十話 『ドキドキ温泉タイム』
――それは鼓動だけの世界。
色すらもないその場所で、聞こえてくるのは繰り返される静と動だけだった。
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「――ぷはあ!! ふっはあ! ゲホッゲホッ!! ウガッ!」
シガラミトウジの意識が急速に覚醒する。
眠りからの目覚め。
その時、彼は比喩ではなく熱湯――というほどでもないが、浸かる続けるには少々熱すぎるお湯の中にいて、その中にがっつりと沈められている状態だった。
水中からの浮上の過程でこれでもかと溺れそうになりながら、水をゴクゴクと誤って飲み続ける。
そしてロケットのような勢いでその場でジャンピング立ち上がりをして見せた。
「げほっはっ……! はあ、はあ……! なんだ、ここ、今度はどういう状況なんだ……すっげえ怖い夢見てた気がするんですけど!!」
深呼吸をその場で執拗に繰り返し、なにはともあれ酸素の美味しさを実感。
直前の記憶がひどく曖昧だったゆえ、頭をぶんぶんと振り回し、脳をシェイクして寝起きエンジンをかける作業を始めるトウジ。
とりあえず足は付くぎりぎりつく高さだ。
体が内外から火照って仕方ないが、特に痛みとかそういうものはない。
万全に近い十全。
ここが何処かは不明だが、すぐに命の危険とかはなさそうだと身の安全を確認して、ほっと一息をつく。
「…………」
そういえば、と、徐々に以前の記憶を鮮明に思い出し始めるトウジ。
ここに連れてこられた過程はどうしても記憶にないが、それまでの、身の毛もよだつような冒険譚はくっきりと覚えていた。
我ながら、とんでもない死線を潜り抜けたものだ。ぶっちゃけ何回か死んでる気がしなくもないが。
それと最期の最後は、幼女と少女と悪人たちの大乱闘が開戦したところで、その後のことはすべて闇に閉ざされていた。
あの子たちはどうなったのだろうか。大変気になる。
「さて、と……」
――そうして湯気が晴れ、辺りを確認すると、どうやらここが広い、『銭湯』のような空間だということが分かってきた。
天井は岩造りの屋根、トウジがいるのは大木で組まれた大浴槽のような場所。
殺風景だが、小奇麗で血の匂いも変な匂いもまったくしない。
露天風呂というか、和の心を感じさせる落ち着けるプレイスだった。
――そしてそのタイミングを見計らったように、彼の背後から、聞き慣れぬ女性の声が聞こえてくる。
「おーっと、眠り姫さまがお目覚めだ。よく生きてた。偉いぞ!」
「!?」
唐突な声に振り返ってみれば、トウジの目の前には驚くべき光景が。
――全裸の美女がニヤニヤと楽しげに、彼を見つめていたのだった。
「…………!! へ!? ンンごぼっ!?」
一瞬、事態をまったく把握できず、大きくのけぞるトウジ。ここが水中だという事を忘れた結果、またしても豪快にお湯をたっぷりと吸い込み、身体は色んな意味でポッカポカになる一方だった。
何が起きているのか把握できない。
「大丈夫か? まあ目が覚めたなら温はもういいか。ほら上がりな!」
「え、でもでもでも、でも……ちょっ!?」
赤面しまくりの彼に対し、手を伸ばす相当な美女。
そのしなやかで官能的な手など、童貞力が地球選抜クラスのトウジにとれるはずもなく、ドモりながら首をフルフルと振るのが精いっぱい。
そんな彼に痺れを切らしたか、美女はトウジの手首をがっつりと掴み、半ば強引に漁のような動作で彼を引っ張り上げにかかる。
それは女性とは思えない力強さで、あっという間にトウジは陸に上げられたマグロだった。
「ふふ、おつかれ。……うん、傷もほとんど塞がってるみたいだし、良かったなあ大怪我しなくて。あの状況から生還なんて、結構な幸運の持ち主だぞ……」
「ふ、ふへ……」
「よくがんばった、がんばった」
目を細めながら、がしがしとトウジの頭を撫でる美女の手は大変柔らかい。
その表情はさながら一片の穢れもなき聖母のように温かで。
美女、紛れもなく美女なのだ。
年齢はトウジと同じか、少し上くらいだと推定される。
茶色がかかったロングヘアに、整っていつつも大人びすぎない絶妙な容貌。
身体全体の肉付きは健康的で艶やかで、日焼け跡がその素晴らしさを大幅に補強しており、とにかく大変犯罪的である。
なにより目がいくのは、この女性がとんでもなく――巨乳だということだった。
「…………母なる大地?」
そのたわわなる美しきモノから目を逸らせず、じっと酩酊状態でガン見するトウジに美女は気付く素振りもなく、「おーい起きたぞー」といずこへと呼び声を掛ける。
すると、
「えーほんと? 良かった良かったー!」
「目が覚めたんですね!!」
「満身創痍、からの意気揚々……」
――三人。
更に三人の女性、女の子が、トウジたちの方へ向かって、まったく臆する様子もなく大股で近づいてきていた。
当然、全員が生まれたままの姿で。
「な、な、なんだそりゃあああああああああああ――!?」
ここにきて、さしものトウジのキャパシティーも限界を突破。
元々広くもない小さな器ゆえ、その彼女らの裸体の神々しいインパクトなど受け止めきれるはずもなく、性的興奮によりあふれ出そうになる鼻血をスンスンスンと全力ですすりながらダッシュで可能な限りの距離を取る。
「ちょ、キミタチ、一体何のつもりだいそれ……!! なんだこれ天国!? いつの間にか俺天国への扉開いちゃった!? あ、もしかして今回はホントのホントに死んでしまったパターンなのこれッ……!?」
酒池肉林という言葉が、トウジの頭の中をグルグルと音速に近い存在で駆け巡る。
それはやがて音の壁を突破し、ソニックムーブをブチかましながら、今度は光の速度へと突入しようとする怒涛の勢いである。
つまり、大混乱も大混乱である。
「やっべ……やっべ……」
地獄から一転、天国。
その落差ならぬ上がり幅に興奮を抑えきれないながら、トウジはどこへ向けていいのか分からない視線を天井に固定して、その場でタップダンスを踊り始める。
「わあ、すっごい元気……」
「奴隷として運ばれてたのに……先輩が言ってたみたいに、物凄くメンタルが強い人みたいですね……」
「狂喜乱舞と見せかけての、奇々怪々……?」
――そんな彼の異常すぎるテンションに対して、新たに加入してきた三人組がそれぞれ適当な感想をこぼす。
一人は犬のような耳を頭につけた、黄色っぽい髪と瞳を持つ少女。
一人はトウジが先のサーカス小屋こと戦場で見た、幼女と共闘していた例の少女。
一人はやや長身で、新緑の髪に両の目を隠した風体の、インテリそうな顔立ちをした少女。
三人のうち、二人は初対面である。
残る一人も、接点と言っていいのかどうか、微妙すぎる程度のラインだ。
しかし、誰もがトウジの健在ぶりと無事に、心から素直に喜んでいたのだった。
「……は、面白いヤツだな。助けた甲斐があったってもんだ。さて、目が覚めたところで早速悪いけど――、これからのお前の人生について、ちょっち話し合わせて貰おうかな?」
三人の少女が出そろい、トウジのタップダンスが止むのを待って、茶髪の美女はコホンとひとつ咳払い。
場を整える。
そして本題とやらを話そうと、思案顔を浮かべて顎に手を触れて、小さく口を開いた。
「わーお…………ジャパニーズドリーム・イン・ワンダーランドだ……」
四人の女と一人のトウジしか、この場にはいない。
しかも、犬耳少女以外は全員が立派な立派な二つの最終兵器を――柔らかそうな桃のようなリーサルウェポンをお持ちのようだった。
――こうしてトウジ、束の間のスーパー幸せタイムが始まったのだった。