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八話 『幼女哲学』


「うるさいってのよさっきから――!!」


「ホムムッ!?」


 少ない体重を華麗に載せて、勢いをつけたヒザがトウジの顔面を容赦なく捉えた。

 ガコン、と釘を打ち抜くような小気味よい音がして、トウジはテントの隅っこの方にまたもやボロクズのように転がっていく。



「わたしは気が短いのよ。せいしゅくにしてなよお兄さん!!」



 トウジに鋭い蹴りを入れた張本人は、ビシっと足の指をつきつけて、叱りつけるような口調で彼を牽制する。


 ――幼女だ。ただの、幼女だ。


 身長はトウジの腰の辺りくらいまでしかないだろう。体は痩せても太ってもいないが、泥まみれに汚れた衣服を着用。

 顔も体もさっき泥水で遊んできたのかというくらいに土まみれで。


 茶色なのか赤なのか微妙なラインの色の髪をボサボサに伸ばしている。顔は恐らく年相応の可愛らしい部類に入るのだろうが、汚れとテント内の暗さによってそれも今いち判然としなかった。


「――いきなりのヒザをご褒美と言えるほど俺は倒錯しちゃいねえぞ!? それにお前はまだ幼な過ぎる。とりあえずあと10年くらいは修業を積んで来い!!」


「何言ってんだアンタ!?」


 吹き出す鼻血を服にしみ込ませ、何とかふざけた口調で応戦するトウジ。内心かなりビビっていたが、それは決して悟られまいとする。


「ノーズブラッドがドックドクなんだよ!! ドックドク!!」


「……ふう、ったく、ようやく精神が持ってる奴が来てみたと思ったら、これだもん……いやになる」

 

 そんなトウジの台詞を静かにスルー。


 あきれ口調でそう言って、幼女は再び腰を下ろす。そして、自身の左側の空間を顎でクイっと指し示し、座れよ、と言いたげな表情を浮かべたのだった。





**********





「見てみなよ、こいつら。完全に心ぽっきり折れてるからお兄さんが騒いでも身じろぎ一つしない。半死人になっちゃってるんだ」


「…………」


 ――鼻血は無事に止まり。

 テントは相も変わらずの移動速度を保ったまま、何処かを走り続けている。

 そんな状況で幼女とトウジはボソボソと会話を始めていた。

 それは脱出の方法とか、どうにか奴隷商人に対抗する作戦を練るとかではなく、普通の世間話のようなトーンから始まっていた。


「え、騒いでたのって俺なのか……? 君ではなくて?」


「は?」


「なんでもないです!」


 ワンクッション、茶番のような会話を連ねてから、トウジは改めてテントの内部をまじまじと見つめる。


 ――言われてみれば確かに。


 テントの両端に座りこんでいる老若男女、様々な人々。その数はトウジたちを合わせてしめて十六人。

 種族――と断定していいのかは微妙だが、肌がやたら緑っぽい少年だったり、立派な一角が頭部から生えている老人が、いずれも全てを諦めたような表情をしているのを、とって確認することが出来た。


 彼らの目は虚ろに地面を見つめていて、その焦点は定かではない。

 すべてを放棄しているような、そんな絶望に彩られた雰囲気に、トウジはかつての世界での自分の姿を微かに投影する。

 もっとも、本物の奴隷と自身の愚かな怠慢を比較するのはおこがましい事この上ないので、それはすぐに止めたが――、


「……ま、これから起こることに思いを馳せれば、こうなっちゃうのも仕方ないっちゃ仕方ないとも言えるけどなー」


「これから……?」


 幼女がトウジに心底つまらなそうに、しかし怒りを確かに内包した様子で不穏なことを言ってのける。


「これから始まるのは多分オークションだろうね。それも中流以上が集まる“まとも”なものじゃない。最底辺の最底辺の奴らがテメーの欲望とか悪事のためだけに使う、使い捨てのオモチャを買い付けるだけの展示即売会だろうぜ」


「…………マジで?」


「マジ」



 人間のオークション、という単語に悪寒のようなものを感じ、トウジは顔をしかめる。

 それはアニメや漫画、空想のファンタジー世界においてはまま見られるワードではあるが、いざこうして現実感を伴って聞くと、正気の沙汰でない気持ち悪さだった。


 ――そんな彼を見て、幼女は歯を見せて、


「――まあ、どう転んでもわたしは可愛いから変態の慰み者になる可能性大だ。だからその時は金玉とか食いちぎって、そいつの喉笛をかみ切る予定だけどな」


 ニヤリと。

 ニッコリと。


 豪気な表情のまま、全ての男にとって恐ろしすぎることを、堂々と余裕綽々の態度で彼女は言ってのける。


「……あの、君に疑問があるんだけど」


「ん?」


「なんでそんなに、その……君は冷静なんだ? 俺が言うのもなんだけど、やけに落ち着きすぎているというか……なにか現状を打開する奥の手とかある感じだったり?」


 それは期待半分、疑問半分の質問だ。

 先程は空気に飲まれて流されて気づかなかったが、よくよく俯瞰して状況を見てみれば、やはりトウジはこの幼女の言動の一つ一つに異常性を感じざるをえない。


 周囲の大人は心がポッキリ折れているのに、彼女にはその気配は微塵も見られない。

 それどころか、自分を買った相手をぶち殺すとまで言ってのける、その胆力に近い何か。精神性。

 

 幼女はどこからどう見ても、年端もいかないただの幼女であり、それ以上でも以下でもないはずなのだ。

 幼女哲学だ。

 なのに、その態度には強い意志のようなものを感じる。もしかして、異世界の人間にありがちな、見た目は若くてもとんでもなく年を重ねている方だったりするのだろうか。

 その割には『のじゃ口調』で喋ったりはしておらず、チンピラのような喋り方ではあるが。


「……いや別になにがあるってワケでもないけど? 無策も無策」


「じゃあ……君は何者だ?」


「ただの町娘が生んだ、ただの可哀想なガキだよ。六歳の身空だのに色々あって、今はこんな事になってしまった。そんだけ」


「じゃあ……なん……なんなんだ!?」


「なんなんだ、じゃねーよ!! 馬鹿かお前!」



 ――あえなくはじき返される。

 混乱するトウジに呆れたように鋭いツッコミを入れ、ふうと幼女はため息をついた。



「……ともかく、ここまで来たら腹くくるしかないからな。もうさっきから小一時間も走ってる。そろそろ“市場”とやらにつくかもしれない。残念だが生身でここからの脱出は厳しい。あたしに至ってはこんなもんまで付けられてるし……」


 じゃらり、と幼女は反転して後ろ手をトウジに見せつける。


 そこには堅牢な腕輪が両の手首をつなぎ合わせていた。

 幼女に手錠がガッツリつけられて、トウジ含めた他の奴隷につけられていないのは、彼女のこのキャラが原因なのだろうか、とトウジは何となく色々と察する。


「…………」


「……まあ、アレだな。ごしゅーしょーさま、って奴か、お互いに」


 幼女のヘラヘラとした態度に、テントが一瞬だけ完全に静まり返った。


 その沈黙が、これまでどこかフワフワしていたトウジの頭を、少しずつ、少しずつだが地に足をつけたモノに変えようとしていた。

 すでに完全に手遅れだが。



「…………くそ」


 ――ここにきて、トウジはようやく現実の重さを徐々に客観的に把握する。

 これは、本当に洒落にならないパターンではないだろうか、と。


 どうやらご都合主義に自分は愛されていないらしく、死ぬときは本当に死ぬし、ヤバい時は本当にヤバい。

 これまで『異世界転移』という超ビッグイベントファンタジー現象を蓑に隠れてきていたが、そういったリアルという意味では、こちらもあちらの世界もそれは、まったく大差ないようだった。


 現実は厳しい。

 ――つまり、奴隷として苦しみ続けるエンドがもう目前にまで迫っている。



「…………おい、おいおいおい」


 事態のマズさに俄然、震えが出始めそうになるトウジ。



「あはは、そうビビるなって。まあ何とかなるでしょ。とりま、お兄さんに男娼としての需要はあんまなさそうだけど、一応金玉を引きちぎる訓練とか始めたらどうよ? クソッタレに一矢報いる事くらいは出来るかもしれんよ?」


「……やめてくれ! それ想像するだけで痛いわ! そもそもどうやって訓練するんだよ!」


 幼女の冗談かどうか怪しい言葉に、彼は内股になって割と本気で反論する。


 ――この異世界は物凄くバイオレンスな世界観なのかもしれない。

 諦観と予感。

 そんな嫌な空気を全身全霊で感じ取りつつ、だんだんとテントの揺れ、つまるところ移動速度が緩やかになっていく。


 そしてようやく――否、もう、と言うべきか、テントは完全に停止し周囲から聞こえる商人たちのざわめきが急に大きく膨らんだ。


「――さーて、どうなることやら」


 その時が来たというのに、それなのに幼女は余裕しかない態度のままで、トウジには彼女の余裕の根拠がまったく理解できない。





 そうして、悪趣味極まる奴隷オークションが幕を開ける。

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