九話 『奴隷オークションとその結末』
「レデイイイイイイイスアンドジェエントルメエエエエエエエエエエエエエン!! おーまたせいたしましたあああああああああああ!!」
奴隷オークションはあまりにもスムーズに始まった。
キンキン、とマイクを使ってもいないのに空間の隅々まで響き渡る『司会者』の声。
「うるっせ……」
それが不快に耳を貫いて、トウジは顔をしかめながら、肩で耳をふさぐ動作をしてみる。
それは残念ながら叶わなかったが。
――なぜなら、トウジは現在、大きなテーブルの上に四肢を括りつけられて、身動きの取れないように完全に固定されていたからだ。
「わあ、恥ずかしいどころの騒ぎじゃないな……」
移動テントから外へ出るように大男どもに促され、出た瞬間にはそこはもうこの場所だった。
直通だ。
テントの出口にここの入り口をご丁寧にドッキングしたのだろう、その微妙なシームレスさに、トウジはなぜか無性に腹が立つ。
首だけを動かして、彼は正面に広がる光景を改めて見つめなおす。
例えるならば、サーカス小屋だ。
決して広くはないが狭くもない。中心となるステージ(トウジたちがいる場所)をぐるりと囲むように、観客席が円状に広がっており、まるでコロッセオのような、見世物にされているかのような構図を形成している。
いや、事実見世物なのだ。
観客席は薄暗いのに対し、ステージの方は吹き抜けになった小屋の屋上部分からの太陽光に照らされて、それがスポットライトのような役割をしていた。
大勢の観客が、無勢の奴隷をニヤニヤと見つめている構図がここにはある。
「……おーこうなってたのか。はー……」
トウジのいる場所のすぐ横には鉄製の檻があり、その中には幼女含む15人の奴隷たちが幽閉されていた。
他の奴隷たちは相も変わらず死人のように無感情だったが、それとは対照的に、幼女の方は先程よりもテンションが上がっている。
純粋に興味関心が満たされたかのようなその態度には違和感しかなく、側で彼女らを見張っている武装したトイプードルも、不気味なものを見る目つきで幼女をチラ見していた。
「さて!! 本日の一番の商品は――こうして磔にしていることからも察せられるとは思いますが、こちらの黒髪黒目の人間族の男でございます!! 黒髪も黒目も珍しいですが、そうではなく! 我々が推したいのはこの男が奇妙な力を持っていること……! 現にワタクシもこの目で目撃しました!!」
――トウジが辺りを見回している間にも、着々とお話は進行していたらしい。
なぜかピエロ然としたふざけた格好の司会者は、両の目を見開き、両の手で眼鏡を作ってこちらを見たりあちらを見たり、おどけてみせる。
完全にお祭り気分のそういうノリだった。
「――なんと肉が裂け、骨が飛び出てもあっという間に完全回復!! それほどの修復力を持つ魔法など、あまり聞いたことはありません。この男は恐らく『呪縛』か『祝福』持ちの身寄りなき難民でございます!! さあさあさあ――」
どよどよと、トウジを指さしてオークションの観客たちが相談を始める。
買うか買わないか、それ以前にピエロ司会者の話が真実なのかどうかを疑っているのだろう。
「…………」
パチン、と指を鳴らしてピエロ司会者は小屋の隅に立っている仲間の大男に合図を送る。
それを受けて大男は外にそそくさと出ていった。
その後ろ姿に、とてつもなく嫌な予感をトウジは感じ取る。
「――傷の治りが早い奴隷と言うと、用途は様々多岐無数でございます!! 拷問の練習に使うもよし、日々のストレスを解消するのにサンドバッグにするもよし!! コキ使っても中々壊れないというのはそれだけコストパフォーマンスに優れるという事!! 人魔や人獣は一般に人間よりも頑丈と言われますが、人間の奴隷の方が好みだというお客様にもうってつけのモノであると言えるでしょう!! お・す・す・め・です……!!」
ベラベラとそれらしい口上をまくしたて、観客を煽っていくピエロ司会者。
言われたい放題だな、と思いつつも、もはや抵抗する気力の湧かないトウジは身勝手な商人たちに罵詈雑言を浴びせかけることも出来ない。
ピエロ司会者の台詞から考えて、商人らが目撃したのは鶏のムネ肉から回復している最中のトウジ、ということだろう。
ついでにその服装があまりにもお粗末だったから、家も身寄りもない難民とやらだと誤解され、これ幸いと連れ去られたに違いない。
しかし、肉体的だったり言語的だったり、ここ異世界に来てからのトウジはベリーナイトメアモードを軽く凌駕するレベルのダメージを受け続けているのは、おそらく気のせいではないだろう。
なんだろう、前世(と言っていいのかどうか)の業か何かだろうか。
左右上下から徹底的にバールのようなもので殴られ続けているような感覚を恒常的に抱いているのが現状である。
ひどすぎる。
「…………なあ、なあ」
「…………?」
と、思わず我慢できなくなって一筋の涙が流れ落ちそうになってきていたトウジに、話しかけてくる声があった。
言わずもがなの幼女である。
「もし間に合わなかったらごめん。こいつら、あたしの想像以上に馬鹿の可能性がある」
「…………? ?」
一言だけ言って、スマンと頭を下げる幼女。
そのセリフの真意がわからず、何言ってんだこいつ、と返そうとしたトウジ青年の視界に入ってきたのは、先ほどピエロ司会者から何らかの合図を出された大男である。
大男がドヤ顔で戻ってきた。
そしてその手には、巨大な鉈のような刃物が握られている。
「…………は?」
「うっわうっわうっわ、これは……お兄さん、回復だか何だか言ってたけど、どう見てもあれは流石に大丈夫じゃないよな……?」
なぜか罪悪感のような表情を浮かべ、露骨に焦り始める幼女。
対して、それに反応する余裕などあるはずもなく、トウジは茫然とこれから何が起こるのかを待つしかできない。
まさにまな板の上の鯉状態だ。
「アウト……いや、セーフなのか? まず俺ってこんな不意打ちじゃない状態で死んだことないし、そもそも痛いものは痛いし、死んだのか大怪我なのか知らんけど、仮に殺されたとして何度生き返れるのかも、次があるのかも分からない。ってかこいつらマジで無茶苦茶するなあ、阿保なの? 限度があるだろ。なにこれ全部夢? 夢オチ? いやいやいやボゴほおおおおオオオオオオオオオおお……」
確実に近づいてくるギラリと光る大鉈。
その重厚感と冷たさに、トウジは人生初の寝ゲロを敢行。
意識があるまま、横になってゲロる事を寝ゲロというのかどうかは定かではないが、今はそんなことはどうでもよろしい。
一体この悪夢はいつ終わるんだ、と壁を殴りたい気持ちで胸がいっぱいだ。
「……もちろん、賢明なる皆様はこうお思いのことかと思います!! 『本当にそんなお買い得な商品が存在するのか……』『この奴隷の力は本当なのか……』と!! 当然の疑問です。しかああああああああああし!! その疑問に対する答えを、今!! この場で証明することが出来まああああああああああすうう!!」
テンションが上がってきたのか、ピエロ司会者は奪い取るように大鉈を大男から奪い取る。
そして、ズンズンと大股でトウジの方に近づいてくる。
それを受けて、大勢の観客たちは静まり返り、面白いものでも見るかのように、事の成り行きを見守る体勢に入る。
「あ、ああ……ごめんお兄さん。ホントごめん、やらかした。うわ……あたし調子に乗り過ぎた。見誤った……」
「さっきから何言ってんだ幼女!! 頭湧いてんのか!?」
少しばかり青ざめて、つい先ほどまでの余裕綽々、大物感満載の幼女の面影はどこかへ完全に霧散している。
ガタガタとした彼女の煮え切らない態度に、怒鳴る相手が違うと思いつつもトウジはがなり立てるしかなかった。
単純に、これもいつもの現実逃避だ。
「ん~マーベラスウウウウ。ハッハッハッ。即興でしたが、なかなか面白い企画を思いついたものです。奴隷商はこれだから楽しい……」
小さな声で独り言を呟きながら、ご機嫌なピエロ司会者がトウジの目前まで迫る。
トウジは幼女と司会者を交互に高速で見て、どうにか打開策を練るが、びた1ミリ、徹底的に何もいい手が思い浮かばない。
幼女は鉄の檻に体当たりを始めるが、当然ビクともせず「ふにゅ」と悲鳴を上げながら弾き返されている。
「いっきますよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! あっそれええええええええええええええええええええ!!」
――おいおい何の冗談だよこれは。
その言葉がトウジ三度目の死の間際の最期の言葉。
三度目の正直、という言葉がある。本当の本当に、今度の今度こそ、これで自分の命は終わりなのではないか。
その確信に近い感覚が、トウジの脳裏をよぎって、同時、大鉈がトウジのむき出しの腹めがけて綺麗な弧を描く。
腹に刃が食い込み、またもやあの時のように上半身と下半身が分断される。
そう彼が思った、その瞬間、
「テヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!」
ピエロ司会者の奇声に負けない超、超大声量が、サーカス小屋に轟音のように鳴り響く。
それはまだ若い少女――小屋の上部の吹き抜けから何の脈絡もなく飛び降りてきた、兵士のような姿をした女の子の気合のこもった掛け声だった。
「ハアッ!!」
ダン!! と地面に着地し、それからノータイムで少女は投擲を行う。彼女が投げたのは鈍色に輝く殺傷力の高そうな大きな手斧だ。
その手斧が飛んでいく先は当然大鉈を振り下ろしている悪しき司会者――ではなくて、それを通り越して、檻の中に閉じ込められた、とある人物。
そう、かの幼女だ。
「おっそいぜ――!! ばか――!!」
幼女も少女に負けない声量で叫びながら、飛来する手斧に無謀にも背を向ける。頭でも割ってセルフ自殺かと思いきやの直前、ピョコン、と効果音の付きそうな仕草で小ジャンプを彼女は行った。
幼女が差し出したのは己の後ろ手。拘束されている、頑強な手錠である。
「…………よっし!!」
金属と金属のかち合う音と同時、手錠はボロボロに破壊され、その機能を完全に消失。
幼女の両腕が完璧に解放される。
さらに、まだ空中にとどまっている手斧の柄を幼女は俊敏につかみ取り、鉄製の檻のポール、その上下六ケ所に流れるような動作で斬撃を加える。
それは一振り、二振り、三降りで、もはや人を閉じ込める箱としての力を失っていた。
あっという間に人一人通れるスペースが出来て、その隙間から幼女は檻を脱出。
そして――、
「ぎりぎりせーふ!!」
疾走する幼女、向かった先には唖然として固まったままの、ピエロ司会者。
彼の首は、次の瞬間には血しぶきと共に転がり落ちている。
何が起こったのか、彼は己の状態にまだ気づいてすらいないだろう。
「…………!」
驚嘆とするトウジに、幼女は『テヘペロ』といった様子でキュートに自身の頭をこっつんこ、そして少女の方へ向き直り、くいっと顎を引く。
それを受けて緊張した面持ちの少女は、
「出口の方は完全に私たちで固めてます!! 首謀者と適当に数人だけ残して、後は全員狩ってオーケーとのことです!!」
「りょーかい!! ここの趣味の悪いクソ客どもはどうするの!?」
「え!? えーと……ここにいる時点で凶悪な犯罪者ですから、多分全員殺していいです!! あ、でも、やっぱ半分くらいは峰打ちで……」
「出来たらそうする!!」
少女と幼女のやり取りは簡潔かつ明朗。
しかしその中にはシンプルな殺意が多分に含まれている。
「――――」
――それを受けて、これまでの不意打ちのような状況が一切呑み込めず、ただ沈黙するしかなかった数多の観客たちは、自我を取り戻したように猛烈な怒りを露わにして、秩序も糞もない雄叫びを上げ始めた。
「ころおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおす!!」
「メスガキどもがあああああああああああああ!!」
「おああああああああああああああああああああああ!!」
地鳴りのような罵声と共に、数十後半、下手をすれば百を超えてくる柄の悪い無法者たち――といった容姿をした連中、そのほとんどが各々に凶器のようなものを取り出して身構える。
戦意が無から極限まで高まった臨戦態勢。
それに対峙するのは、華奢でまだまだ幼くあどけなく、どこからどう見ても無力な小動物のような印象しか受けない、少女と幼女の凹凸コンビである。
「戦争も知らないそこらのチンピラなんかには、流石に負けません……! あ、でも怖いからやっぱ誰か応援来てください早く早く――っ!! これだから切り込みは嫌なんですっ!!」
「アタシが九割くらいは切り裂くから、まあそんなビビんなよな!」
よくよく見れば目元に涙を浮かべて半ベソをかいている少女と、まるで水を得た魚のように俄然生き生きとし始める幼女。
対照的な二人は、観客席を乗り越えて大津波が如く迫ってくるチンピラ達の大群に真正面から突入していき――、人の渦と化した戦場のあちこちから、同時多発的に血しぶきが舞い上がり始める。
人口密度が限界突破した中での、地獄のような戦いが目の前で繰り広げられていた。
「な、な、なんだよ、それ……マジでか……」
――そんな中でシガラミトウジは。
人々の土石流と怒号のちょうど中心で、ポツンと台の上に寝かされたまま、「そんなんアリかよどういう事だよ幼女よ……」と、小さな消え入るような声で呟く。
そして、自身の腹に深々と食い込んだままの大鉈に悟りきった目を向けて、フッと笑った。
どう見てもどう足掻いても内臓を真っ二つに分断している大鉈。
「――間に合ってないんだが、これ」
その言葉をきっかけに、トウジの意識は暗転し、深い深い闇へと引きずり込まれていった。
次回、主人公がやっと一息つけます。
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