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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

喫茶店のマスターってこんな感じ?

作者: 春乃天音

今日も暇だ。

開店休業状態の店の中を見渡す。

突っ伏すように肘の当たりに顎を乗せて、はぁ・・・とため息をつく。

眼鏡の奥の目は半開きの生気の無い目だ。

「なぁ~にが悪いんだか・・・」

店の立地も悪くはないし、トラブルを起こしたことも無い。

味も、まずいわけではない。

最上級でもないが。

ないないづくしなのが問題か?

フ と鼻で笑いながら、まさか!とつぶやく。

じゃぁ何が問題だ?

店の内装もシンプルだけど落ち着く色合いだし、掃除もキチンとして清潔を保ってる。

看板娘が居ないから?

いや、でもこんな有様じゃ雇う金無いし。

俺一人の食い扶持も厳しくなってきてる状態だしなー。

いけると思ってたんだけどな~。

世の中そんなに甘くないって?

まぁそうかもね。

でも、店オープンするのにかなりお金かけてるし契約の問題もあって すぐに店たたむわけにもいかないんだよね。これが。

どうするかな。

起死回生の一手ってないかな。

インパクトのある新メニュー発表してSNSに?

ん~。

赤字覚悟で可愛い看板娘募集する?

ん~。

片寄ったコンセプトの店にする?

無いな。コンセプトの店にするには俺のオタク度がどの方面でも足りない!

んじゃなんだ?

他に何か・・・。

そもそも!今現状での店の何がダメで何が足りなくて閑古鳥鳴いてんのかわっかんないから、改善も改良も案が浮かばないんだよ。

「どこが悪いんでしょ?」と聞いて正直に的確に答えてくれる人って居る?

通りを歩いてる人に

「なんでこの店に入らないんですか?!」

なんて、客来なさすぎて痛い人になったと思われるだけだろうし。

はぁ・・・

どうしよう。

このままじゃ俺借金抱えて・・・・・・・・・・

いかん暗く落ち込みそうだ。

とりあえず、思い浮かんだのを片っ端からやってみるか。

新メニュー。

だめだ。

開発にかけられる資金が無い。

赤字覚悟での看板娘の募集。

一応募集の貼紙をしてみるか。

最低賃金での募集になるから まず来ないだろうけど。


貼紙、貼ってみた。

「まぁ来ないだろうな」

期待など出来ない結果の予測に、なぜか満面の笑顔になっている。

それでも前進の一歩を踏み出した気分でチョット明るい気分で掃除にとりかかる。

気づけば鼻歌を歌っていて自分であきれてしまった。

何ひとつ解決していないのに気楽だな!オイ!

ま、暗~い顔でいちゃ お客さんが入って来た時に印象悪いだろうし。

ある程度は楽天的でないと、やってらんないよね。エヘッ

さて、と。

開店準備万端。

オープンしますかね。

OPENの札を出してカウンターの中に入ったタイミングで

カランカラン♪

珍しくオープン直後のお客様だ。

「いらっしゃいませ」

「お好きなお席へどうぞ」

最近はこの案内の言葉が必須だ。

席に案内するから待っててねん。

という店が増えたからだろうけど、いらっしゃいませだけだと、入口でじっと待っているお客さんが多い。

繁盛店だとお客さんに勝手に席に座られたら不都合なことが多いんだろう。

ウチのようにお客さんがまばらに時間差で入ってくるような店だと、座りたい席に座ってもらって構わないんだよね。

店を見渡して、窓際の席に座ったお客様にメニュー表を持って行く。

「お決まりになりましたらお声がけください」

とお辞儀をして一旦戻ろうと思っていたが

メニュー表を広げもせずに

「ホットコーヒーお願いします」

と注文された。

「ブレンドコーヒーでよろしいですか?」と尋ねたら軽く頷いた。

「かしこまりました、しばらくお待ちください」

とお辞儀をしてカウンターに戻る。


「お待たせいたしました」

ホットコーヒーに続けてミルクと砂糖のポットを置こうとした私に

「結構です」と軽く手をあげた。

置こうと持ち上げていたミルクポットをお盆に戻し

お辞儀をしてカウンターに戻る。

いつも通り、店内の静か過ぎずうるさすぎない音量のクラシック音楽を聴きながら次のお客様が来るまで静かに過ごす。

いつもだったらしばらくは暇な時間が流れるのだが

カランカラン♪

珍しく続けてのお客様だ。

メニュー表をお出ししてカウンターに戻る。


注文が決まったら声をかけてくださいと案内はしているが、静かな店内で声を上げるのをためらうお客様も多いので 凝視しない程度にお客様の動向には気を配る。


メニュー表を全部見終わって候補何点かを見比べていたお客様が顔を上げて私を見つけると軽く手を上げた。

席に行きお辞儀をする。

メニュー表を指差しながら

「あの、このココアは砂糖の量を調節出来ますか?」

「はい。出来ます。どうなさいますか?」

出来るんだ!?やった♪ と思っているような明るい表情で

「一般的なココアの甘さの半分くらいにお願いします♪」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

とお辞儀をしてカウンターに戻る。


「お待たせいたしました」

ココアのカップを置きお辞儀をしてカウンターに戻る。

クンクンと香りを楽しんだ後ココアに口をつけたお客様がニンマリしながらウンウンと頷くのを目の端で確認して ふわりと微笑む。

大丈夫だとは思っているが、お客様の感性と自分の感性のズレがある場合があるのは当然。

もしまずそうな反応の場合は、対応しなくてはならない。


さて。

しばらくは暇かな。


カランカラン♪

え?

今日はどうしちゃったの?

続けての来店に驚きつつもメニュー表をお出ししてカウンターで待機。

今回のお客様はずいぶんと迷っているようだ。

メニュー表を全部見て、候補何点かを見比べて

しばらく動きが止まった後にまたメニュー表を全部見ている。

候補の点数が二つくらいになるまで3順?4順かな

繰り返し。

まだかな~と思いはじめていたせいか、お客様が私に声をかけようと顔を上げた瞬間にバッチリ目があってしまった。

アチャ失敗!

ずっと見られてた。

ってお客様が思ってしまうのはよろしくないのですよ。

心の中で反省しつつ、席へと向かう。

軽くお辞儀をすると

「すみません、このサンドイッチとこっちのトーストどちらが早く出来ますか?」

じっくり迷ってた事を思うとチョット違和感のある質問だけど、決めるのに時間かけたせいで余裕が無くなったのだろうか。

と心によぎるものがありつつ

「早いのはトーストです。」

「そうですか」と笑顔で答えてメニューに目をおとす。

そっかーでもでも ん~。でもそうだよね。うん。

と小さな声でつぶやいた後、心が決まったのか顔を上げて

「サンドイッチとオレンジジュースください。」

「かしこまりました。しばらくお待ちください。」

質問の意味は? 軽く疑問に思いながらカウンターに戻る。

結果サンドイッチを選択したけれど、時間を気にしているようなのでなるべく高速で作る。

「お待たせいたしました」

サンドイッチとオレンジジュースを置き、軽くお辞儀をしてカウンターに戻る。


オレンジジュースを一口。

わ!思ってたより美味しい!と思ってるのがまる分かりの表情をした後に飲み干した。

勢いよく吸い込みすぎて、少しズズッと音がした。

慌てて口を離し しばらくコップを見つめる。

ジーッと考える。

キョロキョロと店内を見渡す。

ジーッと考える。

腕を組んで目をつむって考えている。


早く出来るのはどっち?

の質問の意味は何だったんだろう?

私もつい腕組をして考えてしまった。


意を決したように顔を上げたお客様と、不覚にもまたバッチリ目があってしまった。

2度目の反省を心の中でしつつ席へ向かう。


「オレンジジュースをもう一杯いいですか?」

「かしこまりました。しばらくお待ちください。」

オレンジジュースをお出ししてカウンターに戻る。

今度はサンドイッチを食べながら少しずつ飲んでいる。

時間を気にしていたのは何だったのかが改めて気になってしまうゆっくり目の食べ方だ。

時間の質問に意味はあったのだろうか。

ま、いいけど。


いつもだったら暇すぎて自分のコーヒーを入れている時間だけど、お客様が居るのでカウンターで待機。

もしかしたら又すぐドアベルが鳴るかと気合いをいれてたけれど、今度はその気配無し。


二番目に入って来たお客様が席を立った。

お財布を出しながらカウンターへ。

お会計を済ませ、私のありがとうございましたの声にお辞儀で応えながら店を出ていく。


最初のお客様が私に視線を送ってきた。

気づいて視線を合わせると軽く頷く。

席に行くと

「ホットコーヒーを」

軽く会釈で了承を伝えかしこまりましたと口を開きかけていたが、続けて

「ブレンドコーヒー以外でお勧めをお願いしたい。」と注文された。

ブレンドコーヒーが気に入らなくて別の物をと言うわけではなさそうだ。

「特にお好きな味の傾向はございますか?」

軽く首を振って答えたお客様に

「かしこまりました。しばらくお待ちください。」

とお辞儀をしてカウンターに戻る。


フム。ブレンドが思っていたより美味しかったのだと判断して良さそうだ。

最初の注文の仕方を考えると、味に期待していないからホットコーヒーであれば何でもいいと思っての注文だったと思われる。

となると、コーヒーの香り重視とも取れるが。

思っていたより美味しい。別の物も飲んでみよう。という流れでの追加注文とも受け取れる。

さて、どちらと判断すべきか・・・。

逡巡し、味重視の選択。

「お待たせいたしました」

とコーヒーを置きお辞儀をしてカウンターに戻る。

様子を目の端で確認していると、やはり1杯目と同じく特に香りを吸い込んで堪能している様子無く口をつけている。

味重視の選択で間違いなかったようだ。後は好みに合っていたかどうか。

一口。特に反応無し。

二口。同じく反応無し。カップを置く。

少し遠い目をして物思いに耽る。

カップを取り、三口目。

カップを見つめて微笑む。

それを見てホッとする。好みに合っていたようだ。

しばらく静かな時間が流れる。

ズズッ。

三人目のお客様が2杯目のオレンジジュースを飲み干したようだ。

席を立ち会計を済ませ店を後にする。

ありがとうございましたと見送り、席を片付けに向かう。

食べ終わってソッコー席を立つ様子は時間が無い人の様だが、それまでののんびりとした時間の使い方を考えると実際は時間に余裕があったのか無かったのかわからなくなる。不思議なお客様だった。


席を片付けカウンターに戻ったタイミングで

カランカラン♪

今度は3人グループのお客様だ。

入口を入りながらも話をしながら。

「お好きな席へどうぞ」

の案内にこちらを見もせず席に向かう。

たまに居るよね、こういうまるで自分がロボットにでもなった気分にさせる客って。

メニュー表を出してカウンターで待っていると

「すんませーん」

と呼ばれた。目線はメニュー表においたまま、

「ブレンドコーヒーのホットとロイヤルミルクティー。 と、何だったっけ?」

と視線を送られた相手が

「ウインナコーヒー」

「かしこまりました。しばらくお待ちください。」

準備をしていると一人目のお客様がカウンターに来てお金を出していた。

タイミング悪く10秒ほど手が離せない状況だった。

「すみません、少々お待ちいただけますか」

と声をかけると、軽く手を上げて

「お釣りは結構。美味しかったありがとう。」

と、言って出て行った。

「ありがとうございました」

と気持ちを込めて言ったが伝わっただろうか。

注文を受けるときの小さめの声では分からなかったが、指向性スピーカーと言うんだったか一定の方向に居る人だけに音が聞こえるスピーカーを思い浮かべてしまうような声だった。

大声でも無いのにしっかりと聞こえ、私以外の人間の注意を引くことが無いような。

少しの待ち時間の間にお金を仕舞いにレジに行くと、一万円札が置いてあった。

お釣りはいいと言っていたので、二千円が置かれているのかと思っていたのだが。

驚いた。

こういったことがスムーズに出来るのは外国暮らしが長い人と言う事だろうか。

感謝しながらレジにお金を仕舞う。


「お待たせいたしました」

それぞれの前にカップを置きお辞儀をしてカウンターに戻る。

フキンを持って先ほどのお客様の席を片付けカウンターに戻る。


3人グループの止むことの無い話の音を遠くに聞きながら暇な時間が流れる。


今日は朝からいつもより多いお客様が来たが、流れがいつもの日常に戻った感覚がある。

又いつも通りの暇な時間が流れていく予感を感じながら小さなため息をつく。


ーーーーーーーー


カランカラン♪

「いらっしゃいませ」

入って来た客に目をやると、昨日の 迷いに迷ってサンドイッチとオレンジジュースを注文したお客様だ。

今日も迷うのだろうか?そして時間の質問はあるだろうか?

続けて入って来たお客様に目をやると、昨日のココアのお客様だ。

昨日は知り合いの雰囲気は全く感じさせなかったが・・・旧知の仲のようだ。

ふむ・・・。ちょっとヤバい事情がありそうな気がする。

一瞬でそう思いながら、「お好きな席へどうぞ」と声をかけた。

メニュー表を出し、カウンターで待機。


一通りメニュー表に目を通して、ココアのお客様が顔を上げた。

席へ行き軽くお辞儀をする。

「ホットココアをお願いします。」

一拍間を置くが甘さに関しての要望は無いようだ。

「かしこまりました」

オレンジジュースのお客様に目をやると

「オレンジジュース」

「それと、一番時間がかかる食べ物を。」

との注文。

「お出しするまでに一番時間がかかる食べ物ですと、こちらの 炒めし(いためし)になりますがよろしいですか?」

コクリと頷く。

「あ、じゃぁ私も同じ物を追加でお願いします」

とココアを注文したお客様から声がかかる。

「かしこまりました。お飲みものは先にお持ちしますか?」

「はい。先にお願いします。」隣でオレンジジュースのお客様もコクリと頷いている。

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

とお辞儀をしてカウンターに戻る。


飲み物をお出しした後、炒めしを作る。

炒飯と書くと期待ハズレなメニューなので 炒めしと書いている。

材料を順に炒めていると

カランカラン♪

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。

少しお待ちください。すみません。」

と声をかけながら見ると、昨日の1万円を置いて行ってくれたお客様だ。

「ゆっくりで構いませんよ。」

の言葉に

「ありがとうございます」と返事をしていたら

店内から短く鋭い悲鳴にも聞こえるような息をのむ音が聞こえた。

見ると、口元に手を当てて小刻みに震えているオレンジジュースのお客様と青ざめてはいるが、何とか平静を装っているココアのお客様が見えた。

二人の視線の先にいる入って来たばかりのお客様を見ると、昨日と同じ席に向かって歩きながら二人にチラリと目をやるが、何事も無かったように席に座る。

あ、こりゃ本格的にヤバそうだ。


出来上がった炒めしを二人の前に置き、お辞儀をしてカウンターに。

メニュー表を持って後から入って来た男性客の元へ

「お待たせいたしました。」とメニュー表を差し出すと

「ホットコーヒーを。 昨日いただいた2杯目が美味しかったのだけど、どのコーヒーかお聞きするのを忘れていた。覚えておられるなら、同じ物をお願いしたいのだが。」

「かしこまりました。昨日の2杯目はメニューの2番目のこちらでしたので、お持ちします。しばらくお待ちください」

メニュー表を指し示しながら言い、軽くお辞儀をしてカウンターに戻る。


コーヒーを入れながらカウンターから様子を窺うと、変わらず青ざめ、震えている二人。

男性客からは、邪悪と言っていいような雰囲気の何かが醸し出されている。


トラブルは困るんだよなー。ポリポリと頭を掻きたい気分だが仕事中は髪の毛を触らないようにしている。

コーヒーを入れている間考え、男性客にコーヒーを持っていく。

カップを置きながら、小さな声で

「大変申し訳ございません。

店内でのトラブルは、店の経営に大きな影響がございます。

店内ではお控えいただけますでしょうか。 ?」

言い切りではあるが、できれば了承の返答をもらいたいので微妙に語尾を上げて言い終わる。

こちらに視線を向けた男性と一瞬目を合わせる。

すぐに視線を外した男性が

「わかりました」

と短く小さな声で答えた。

「ありがとうございます」とお辞儀をしてカウンターに戻る。

醸し出す雰囲気から察するに、何を生業にしているにしろプロフェッショナルな人物だろう。

了承した以上は安心して良さそうだ。

女性二人に目をやる。

気の毒になるほどの怯えた様子だ。

何が起こったのか・・・。

やめておこう。

想像したとしても正解か確かめられないし、何か力になれる事もないだろう。

どちらが悪いのかもわからない以上、どちらに味方をするか判断もつかない。

・・・。

少し肩をすくめて、片付けと次のお客様用の準備に取りかかる。

自分にはどうしようもない以上、気分はサバンナのドキュメンタリーを見ているのと同じだ。

冷たい人間 だろうか?


少し暗い方に気持ちが沈みかけていると、

「すみません」

と声をかけられた。

意識が店内から離れてお客様の様子に注意をはらえていなかった事を反省しつつ振り返る。

「はい」

振り返ると、ココアのお客様だ。

「気付かず失礼いたしました。」

とお辞儀をする。

「いえ。 あの、表の貼紙ですが まだ募集していらっしゃいますか?」

「はい?」一瞬何の事かわからず聞き返してしまったが、すぐに思い出し。

「あ、表のアルバイト募集の貼紙ですね。まだ応募者が居ないので募集しています。」

「雇っていただけないでしょうか!?」

妙に勢いのある言い方だ。

気になって男性客に目を走らせる。

こちらを見てはいないが、聞こえているだろう。

片頬だけを少し上げるような皮肉ったような笑顔を見せている。

ココアの女性に目を戻して

「条件等々の面談をした上でお答えしたいのですが、都合の良い日程はありますか?」

「すぐにでも! あ、ご都合が宜しければお願いします。」

予想は出来ていた答えに、時計を見る。

お昼時にはまだ時間があるし、いいかな。

「では、こちらで少しお待ちください。」

カウンターの奥から3席目を示す。


表の貼紙のコピーと筆記具を準備して、店の入口が見えるように奥側の席に入口に向かって座る。

貼紙のコピーを手渡して、

「条件はここに書いてある通りです。ご質問があればどうぞ。」

「いえ。ありません。ここに書いてある条件でお願いします。」

と頭を下げる。

・・・。

知りたい情報は全て載せているとは言え、素早い あまりにも素早すぎる返答に

条件なんて関係なく返事をしているのがわかる。

さて。

どうするか。

昨日は普通のサラリーマンとしか思えない雰囲気だった男性客が、関わりが有ると思われる女性2人を前に出している邪悪な空気から察するに。

テレビドラマか何かのようだが、あの男性は殺し屋的な存在だろう。

飛躍しすぎだろうか?

でも、殺し屋です。と言われてもすんなり納得出来る”何か”が出ている。

そういう人物と接点が出来るのはどうかな。

巻き込まれるのは御免だ。

・・・。

でも・・・。

「わかりました。では、お願いします。」

という私の返答に目を潤ませて

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

と頭を下げた。

これも何かの縁だろう。


「よろしいでしょうか」

男性客の席に行き、深めのお辞儀をした後に尋ねる。

こちらを一瞥し、実際には肩をすくめてはいないがそう感じるようなちょっとした体の動きをして

「どうぞ」と向かいの席を示した。

「失礼いたします」

もう一度深くお辞儀をして向かいの席にかける。

先程の女性には、就業規則の確認と署名や連絡先等の書類などを書いてもらっているが、全神経がこちらに向いているのがわかる。

イメージとしては、毛を逆立てた子猫だろうか。

もう一人のオレンジジュースの女性は、目を疑うほどに青ざめて生きている人間と思えないような様子だ。

一瞬視線を落とした後に男性に向き直る。

「すでにお察しの事と思いますが、カウンターに座っている女性を雇うことに致しました。

つきましては、女性の身の安全を確保したいのですが。」

男性客の表情を見ながら話し始めると、男性客が先を促すように片眉を上げる。

「詳しい事情は聞いていませんし、詮索するつもりもありませんが、どうやらお客様と浅からぬ因縁があるようにお見受けします。」

一旦言葉を切って反応を伺うが、変わらぬ表情でこちらを見つめている。

「当店の集客が低い事は店内の状況からおわかりいただけると思いますが、経営は厳しい状態です。

なので、アルバイトの条件も最低水準での募集です。

応募者は期待できない中での彼女の応募に、正直飛びついたようなものでして…。

勝手なお願いかと思いますが、彼女が当店で働けるようご配慮賜りたくお願いいたします。」

頭を深く下げ、返事を待つ。

呼吸5つ待ったあたりでコーヒーカップを持ち上げる音がする。

二口飲んでカップを置き、数秒待った後

「いいでしょう。」

と返事がある。

顔を上げて目を合わせる。

「このコーヒーが思った以上に美味しいのでね。

この美味しさに免じて。と言う所でしょうか。」

「ありがとうございます。」

もう一度頭を下げる。

「この辺りに来た時は立ち寄らせてもらいますよ。」

「ありがとうございます。お待ちいたしております。」

と頭を下げる。

「ただし、一つだけ守っていただきたい事があります。

彼女がこの店を辞めた時、あるいは突如出勤しなくなった時は、お渡しするメールアドレスにご一報を。

よろしいですか?」

凄みのある目線で問いかけられる。

言外に“守られなかった時はあなたも対象になりますよ?”と言う雰囲気を漂わせて。

「はい。承知いたしました。その時は速やかにご一報をお入れします。」

目線を逸らさず答える私に、頷いて

「では、そういう事で。」

と、話の終了を告げ目線を手元に戻した。

私は椅子から立ち、

「ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

と深々とお辞儀をしてカウンターに戻った。


しばらくしてコーヒーを飲み終えた男性客は帰って行った。

昨日の1万円が有るので、本日のコーヒー代は結構ですと伝えたが、昨日は昨日、今日は今日。と言うことで支払いをした。

妙にキッチリしている所も、約束を違えた時の恐ろしさを思わせて背筋が凍る気がした。

メールアドレスをケイタイとパソコンに登録する。

何があっても約束は守ろうと心に決めつつ。


男性客が帰った後、少し気持ちが落ち着いたココアのお客様に向き直る。

男性客と交わした話の内容と、男性客との間の約束を伝える。

青ざめた顔で頷きながらも、どこかホッとした様子だ。

更に、事情は詮索しないことと。

逆に、自分に事情を話さないで欲しいと伝えた。

もちろん巻き込むつもりはないとばかりに何度も深く頷いていた。


その後、住所欄が空白なので、住む場所がないのか確認したら。

数日前にアパートを引き払ったので、現在は住む場所は無いと答えた。

今日はビジネスホテルに泊まる予定だったらしい。


少し考えた。

この喫茶店。

立地は良いのだが、古い建物で、そのおかげで賃料は安く借りられた物件だ。

条件として、外観のリフォーム禁止だったり云々が有るせいで借り手がなかなかつかず、実績の無い自分が喫茶店として借りる事が出来たのだ。

そしてこの建物。2階建てだ。

2階に自分も住んでいるが、部屋は余っている。

先ほどの男性。

店内でトラブルを起こさないことは約束してくれていた。

逆に言えば店外に出たら約束の範囲外と言うことにならなくもない。

いや・・・でも、ここで働けるように配慮してもらえると言う事は店外でも大丈夫・・・かな?

せっかく、これも何かの縁だと手を差し伸べた以上後悔しないよう万全を期したい。

次に男性客が来店した時に確認を取るとして。

外に出る用事は代行しても良いし、買い物はネットで出来るしな。うん。

どうするかは彼女たちの判断に任せよう。

よし。


2階に住んだらどうかと提案してみる。

もちろんオレンジジュースのお客様も一緒だ。

自分が感じている懸念についても正直に話し、店外に出ない方が良いかも知れないと提案する。


ほんの少し。

本当に一瞬だけ考えた後、覚悟を決めたかのような目の光りをたたえつつ、お願いしますと頭を下げた。


あー・・・なんか、何考えてるのかわかっちゃったよ・・・。

少し脱力しながら、

あのね。

と語りかける。

俺。ゲスい男じゃないから。

交換条件に夜はよろしく。

なんて言わないからね?

目をのぞき込みながらキチンと説明する。

顔を真っ赤にしながら、すみません。と謝ったが、私ごときではそうですよね・・・。

と続けてつぶやく彼女にあきれてしまった。

女性ってこうだよね。ホント。

一応フォロー入れておこう。

「貴女の体は男性にとって、もちろん私にとってもとても魅力的ですよ。顔も可愛いし、声も可愛い。

私がゲスな男なら、交換条件で確実に好き放題したでしょうね。

でもね。

私はそう言った行為は許せないと思っているんですよ。

女性の。いえ。人の弱みにつけ込んで自分の欲望を満たす。

と言う行為がね。

なので、絶対にそう言うことは求めません。

わかりましたか?」

そう真剣に語ると、恥ずかしそうにしながらも真剣な瞳で、「はい」と答えた。


ちゃんと伝わったようだし、ま、いっか。


そこで、オレンジジュースのお客様の方を見ながら、2階に案内しましょう。

と伝えた。

放心状態の彼女をなんとか連れて2階へ。

空いている部屋に案内して、

「その様子で心配ですし、しばらくは同室で過ごしてください。」

と伝えると、深く頷いて了承した。

今日はゆっくりして明日からお店に出てもらうと伝え、店に戻る。


今日は忙しくて自分の為にコーヒーを淹れていなかった。

精神的にも疲れたし、一番良い豆で濃いめのコーヒーを入れて一息つく。

なかなかにヘビーな出来事が起きてしまったが、喫茶店を経営していると起こる事だよね?

たぶん他の喫茶店のマスターだって経験している事だよ。

うん。そうだそうだ。

今まで知らなかっただけできっと、

喫茶店のマスターってこんな感じだよね?


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