他に食堂などがあり、全日制と共同施設となっている。もっとも、日曜日に食堂のオバちゃんはいない。


(あぁ……)


 図書室の一角の椅子に座りぐったりと深く持たれる。顔の血色が悪く青白い──邪霊に生気を奪われてしまっていた。こちらに注意を向けられなければ、ゲッ。と気分が悪くなるだけだが、敵意を剥き出しに襲われては敵わない。

 バッグからごそりと水筒を取り出す。

 中身は大量のはちみつ入りホットミルクティーは入っている。紛らしにしかならないが、気分だけでもホットしようとした。


(そんな強い邪霊(じゃれい)ではなかったけど……)


 玲子の中では死人は、全て〝幽霊〟と認識している。ただ、良い幽霊と悪い幽霊に分かれるが、それは霊魂の質の違いだ。生前に罪・(とが)(けがれ)を持った霊魂は冥界へと堕ちていく。

 霊魂とは生人にも存在するので、同じことが言える。霊魂が乱れれば、邪な気を生み出し、周りや本人自身にも悪影響を与える。そうならないためにも、神社では人々が清明正直でいられるよう、お祓いなどを行うお手伝いをするのだと、玲子はそう考え巫女を担っている。──ひたすら授与所で御守りの在庫を数えながら。

 今の邪霊はまだ力の弱い邪霊だったので、まだ冥界の入り口でさ迷って奥深くへとは沈んでいなかったのだろう。と気遣いつつ、そんな邪霊さえ祓うことのできない無能な自分が情けなくなる。


(なんで視えるだけなんだろ……)


 迂闊に視えてしまうため、邪霊の気を引きつけてしまい、狙われやすく憑かれやすい。が、そのための護身術が玲子は身につけられていない。別に特別な超能力なんてものが必要な訳ではなく、(みそぎ)などといった修業を積み重ねる事により、ある程度は行えるようになる。けれど、ただ単に霊感を持つだけだと、いざという時にギャーギャーと騒ぎ立てる羽目になってしまう。つまりは、


 玲子には────修業が足りない!


 机に突っ伏して、ハァーと大きく長い溜息を吐く。これは実家の神社で神主を務めている祖父にも口うるさく言われている事だった。頭を抱えて髪の毛をくしゃくしゃにして握ると、バッグの中から今度は板チョコを取り出してむさぼり始める。


(さっきの、何だったんだろ?)


 先程、起こった謎の現象について、ようやくといった感じに思い出し、唇の端をチョコレートで汚しながら推理する。

 邪霊が浄霊もなく自然消滅するのは見た事がなかったし聞いた事もない。しかし、知識と経験の浅い玲子には断言する事はできない。


(まさか工藤がやった?)


 一切、何も感じずのほほんと気づいてさえもいなかったようなので考えづらい。そもそも新学期早々、気が抜けていた。先月まではあの場は安全だったはずだったのだが……、


(新入生か)


 知らず知らずに取り憑かれている生徒がいる可能性が大きい。学校という多くの人が雑多に集まる場所では邪霊も集まりやすい。人の〝気〟が混然として乱れやすく邪気も発生しやすい。まさに邪霊にとっては取り憑きやすい生徒──餌が豊富にある状態なのである。そのため、悪影響を受けやすい玲子は、昔から学校でよく卒倒していた。


(……そういや、今年赴任してきたのって工藤だけだっけ?)


 始業式も終業式もないので、そこのところがよく分からない。最初の授業にて軽く自己紹介の挨拶をされて初めて知る形だ。ちなみに工藤の挨拶は、「詳しくはHRにて」だった。


(うーん……)


 とりあえず事態の全容が把握できない限り、しばらくの間は周囲に警戒を強めるしかない。またさっきのような不意打ちを食らっては堪らない。

 甘いミルクティーと甘いチョコレートで気分は少し落ち着いたものの、体の具合は完全には回復されていない。


(帰ったらおじいちゃんにお祓いしてもらおう)


 そう考えまで甘くしたところで、終業のチャイムが鳴った。



   ◇



 教室に戻るなり、


「よっ玲子。古典はサボったか。余裕じゃーん」


 軽口を叩いてきたのは四年生の川瀬(かわせ)梨奈(りな)だ。

 丸鶴(まるつる)高等学校の通信制課程では、基本は三年で卒業する事が可能だが、本人のペースに合わせて三年以上の在籍もできる。川瀬は修得していない単位の授業科目がある時にだけ、教室に現れていた。

 無造作なまとめ髪にブルゾンとスリムパンツというデキる大人の女といったスタイルだ。実際に年齢は二十歳を超えているようだが、ハッキリとした年齢を玲子は聞きはしないし、梨奈も言いはしない。その逆に、玲子の年齢も聞いてこないので、玲子もわざわざ言いはしなかった。どこからともなく風のように校内のあちこちに出没する飄々(ひょうひょう)とした梨奈。互いに気を遣わない。そんな関係の二人であった。


「……余裕なんて、全然ないよ」


 ストンと落ちるように椅子に座りぐったりと深く持たれた玲子。


「ずいぶん、お疲れのようねぇ。さては、またなーんか視たな?」


 勘が鋭く察しが良い梨奈には、嘘は通じない。すぐに見抜かれてしまう。玲子の視える体質は知っており、それについては否定も肯定も示さないが、決して人の話を馬鹿にしたりするような性格ではなかった。なので、玲子は素直に話す。


「……校庭で、いた」

「校庭って、いつもあんたが憩いの場にしているあの変な植木のある場所?」

「うん」


 芸術的な作品のつもりか、それともただのお茶目かどうかは知らないが、真ん丸と変な形をした植木だ。その点はあまり気に入ってはいなかったが、安全安心のできる場所として玲子の居場所だった。そこへ、突然現れた邪霊である。


「あーすっかり油断してた……」

「去年みたく、新入生が変なの一緒に連れて入学して来たってヤツね?」


 話の読解力も早い梨奈だ。

 昨年は体育館の横に建つ銅像の側に、ちゃんと二本足がある姿の邪霊が一人立っていた。あまりに鮮明だったため、気づかず無防備に横を通ってしまい、憑かれて一緒に仲良く下校したのだった。


「んー……」


 やはり誰しも、そう考えるのが妥当であり間違いないだろう。ただ、邪霊の自然消滅と工藤の事が引っ掛かる。という件については、少し躊躇してから梨奈に話すのを止めた。現状では何も解明されていないので、下手に巻き込んだりなどはしたくなかったからだ。


「よく無事だったわねぇ? 去年はぶっ倒れたわよね、体育の授業がまだ始まる前にさ。先生の、どして? って顔がウケたわ。で、今年はちゃんと退治できたワケ?」

「う、うん。まぁ……何とか。弱い邪霊だったし……私も最近、少しは修行がんばってるし!」


 嘘をついても見抜かれるというよりも、玲子は嘘をつくのが下手くそだ。

 ちなみに、修行というのは(みそぎ)といわれ、身を清めるものだ。大祓詞(おおはらいのことば)の奏上を行ったりなどする。


「へぇ、そうなの? ふぅん、偉いじゃなーい?」


 疑惑の目線をじっとりと向ける梨奈に対し、これまた分かりやすく玲子は顔を横にサッと背ける。玲子が何かを隠しているのに感づいた梨奈だったが、自ら相談して来るまでは待つ事にした。


「で、次。授業受けるんでしょ? それとも具合悪いなら早退する?」


 話は別の方向へと向けられる。


「えと、次……何だっけ?」


 時間割を再確認しようとバッグの中をゴソゴソ漁る。机の席は決まっていないため、教科書類はいつもバッグの中だった。


「あんたの一番必要とする数学でしょーが」

「ゲッ」


 思わず口から飛び出る。


「そんな、下品な声を出しなさんな。せっかくの美人が台無しよー? ほんっと、あんた理系ダメよねぇー。授業受けてもレポート分かんないときたもんだからねぇ」


 ズケズケとダメ出しされて、しょんぼりと玲子は綺麗に整った眉を下げた。


「あたしも得意じゃないけど、でもクドちゃんの授業は分かりやすいっしょ?」

「なに、そのクドちゃんて?」


 いつの間にか工藤にあだ名が付けられていた。玲子は気持ち悪いものでも食べた顔をする。そのあからさまな態度を見て、梨奈はアハッ。と、声を出して笑った。


「なに、笑ってんの?」


 今度はしかめっ面をする玲子。まるで百面相のようだ。


「いやいや、ごめんごめん。大嫌いな数学は、先生までも目の敵なのねぇ」

「ちがう、そうじゃないって。数学は〝嫌い〟じゃなくて〝苦手〟なの!」


 あまりにも工藤を毛嫌いする玲子に、梨奈は少し興味心を沸かせる。なかなか面白そうだ。と、今後の行き先に期待する事にした。

 そんな梨奈の内心になど何も気づいていない玲子は、元の端正に整ったクールビューティーに戻ると、少し考える面持ちをした後、梨奈に聞く。


「今年、赴任して来た先生って工藤だけだっけ? 他の科目の先生方は?」

「あーそうねぇ。今年はクドちゃん以外、去年と変わりなしのメンバーよ。どした?」

「いや、別に……」


 と、ここで話を意味ありげに中途半端に終わらせてしまった事に、しまった! と、玲子が気づく頃にはもう遅いのである。

 早速、飛び込んできた面白い話題を梨奈は逃さなかった。背もたれていた壁際から離れて玲子に近寄づく。


「工藤亮佳(りょうか)。今年で教師五年目の二十六歳……」

「え? 女みたいな名前」

「そこ、いいから最後まで聞きなさい? 血液型O型の長男。上に長女の姉、下に弟、妹、勢揃い。ケンカに耐えきれず、只今一人暮らし中。趣味は映画と音楽鑑賞でジャンル問わずの手当たり次第。好きな食べ物は、『とりあえず、カレー』。そして、彼女はというと……」


 ニヤつきながらジリジリと顔を近づけてくる梨奈はホラー映画のように不気味だ。玲子は聞きたくないとばかりに横目に顔を反らす。


「多分、……いない?」


 小首を傾げて何か難しい謎でも解くかのように腕を組んで口元に手を当てた。おや? と、玲子が頭にはてなを作る。


「情報通の梨奈が珍しいね。というか、そんな情報かき集めてどうすんの?」


 玲子にとっては、親戚のおじさんが酒の席で酔いながら喋り出す若かりし頃の自慢話くらいに、どうでも良かった。


「あいつ、要領いいわ。何でもペラペラしゃべるクセに、これだけは完ペキはぐらかされてる。肝心のプライベートだけは見せない隙のない男よ」


 色気のない玲子の質問は耳に入っておらず、一人悔しがる。

 教師が生徒にプライベートを話す必要などはないので、単に話さないだけだろうと思われたが、それが面白くない様子だ。年齢が近いだけに生徒扱いをされるのが小馬鹿に感じてしまうのか、それとも何か競争心でも生まれてしまうのか。何にせよ、工藤は梨奈のタイプの男性ではないだろう事から、


 ──工藤をオモチャに遊んでいる。


 そう、玲子は結論づけた。

 梨奈の性悪さが出た。と、玲子が少しばかり工藤に同情してやったところへ、予鈴のチャイムが鳴った。


「ま、いいわ。そのうちしっぽ掴んでやる。じゃ、あたしはこれで帰るから。残りがんばってねーん。あんま無理はしなさんなよ」


 そう言って、梨奈は颯爽と教室を去って行く。一体何だったんだ? と、玲子は肩をすくめたのだった。



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