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魔女

(死ね)


 空を切り、裂いて力いっぱいに振り下ろされた凶刃は、しかしエルリスの首を吹き飛ばすことはなかった。


「なっ!?」


 刃が止まった。

 エルリスの首の直前で、見えない壁に阻まれるかのようにぴたりと止まる。

 

「なんだ、どうなっている」


 男は疑問を口に出す。と、


「ふふ、中々に無礼な男ね」


 するりと細い指を止まった短刀の刃先に滑らせて、エルリスは微笑む。

 子供のように無邪気な笑みだ。だがどことなく狂気を孕んでいる。

 まるで蟻の巣に水責めをする幼子のような、そんな無邪気な狂気の笑顔である。


「いきなり幼い女の子にこんなものを刺し込もうとするなんて、貴方ロリコンかしら?」


 ぞっとして気づいた時には男は後退していた。

 自分よりも遙かに力の弱いこの生き物を相手に、本能的に恐怖し、後退してしまっていた。


「何なんだ、お前は。これはお前の異能か」


「いいえ、そんなものではないわ」


 エルリスは答える。


「私のこれは異能ではない」


「なら、なんだというんだ」


「きっと言ってもわからないでしょう」


 一歩、エルリスは後退した男へと近づいて、対する男は半ば反射的に短刀を身構えた。

 危険だ。

 目の前のこの子供はただの子供ではない。

 何か、得体の知れない力を持った異質な存在。

 じわりと短刀を握り締める手の平に汗が滲み、頬に冷たい汗が流れる。


(……これは好機だ。俺にとっては絶好の好機のはずだ。……よし)


 男は決意を固め、ゆっくりと異能を発動させる。

 男の足元の影が揺らぎ、その中から黒い触手が煙のように立ち上がる。

 これは彼の異能の一つ『影登り』。

 自身の影を自在に操ることのできる、とても強力な異能だ。


 全力で仕留める。

 男は影の触手の全ての矛先を、目の前の異質な存在へと向け、


(いけっ)


 その全てに突撃命令を下す。

 四方八方からの触手の刺突。

 この触手は突き抜けることに特化しており、それ故その殺傷性能はとても高い。

 死亡率が高いはずのこの暗殺稼業で、今となっては実力の足りないはずの彼が長いこと生き延びてる理由はこれだ。


(よし、()った)


 全く回避反応すらなく、怯えることもない。

 むしろ全ての攻撃を受け入れるように、エルリスは両手を広げた。

 そして、全ての触手はエルリスのその小さな体に襲いかかる。が、しかし、


「なん……だと」


 その手前、全ての触手は砂の山が風に攫われるみたいに崩れて霧散する。

 何が起きたのかわからず、呆然とする。

 異能を解いたはずでもないのに勝手に消えた。

 

「成程、これが異能。面白い力ね」


 エルリスは手を前に突き出して、


「異能についてもっと知りたいわ。私に教えてくれる?」


 笑う。







 一瞬の敵意を探知した彼女は、その敵意の場所に向かった。

 どこまで魔法が及ぶかの実験も兼ねてエルリスは広範囲に視覚を偽装する錯覚の魔法を施し、自分の存在を屋敷の中に見せることにした。

 魔法を使えることまでは確かめたが、そのほかにも把握しておくべきことはある。

 彼女は生前、最高位の魔女だった。一度その力を振るえば天地を荒らし、容易く国家を転覆することもできるほどに強大で最悪。そんな最強の魔女で、しかしその危険性故に彼女は討たれた。だが、それはあくまで生前の話に過ぎない。

 今の自分がどこまで魔法を使えるのか、それがまだ分からない。

 魔法を使えるのはただ使い方を脳が覚えてるだけで、つまり自転車の乗り方や鉄棒での逆上がりと同じようなもの。

 魔法そのものは使えるが、果たして生前と同様の力を使うことができるだろうか。

 それが分からなかった為、少しだけ規模を大きくした魔法を発動させた。


 結果、魔法は無事に起動して、広範囲を錯覚に陥れることに成功した。


(どうやらこの程度までは容易く使えるみたいね)


 エルリスは自身の存在を錯覚として図書室に残したまま館を出ていく。

 

 屋敷の外は、色鮮やかな多様な花々を一面に咲き誇らせる庭園になっており、その花園の合間に一筋の緑の道程が伸びていた。

 その緑の道の先には草木の蔓で編み込まれたかのような門があり、そこがこの屋敷の入口となっているのだろう。

 彼女は草の道を通り、蔓の門を抜けて、屋敷の敷地を出る。

 そこは一面が木々の茂みに覆われた森だ。

 ディアボロスの屋敷は薄暗い森の中に、ひっそりと建てられていた。


(気配が複数。そのほとんどがどうやら監視に徹しているようね)


 エルリスは不可視の魔法を纏い、そのまま先ほど敵意を感じ取った場所までいく。

 と、彼女は簡単に敵意の発生源を見つけ出した。

 それは眼帯に隻腕の男。

 濁った金髪を風に揺らして息を潜めるその様はまるでアサシンのようだ。


 その男を見つけた彼女は、相手の思惑を探るために声をかけることにした。

 他の監視者同様に放置することも考えたが、ただ他の者と違い、その男は明確な敵意を抱いていたので放置することは得策ではないと思い直し、子供を装って声をかけた。


「う、ぐ」


 いきなり短刀を向けて襲いかかってきたその男を返り討ちにした後、エルリスは男の手から滑り落ちた短刀を拾い上げる。


「成程、異能についてはよく分かったわ。ありがとう」


 くるくると短刀を手先で回し、弄ぶ。

 異能については大体が図書で調べた通りのようだ。

 

「それで私を狙った理由は何かしら」


 その男はエルリスの盗撮写真を懐に忍ばせていた。


「まさか本当にロリコンというわけではないわよね」


「こ、の、化け物、」


「失礼な。こんなに可憐で愛らしい私に対して化け物だなんて」


 倒れ伏す男を見下しながらエルリスは言う。


「で? 私を狙った理由は何?」


「そんなの、答えられるわけ……」


 そっと首筋に短刀の刃先が添えられた。


「ねえ、意地悪しないで教えてくれるかしら、おにいさん」


「っ……、」 

 

 答えなければ容赦なく殺すということだろう。

 

「ねえ、おねがい。私あまり人殺しは好きではないの。だから早く答えてくれる?」


 しかも、子供の戯言ではない。本気のようだ。


「わ、分かった。だからその物騒なものを下げてくれ」


 男は全てを諦めたように全身の力を抜き、顔を伏せる。


「よろしい」


 エルリスは短刀を首筋から離して、真横に放り捨てる。


「では、聞かせてもらいましょうか」


  


  


 

 


 


 

 





 



 






 


 


 


 


 


  

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