七話 『現状フルボッコの異世界珍道中』
序章とかいう難易度マックススーパーハードモード。
終始ハイテンション主人公って凄く難しいですよね。うまく書けてるんだろうか……。
「どほほうううううううう!?」
袋を頭から乱暴に脱がされる。
それと同時、背中から床にしたたかに打ち付けられる。
高所から落下したような衝撃に肺の空気の80パーセントくらいを吐き出して、トウジは奇声を上げていた。
もともと事あるごとに異常なオーバーリアクションを取りたがる性質を持つ彼にとって、この程度の叫びは比較的日常茶飯事と言えたが、はたして――、
「…………あ」
トウジはここにきて、己の事態を完全に理解せしめた。
目の前はまだかなり薄暗く姿かたちは判然としないが、どうやらぼろきれを纏ったような人影がひしめき合っている場所に彼はいる。
閉所だ。
テントを張った中のような狭くて暗い空間に、トウジはたった今強引に押し込められた。
そして背後を振り返れば。
「……何見てんだ奴隷。いいか、商品らしく大人しくしてろよ。これからお前らを市場まで運ぶからな」
毛むくじゃらの、犬。
くすんだ色をした、わんわん。
彼の常識で測るところの、いわゆるトイプードルに限りなく近い二足歩行をした獣が、ドスを効かせた声でトウジたちを全力で威圧していた。
更に言えば犬はパリっとした服を着こなしていて、ちょっと可愛い。
「あー……犬が普通に喋る世界観か……じゅーじん、って奴か。やべえ今俺けっこう感動してるんだけど、どう態度でこのリビドーを表せばいいのか全然……」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえ!!」
ゴ、とトイプードルがトウジの腹に強烈な蹴りを加える。
まったく防御も受け身も取れずに、トウジは吹っ飛んでゴロゴロとテントの奥の方へと転がっていった。
「おいやり過ぎんなよ! 大怪我したら売れなくなるだろ!!」
「大丈夫だって。あいつ、さっき見つけてきたんだけどよ。なんかすっげー回復力持ってやんの。キモかったけど珍しいからいい値段で売れるぞ。イキもいいしな」
「なんだそりゃ。まあいっか、じゃあ出発するぞ」
ガハハハ、と頭の悪そうな笑い声が響いて、徐々に遠のいていく。
そして、テント全体がガタゴトと規則的な音を立てて揺れ始める。近くで土を蹴る音がすることから、なにやら馬か何かにこのテントを引かせて移動を始めたらしかった。
「…………! …………!」
その間、みぞおちに綺麗に入った蹴りから必死で回復を図っていたトウジ。
ようやく痛みと呼吸困難の波が引き始め、したたり落ちる爽やかでない汗をぬぐって、数十秒ほど硬直。
それから改めて辺りを見直していく。
「ん~…………これはどうも身売りくさいな、ハハッ」
乾燥しきった作り笑いの声が、陰気な場所にこれでもかと響き渡った。
**********
――改めて、現状を整理しよう。
ここまでのトウジ青年の歩みは、わりかしシンプルに説明することが出来る。
まず、死んだと思ったら異世界に転移していた。
次に、ドラゴンが空から降りてきてチートキター! と思ったら、殺されかけて比喩脚色無しのミンチにされた。
その次に、またもや死んだと思ったら、今度は鶏のムネ肉として復活を果たしていた。
そして最後に、元の体に戻れたと思ったら、今度はいきなり人さらいをブチかまされて、今はこうして家畜のような扱いを受けて、どこか怖そうな場所へと絶賛運ばれている途中だ。
「我ながら、色々と全体的に意味不明だな……特に鶏のムネ肉のくだりとか……」
ブツブツと、トウジは己の異世界物語の出だしの酷さっぷりと波乱万丈ぷりに、どこへともなく不満の声と恨み節をぶちまけるしかない。
考えるに、あのトイプードルは自分がドラゴンに襲われてから後の、鶏のムネ肉パートをしばらく目撃していたのだろう。
あるいは、体が治っていく過程をたまたま見かけたか。
あの周囲には未だ血が存分に散乱しているわけで、なのにトウジの体に傷ひとつないその様子を見れば、なにか凄い回復力を持っている珍しい生き物と思われるのはごくごく自然なことに思える。
そもそも、トウジの体に起こった謎の現象が回復なのかどうかは実はまったくの不明で、それはかなり怖すぎることのような気はするが、それはさておき。
「…………」
――そうして、トイプードルはトウジに汗くっさい麻袋をかぶせて、三十分ほど移動して、ここまで堂々と連れ去ってきた。
移動の最中、当然トウジが無抵抗で大人しく運ばれていく訳はなく、全力で芋虫のように暴れたが、そのたびに殴られ、ボコられ、鎮圧された。
トイプードルは肩にトウジを担いでいた状態で、反対側の手でボコり続けてきたわけだ。
どちらかと言えば貧弱っぽい見た目に反して、無駄に強い腕力を持っているのはマジ勘弁と言いたいところである。
あれだけ殴られてよく死ななかったな。頑丈に生んでくれた両親に感謝。
それで――道すがら、トイプードル以外にも何人かの男の声も聞こえていた。
会話の内容は売るだの買うだの殺すだの、そんな物騒なものばかりだったのを何となく覚えている。
袋によって遮られたせいで割とこもっていたので聞き取りにくかったのだが、こうして頭部が解放されたことで、それが聞き間違いではないことを再確認できた。
ここは奴隷商人の行商隊のようなモノで、ほぼほぼ当たっているはず。
今は恐らくトイプードル一行が別の仲間たちに合流して大移動の段階で、かなりの人数がこのテントを囲んでいる、とみるべきだろう。
行き先は、かなり冗談抜きでより一層の地獄かもしれない。
「……それにしても、いきなり人間一匹を躊躇なく連れ去るか……ひょっとしてこの世界ってとてつもなく治安が悪いのか? それともここら一帯が特別悪いのか? 地理がどうなっているのか見当もつかんが……」
ドラゴンに肉塊にされたという厳然たる事実。
それに一馬身差まで迫る勢いで、今のトウジにとっての問題点はこの世界における治安や文明レベルである。
治安や文明はトウジの豊かな異世界ライフの存亡に直結する。
すでに滅びきってる気もしないでもないが、それは言わないお約束として。
どちらも現状、大きな視点での確認のしようがないので、今まで見てきた情報で判断するしかない。
それすなわち、どちらもかなり低い水準にあるのではないか、という懸念だ。
「……まあ、それはそれで、文明の方はショボかったとしても俺のしょうもない科学知識で無双と言うルートも……、ていうか魔法とかもこの世にあんのかな。頼むからあってくれ……全人類の憧れだからそれってば……!!」
――性懲りもなく、未だ一定レベルの身の安全すら保障されていない状態で、未来の、それも妄想に限りなく近い未来の夢物語をゴチるトウジの様子。
その様子は傍から見ればさぞかし哀れで不気味に映ったことだろう。
それが一般的日本人にありがちの平和ボケなのか、トウジお得意十八番の現実逃避なのかと問われれば意見は割れるところだろうが、しいて言えばどちらも、というのが最適解に近い。
「……あのさぁ、アンタ」
「――?」
――そんな。
そんな愚かなトウジに話しかける物好きがこの場にいたことは、しかし議論の余地を挟むまでもなく、彼にとっては大きな幸運だったに違いない。
彼は実のところ、この時点で既に孤独に圧し潰されそうだったのだから。
その恐怖を軽口とおふざけで必死に取り繕い、飾り立てる。あるいは目を逸らし、耳をふさいで縮こまる。
それがこれまでの、現時点の彼の生きざまだったのだから。
――トウジに話しかけてきたのは、つまらなそうな顔をした五歳くらいの幼女だった。
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