十三.誰何
五月も過ぎ、六月に入ると、何やら焦っていた玲子だ。理由は、レポート提出期限の締切り日の差し迫りだ。まさしく今日が提出最終日だった。
そこら辺でレポートの分からないところを教え合いっ子している生徒もいれば、堂々と「見せて」と、それほど密に仲の良さそうでもない人に言っている生徒もいる。
「玲子ちゃん、レポートできたんか?」
「まだっ、あと少し」
昼休み返上で残っているレポートを急ピッチで仕上げている真っ只中だ。もちろん、声をかけてきた地井は、ちゃんと自宅で仕上げて登校して来ていた。
「あたしねぇ、ここ分からないの」
「あーそこ、わしもじゃ」
白川さんと地井の二人が分からない問題を聞き合っている。
「どこっ?」
勤勉で優秀な年配お二方が分からないとは、玲子にはとても無理でお手上げだ。ぜひとも聞いておかねばならぬと、必死の形相で話に割り込む。
毎日少しずつやれば全然無理のない量のレポート。だが、夏休みの宿題と一緒でいつも玲子は締切り間際に慌ててやる。頭では分かっちゃいるが、というやつだ。
(よし! あとは物理と数学……)
苦手な奴は一番最後に取り掛かるタイプだった。
(……)
これを工藤が採点するのか、と。工藤にとって、玲子の採点はこのレポートが初めてとなる。馬鹿がバレれば、更に馬鹿扱いされるのではないか。と、すでにバレているにも関わらず、一人想像して嫌になる。
「ヤッホー! 玲子、生きてるぅ?」
毎度、恒例の光景を見学しに、今日おスタイリッシュなクロップドパンツという姿で颯爽と現れた梨奈だ。ちなみに玲子は半袖ニット膝又スカート。やはり一見しては、服装はしとやかな美人を彷彿とさせている。
「──! お願い、教えて!」
頭を深く下げて頭上で両手を合わせ、命乞いをするポーズ。その手には数学レポートが持たれてあった。……あぁ。と、一瞬で察した梨奈は肩をすくめてフゥと息を一つ吐く。
「あたし、もう提出しちゃってるし、丸写しはご法度だし、教えるだけよ?」
「うん、それでいい! ありがとうっ、恩に着る!」
教科書を開きながら、ほぼぶっつけ本番にレポートを解いていった。
──七時間限。
「できた!」
もはや授業を受けずに図書館でレポートを解いていた玲子は、梨奈に教科書の主要箇所を教わり、何とか数式だけでもそれっぽい形にした。ちゃんと授業を聞いており、努力はしました。というぐらいは認めてもらえるだろうと信じる。
早速、まだ授業中にも関わらず提出場所の職員室へと向かった。放課後になると、毎回レポートを提出するため生徒達による長蛇の列ができるので、それを回避するためにだ。
ドアが開けっ放しの職員室を、小声で一応「失礼します」と入りながら挨拶をする。ザッと見渡せば、奥の棚で何やら資料を整理中らしき教員の姿と、デスクに向かっている教員が一、二人のみ。授業中ともあり、職員室内は閑散としていた。
レポートはドアの出入口付近に設置されたレターケースへと各教科ごとに分けて各々で入れる規則になっている。ちょうど工藤のデスクの隣にあるため、嫌でもその姿が視界に入り──工藤は、寝ていた。
デスクに片肘で頬杖をつきした状態で船を漕いでいる。玲子は優しく声を掛けずに、レターケースから中のケースをスッと引き出し、中にレポート用紙を入れるたび、ストンッと小気味良い音を立て閉めていく。
ほぼ無意識の嫌がらせを繰り返すこと八回。全教科、全て提出し終えると──視界の端にいる工藤の姿がフッと急に曇る。玲子が視線を向けると、工藤の体からふわりと何か半透明なベールのような物が浮かび上がった。
(え、なに?)
玲子は怪訝に疲労した目をゴシゴシ擦る。が、自身の能力に視間違えはなどはない。
それは徐々に〝人〟へと形取られていく──
「誰?」
思わず玲子は口から声を発し話し掛けてしまっていた。それくらい、違和感なく自然に視えたからだ。
玲子の問いかけに相手が答える。
──だれ?
二人の誰何に応じるよう、工藤が閉じていた瞼をゆっくりと開く。そして、まだ眠りの淵を歩く意識の中で工藤は、言った。
「……誰でもないよ」
「──!」
その言葉に玲子は反射的にバッと身をひるがえす。
「里見……?」
工藤の意識がハッキリと戻ってきた時には、玲子はすでに職員室の扉を飛び出していた。




