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骸鳩

 エルリスは暗殺者から情報を得た後、屋敷に戻り、広範囲に張った錯覚の魔法を解除する。

 

「……『骸鳩(ムクロバト)』」


 それが彼に暗殺の依頼を伝達した依頼仲介組織の名称だという。


「どうするべきか」


 暗殺者が放たれたのに標的たる自分はまだ生きている。

 そのことは直ぐにその組織の知るところになるだろう。

 暗殺は失敗。 

 そうなった場合、依頼の仲介者という立場上、その面子のためにも再び暗殺者を放つはず。

 なので、早急に手を打つ必要がある。


(殲滅は……、いいえ、止めたほうがいいわね)


 ひとつの依頼の仲介組織を潰したところできっと意味はない。

 暗殺の依頼は幾つものフェイクを重ねて、その末に暗殺者の元に依頼の内容が通る。だからその内の依頼の仲介の一つを潰したところで他の組織が、その依頼を引き継ぐだけだ。

 

(その組織の戦力がどんなものか分からない以上は、安易に動くべきではないわ)


 異能という力の底が分からず法具の能力も計り知れない。

 もしかしたら彼女の想像を絶するような強大な異能があるかもしれない。

 そんな彼我の戦力差がまるで分からないようなこの状況下で、そういう風に強引に立ち回るのは得策ではない。

 かといって、このまま放置することも得策とはいえない。

 ならばどうするのが得策だろう。

 エルリスは図書室の中で考えていると、


「おいおい、いつになったら逃がしてくれるんだよ」


 本棚の影に隠れる隻眼に隻腕の暗殺者は言った。


「うるさいわね。少し黙りなさい」


 この男はまだ役に立ちそうなので、捕えてここまで連れてきた。

 

「いやいや、そういうわけには……、骸鳩は警戒心が強くて行動も早い。一日六回の定期報告を一度でも怠ったら直ぐに裏切りと見なす。だからさっさと遠くまで逃げたいんだよ」


「なら適当に報告すればいいでしょう。まだ木陰の中に控えてチャンスを見計らっていると」


「それができないから焦ってるんだよ」


 暗殺者は懐から一枚の紙を取り出した。


「これは『嘘発見紙』という虚偽を破る『法具』なんだけど、これに報告内容を記して骸鳩の使者に渡すんだが、ただこの紙に嘘を書けない。だから虚偽の報告は、無理なんだ」


「……そう。そこまで備えてるとは随分と用心深い者たちなのね」


「そりゃそうだ。一つのミスが即座に死へと直轄する暗部の泥闇に生きる以上、これくらいの備えなんてのは当たり前のことだ。連中だっていつ始末されてもおかしくないから」


「ふーん、そういうものなのね」


 エルリスは『嘘発見紙』を半ば強引に奪い、まじまじと観察する。

 見た目は普通の和紙で、とても特別な力が宿っているとは思えない。


「こんなのが神具の模造品? ただの紙にしか見えないわ」


「ああ、それ自体はただの紙だ。ただ、報告の時間になると法具の力が発動するというだけで」


「へえ、これは今すぐに使うことは?」


「できないよ。それをこちらが任意に発動することはできない」


 エルリスは「成程」と納得し、そこで一つの思惑を巡らせる。

 

(嘘を見破る法具……、そうだわ。これを利用しましょう)


 幾つか骸鳩に対する策謀は用意したが、その中でも最も得るものが大きい策を今思いついた。

 これを使えば情報どころか他にも色々な副産物を手に入れることができる。

 エルリスは「ふふ」と笑い、本棚の陰で「だから早く俺を逃がす為の馬車を用意してくれ」と喚く隻腕の男を無視して、嘘発見紙をポケットの中にしまう。


「ちょっ、おい」


「これは私が預かっとくわ。もう別に使うことはないし、いいでしょう」


「いや、まあいいけど……、というか本当に頼むよ。早く逃走幇助の手助けの準備をしてくれ」


「そうね。分かったわ。でもその前にーー」


 コンコンと図書室の戸が叩かれて「失礼します」と食事を乗せたおぼんを手に、ソニアが入ってきた。


「ご飯にしましょう」


 そして運ばれてきた食事を一瞥して、エルリスは微笑みかけた。

 



 







 隻眼隻腕の男は運ばれてきた食事を一気に口の中に押し込んでいた。


「う、めええええ、おいガキ、お前いつもこんなもの食ってんのかよ」


 まだこの世に来たばかりなのでエルリスにとってもこの食事は二度目のもの。だからいつもというわけではないが、それをそのまま言ったところで理解を得られるわけないだろう。

 なので適当に「まあね」と応えて、それから男の食いっぷりを眺め、溜息をつく。


「行儀が悪いわね。それに私はガキという名前ではないわ、おにいさん。私にはーー、えっと、エルリスという名前があるのだけど」


 危うく生前の名を口にしそうになったがぎりぎりのところで堪えて、そう言った。


「ふん、それを言うなら俺にだって『ジェイル』という名前がーー」


 ぱくりと一口サイズに切り分けたソーセージを口に運び、もぎゅもぎゅと咀嚼して飲み込んだ後にエルリスは「貴方の名前なんかに興味ないわ」と答えて、傍らに控えるソニアを横目に見る。

 光のない目で呆然と前だけを眺めている。


(まだ催眠は続いてるようね)


 魔法の持続時間の調査も兼ねて、洗脳魔法を施したが、まだ効果は続いていた。


(そろそろ検証を終えて、彼女に対する催眠を解いた方がいいかしら)


 彼女の扱う催眠魔法は万能ではない。ただ、エルリスの思いがままに行動を強制させることができるだけ。

 ただそれだけの魔法だ。

 なので催眠に陥れた本人の心理の部分に起因する記憶などを元にさせることはできず、それどころか催眠中は命じた通りのことしかできず、

 挙句、催眠中の記憶も残らない為、本人にとっては時間がいきなり飛んだかのように感じる。

 だからあまり長い時間、催眠に落とし続けるわけにはいかない。


(目的は達した以上、もう催眠状態にしておく必要はないか)


 元々、この世界の情報を得るため図書室に籠るのに護衛で付き人たる彼女が邪魔で、催眠に落としたがその目的も達した。もはや催眠魔法を施しておく必要はないだろう。


(食事の後、おにいさんを隠してから催眠魔法は解きましょう)


 そう思いながら彼女はまたぱくりとソーセージの切り身を口へと運ぶ。 

 




 





 




 

 


  

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