一話 『とりあえず死んでみる?』
書きたくなってしまった……、勢い任せですがよろしくお願いします!
「いや、これは流石に洒落にならねーだろ!! ああもう二次元のカワイコちゃん助けてくれよマジでええええええええええ――!!」
夜も半ばを過ぎたころ、路上に声が響き渡った。
人通りのない道に入った瞬間に衝動的に発されたその言葉は、当然ながらどこからもリアクションが返ってくる事はなく、しん、とアスファルトの壁に吸い込まれては反響して消えていく。
柵冬字、人生の挫折者の魂の叫びがここにはある。
冴えない顔をした青年だ。
その目はこの世のつまらないものを凝縮したとばかりに濁り切り、まさに死んだ魚の目。
その口はしまりなく、真面目な顔つきを十年はしていませんといった様相。
チェック柄のシャツと履き古されたズボン、暗いカラーのスポーツシューズ。全体的に黒っぽい色をしたその恰好からも、彼が典型的なオタクファッションの愛好者である事がひしひしと伺える。
これまで生きてきて彼女が一人としていた事はなく、彼女いない歴イコール童貞、友達と呼べる存在も思い当たる限りほとんどおらず、いない歴イコールぼっち。
趣味は漫画アニメゲームと、その分野においてだけは平均よりもかなり上の量の知識を持ってはいるが、それを披露する相手はこの世のどこにもいない。
試しにとSNSで友達作りに励んでもみるが、ネット上ですらその持ち前の陰気さ、人間性のつまらなさ、異質感と気持ち悪さをいかんなく発揮し、孤立するか浮くかのデッドオアダイが通常営業。
以上、それがシガラミ・トウジという男の要らなすぎる持ち味だった。
つまり一言で表すなら、社会不適合者――もしくはただのクズのキモオタが、彼のオリジナリティであり真骨頂である。
「は? 余計なお世話だ。うるせぇよ黙れよ!」
――そんな風に、脳内で繰り広げた自己分析に本気で気を悪くしてツッコミながら、いよいよ自分ももう駄目だな、とトウジは深く長いため息をつく。
人生オワタ、まずもってその一言に尽きる。
まず、せっかく入った大学で一瞬でボッチになった結果、勢い余って中退したのがすべての負の連鎖の始まりだった。
高校は耐えられたのに、なんで大学は我慢出来なかったのか。
周りがキラッキラのリア充しかいなかったからか。
自身のみじめさに耐えきれなくなったからか。
それは不明だが、とりあえず何とか食い繋いでいこうと中退後すぐにアルバイトを始めるも、コミュ障と生まれ持った超絶不運スキルと元々の職場の環境からか人間関係が二秒で悪化し、三日でバックれる羽目になった。
理不尽と不条理のハーモニー。
そうして、次のバイト先を探そう、探そうと思いながら、ひとまず実家に仕送りを頼みこんでその日暮らしが始まる。
起床、ネットで求人検索、ゲーム、ごはん、漫画、ネットで求人検索、アニメ、ごはん、風呂、寝る。
最初の方はこのローテーションで上手いこと回っていたのが、いつの間にやら比率が変わっていって、後期になってくると、
起床、ゲーム、漫画、アニメ、ごはん、寝る。
このくらいには日常生活が簡略化されていった。これがどうやらマズかったのだと、今になってようやくトウジは悟った。
まあ、すでにどうしようもなく手遅れなのだが。
「はあー、どうしましょうかね俺……ネタ抜きで詰んできたな……」
頭を抱えてうずくまる。
気が付けば中退して数年が経ち、同世代の人間はみんな仲良く社会人。まともに働いて、締めるところはしっかり締めて、いい汗を揃って流し始めている頃合いだ。
そろそろ結婚して、子供が出来てマイホームを持ち始める人間が出始めてもおかしくはない。
積み重ねる者とそうでない者――。
社会的強者と弱者の距離が、ものすごい速度で開いていくのを感じる。
「はあ、誰か……助けて……」
切実に、ヘルプミー。
現実問題どう足掻いても絶望しかなく、救いようの見当たらない己の状況に、喉の奥から振り絞るように救済を懇願する声が出る。
頼むから二次元へ繋がるゲートとか開いてくれ。
それでモブとか末席でもいいから俺をその世界の住人に加えてくれ、と心底情けない願望が彼の脳を侵食していく。
「人生詰んでも、明日に向かってプリティパーンチ! ……か」
これは、トウジが溺愛してやまない大好きなアニメの決め台詞だ。
主人公の美少女が一話で家を失ったり、家族が全員殺されたり、友達もついでに全員殺されたりするとんでもない内容の萌え絵アニメなのだが、彼女は自身を勇気づけるように、毎回一回はこのセリフを作中で叫ぶ。
泣きながら、苦しみながら、時には不敵にニヤリと笑いながら。
どんなに辛くても、ズタボロでも、震えていても。
その言葉を呟いて、彼女は魔法少女に変身して、情けも容赦もなく悪の敵をバッタバッタと打ち倒して前に進んでいくのだ。
かの作品におけるキャッチコピー、人生詰んでも明日に向かってプリティパーンチ。
これはトウジにとっても魔法の言葉だった。勇気の呪文だった。
それを呟けばリアルが救われるという事は全然ないが、これまでは一時的な現実逃避は可能だった。
そして、それがいよいよ限界点に来てしまったのが、今日という日なのだった。
――親から絶縁状を叩きつけられたのだ。
――働く気力もなく、のんべんだらりと仕送りをせびり続けるゴミ息子に、とうとう痺れを切らしたご両親からの名采配。
「その名采配によって、息子の人生はゲームセットしそうですけどね! 本当の本当にありがとうございますよチクショウ!! 冗談キツイぜええええええ!!」
夜空に向かって叫ぶトウジ青年の怒声は、丸い月に受け止められて、闇夜に溶けていく。
もちろん、本当は分かっている。
すべては自業自得だ。
性善説性悪説などの難しい話を引っ張り出してくる気は毛頭ないが、こんな性格なのは持って生まれてしまったモノなのだろう。どうしようもない。
生まれながらの愚か者。それが自分なのだと最初から諦めている。
ついでに言えば環境のせいにするつもりもない。なるべくしてなった。それがすべてで。
「よし……さーて、じゃあそろそろ、帰ってアニメ見て漫画読んでゲームして……それでそれで……」
その場で屈伸し、スーハ―スーハーと深呼吸して気分転換。
将来への不安を横に置いてしっかりと心の布で覆い隠して、精神を落ち着かせる。
――それで。
最後の晩餐でも食って、気楽でいい人生だったと。そう言って、首に縄でもかけて。
「いっちょ、死んでみるかー?」
腹の底から声を出した事で頭がスッキリした。
トウジはだから満足げな顔で、そんな、ほんの冗談――さらさらそんな気なんてまるでない軽口を叩いてみる。
少々多すぎる独り言の着地点を、トウジはそこに持ってきたところで。
「――?」
ふと、気づいた。
自身の真上――ビルの屋上から『人の形をしたもの』が自由落下してくるという事実に。
「――え――あれ?」
グシャリと肉と肉がぶつかって潰れる音、アスファルトの地面がひび割れ、砕ける音が辺りに鳴り響く。
――この日、シガラミ・トウジは人生最初の死を華々しく迎えた。
それは間違いなく、因果応報だった。
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