転生と名前
今回は少しだけ長いです。
俺は記憶を失っていた。
いや、正確には忘れていたと言うべきかも知れない。
異世界に来る前の記憶を思い出せなかった。
それは俺が異世界に転生したのが原因なのか、
それとも赤ん坊から転生したのが原因なのか、
詳しいことは分からない。
神様、ソフィアが伝え忘れたという事もあり得る。
だが、五年経って、記憶を思い出す事が出来た。
月原春水の異世界生活は、今、記憶を取り戻したこの瞬間に始まった。
「まさか、元の記憶を忘れて転生するとは思わなかったよ」
そう言って、俺は自分の体を確認し始めた。
「確かに、どんな状態で転生するかは聞いていなかったけど、記憶が最初から無いのは計算外だ」
俺は聞いていなかった事を心底後悔した。
「まぁ、赤ん坊に戻った影響で忘れていたのか、転生した影響で忘れていたのか、もしくは他の事が原因なのか、今となっては分からないけどね」
目の前にいる大きな狼、フェンリルがそう呟く。
正確には狼に見える神の使いなんだが。
「まぁ、確認する方法が無いしな」
俺はしょうがないと、頭をかく。
「とりあえず、この五年間育ててくれたフェンリルに感謝だな」
俺は深々とお辞儀をする。
「気にするな、と言っても、私も赤ん坊を育てる事になるとは思っていなかったけどな」
「まぁ、それは神の配慮なのかも知れないな」
俺はこのことに関してはソフィアに感謝していた。
もし、誰かの子供として転生した場合、俺は罪悪感で押し潰されていただろう。
その場合、生まれるはずだった子供の人生を俺が奪う事になってしまうからだ。
誰かの子供として転生するだけで、人生を奪うわけでは無いと思うかもしれない。
だが、そうではない。
もし、俺が転生しなかったら、その子供は俺という存在では無く、普通の子供として育つだろう。
だが、俺が転生してしまった場合は、俺がその子供になるという事だ。
すなわち、俺が転生しなかったら普通の子供として生まれるはずだった者を、俺が転生する事によって、俺という存在に変えてしまうという事だ。
それは、転生すると同時に一つの命を奪う行為に他ならない。
俺という新しい存在が誕生する、つまり一つの命が生まれる。
だが、それは一つの命を奪う行為に他ならない。
難しく考え過ぎているのかも知れない。
転生とはそういうものと言われてしまえば、そうか、としか俺は言えない。
けれど命を失う事を経験した俺は、、、
誰かの人生を奪って転生するなんて、そんな事は出来ない。
命を失う絶望を、俺は知っているから。
「神の配慮?何の事だ」
フェンリルが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、何でもないよ」
「ふむ、まぁ良い」
そう言ってフェンリルは顔を上げた。
「では、改めて現状の把握といこうか、この世界に転生したのは五年前でも、本当のお主が目覚めたのは今と言っても良いのだから」
と、フェンリルが俺の言おうとしていた事を先に言ってくれた。
そう、転生してきて五年経っているとはいえ記憶を取り戻したのはついさっき、俺はたった今転生した状態と言っても過言ではないのだ。
「そうだな、頼む」
「では、まず改めて自己紹介からするか、
私はフェンリル、神の使いで君の親代りだ」
「俺は、」
そう言って俺は口ごもる。
そして、考えた末にフェンリルに問いかける。
「名前、どうしよう?」
「どういう事だ?」
フェンリルは不思議そうな顔で俺を見つめながら聞いてきた。
「転生する前の名前をそのまま使っていいものか、と」
そう、俺は一度死んで転生した存在だ。
転生する前の記憶を残しているとはいっても、転生する前と同じ名前を使っていいものなのかと。
「ふむ、確かに転生する前の記憶を残しているとしても転生したお主は元の世界のお主とはもう別の存在だ。ならば名前も別にするのが普通か」
「やっぱり、そうだよな」
俺はフェンリルの言葉に同意を示す。
それと同時にある疑問が浮かんだ。
「そういえば、フェンリルは俺に名前をつけなかったのか?」
そう、フェンリルは五年間も親代りとして俺を育ててくれていたのだ、名前を付けていてもおかしくないと俺は思ったのだが。
「お主が異世界からの転生者と私は知っていたからな、名前も既に持っているだろうと思ってあえて付けなかったのだ」
「なるほど」
「だが、今の話を聞いてよくよく考えてみると名前を付けても良かったかも知れないな」
俺はそれを聞いてある事を思いつく。
「じゃあ名前、この世界の俺の名前を考えてよ」
俺は少しだけ年齢相応な子供口調でフェンリルに問いかける。
「お主の名前を私が考えるのか?それは別に構わないが何故私が考えるのだ、自分で考えてもいいと思うが」
フェンリルは首を傾げ疑問の言葉を口にした。
「何故って親が子供の名前を付けるのは当然だろ?」
俺は当たり前のことだろうとフェンリルの疑問に答えた。
するとフェンリルは目を大きく開けて驚いていた。
「私は五年間お主の親代りをしただけの神の使いだぞ」
「何年だろうと神の使いだろうと、俺の親代りをしてくれた。それだけで親と呼ぶには十分だろ」
フェンリルはこの時、少しだけ嬉しいと感じていた。
「そうか、なら親として名前を考えてやろう」
「頼む」
俺は弾む様な声で、満面の笑みで答えた。
フェンリルは少し目を瞑り考えていた。
「ふむ、『ルーナ・アルテミス』というのはどうだろう私が月が好きという理由だけなんだが」
俺はその名前を聞いて少し驚いていた。
そして、月には縁があるのかも知れないとそう感じた。
「いいじゃないか、じゃあこれから俺はルーナ・アルテミスだな」
「そうか、気に入ってくれたか」
「ところで、何でアルテミスなんて言葉を知ってるんだ?俺の元いた世界の神の名前だったと記憶しているんだが?」
「あぁ、言っていないのか」
俺は首を傾げた。
「お主があった神の名前がソフィア・アルテミスというのだ」
「えっ!」
俺は驚きの声を上げた。
今回も予定より早く更新出来ましたー。
フェンリルの口調に違和感を感じるかも知れませんがその理由は後々わかるのでご了承下さい。