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異世界

 聖アングルス王国の巫女が座する白い部屋から出た大男は、長い赤絨毯の廊下を歩く。

 両脇には通る者を仰ぐように騎士の銅像が一定の間隔で並び、先まで続いていた。

 ここは巫女の身を守護する為に造られた、防衛機能の一種で、

 巫女に認められた者以外は通ることが許されない。


 そして通ることが許されるのは基本的に神託を受けにきた者か、もしくは彼のような立場にある者だ。


「はあ……」


 この大男は、聖アングルス王国の現国王であり、巫女を除けば最も階級の高い人間。

 名を、エルカトロスという。

 彼は騎士の銅像の並んだ道程を歩みながら、溜息をひとつ。

 今ならまだディアボロス家の子供殺しを食い止めることはできる。

 ディアボロス家は悪徳の家系。滅びた方がいいような、外道の一族だ。

 だけどその子供は別。

 生まれた家こそは悪罪ではあるが、その子供は未だ穢れの知らない無垢な存在のはず。

 ただ悪しき家に生まれてきてしまっただけの、不運な弱者(こども)だ。

 

 まだ何の力も持たず、ただ運命に流されるしか生きる術を持たぬ、本来ならば救われ、導かれる社会的弱者に過ぎない。

 出来ることならば助けてあげたい。エルカトロスは心底そう思うが、巫女はそんな彼の胸に抱く希望を即座に切り捨てて、監視だけを彼に命じた。

 理由は分かっている。

 邪魔なディアボロス家を消す為。


 子供殺しという悪道を彼らに行わせることで、その身を叩くだけの大義名分を手に入れる。

 それが巫女の考えなのだろう。


 貴族は場合によっては王家の人間よりも立場が上になる。邪魔だからと潰すことはとても難しい。

 何らかの大罪を犯さぬ限りは無理である。


 だけどディアボロス家は今まで悪逆非道を幾つも行ってきた、正真正銘の大罪者たち。その大罪を表に出すことができれば彼らを叩き潰すことも容易い。叩けば大量に埃が出るはずだ。

 ただ、今までその大罪について言及し、叩くことができなかったのは彼らが言い逃れする能力に長けて、またそんな彼らの肩を持つ勢力も多かったからだ。

 だから今回は絶好の好機だ。

 子供一人の命を切り捨てれば、彼らを潰すことができるかもしれない。

 故に巫女は子供を見捨てることを決めた。


(巫女様の命令は絶対。だけど……)


 やはり子供のことは救いたい。

 弱者は救われるべきだ。

 巫女の決定と、自身の憐憫の心に、彼は葛藤する。

 が、それでも直ぐに巫女への信心が彼の葛藤を両断した。


(いや、何を考えている。自分の心を巫女様の言葉と同列に扱うとは……、こんなのは不敬ではないか)


 彼は頭を振り、思いを振り払う。

 巫女に対する信心は紛い物ではない。本物だ。

 彼女の為ならば彼は死ねる。そう本気で思う。


(巫女様……、)


 巫女に対する信心が勝った。

 救いたい気持ちはまだ残ってはいる。

 だが、それでも……。

 巫女への忠誠に勝る想いはない。


 彼は決意を固める。


(彼らの子供には悪いけど、仕方ない。犠牲(いけにえ)になってもらおう)


 そうして彼は、防衛機能の道を歩いて行く。








 ぺらと図書の頁を捲り、エルリスは文字を目で追う。

 知らない文字の羅列。

 だけど翻訳の魔法によってその意味が、一つの理解として頭の中に入ってくる。


(成程ね)


 どうやらここは、彼女の元いた世界とは異なるようだ。

 文明の進化の過程が全く異なる。

 彼女の元いた世界では人類は魔法という技術を使えたが、ここでは魔法という技術はなく、代わりに異能という超常的な力が生まれた。

 異能は個性のようなもので各々によって力の種類が異なり、基本は一人につき一人のようだが、極希に複数の異能を持って生まれてくる者もいるという。

 そしてその筆頭として挙げられるのは、聖アングルス王国の巫女。

 書物によれば数千年の時を生きる、生きた伝説だと記されていた。

 

(それにしてもこのディアボロスの家は相当に悪いことをしているようね)


 過去の新聞などにも目を通したが、定期的にディアボロス家を批判するような内容が書かれていた(勿論、中には不自然な程に持ち上げるような内容もあるが、それでも七割程が遠回しにディアボロス家を下げている)。

 世論の評価は悪い。だが、それなのに未だに家を存続できているということは、少し異質。

 きっとそんな批判をものともしないようなことをしていることだろう。


(……それに、この家の周りに幾つかの気配がある。敵意がないことから恐らくただの監視)


 魔法は異能とは違って万能である。

 殺傷性能のあるものから催眠や翻訳のように日常生活に役立つものもある。そしてこの監視に気付けたのも、一定の範囲の気配を探知する効果のある魔法のおかげ。

 

(こんな風に監視を付けられているということはこの家の人達が何かしたのか疑われているか、あるいは何かすることを確信されているかのどちらかでしょうね)


 一つの本を読み終えるとまた本棚から次の本を取り、開く。

 監視のことは気になるが、今は情報収集のほうが先決である。

 

 と、そこへ小さな敵意が一つ。

 彼女の探知の中に零れるように現れては直ぐに消えた。


(今のは……)


 エルリスは視線を窓の外に向ける。

 今のは一体何だったのだろう、と彼女は小首を傾げる。


(気のせい、ではないわよね。この私が気配の発現を見紛うなどあるはずがないもの)


 己の能力に絶対の自身を持つ彼女は、自分の力を疑うことはほとんどない。

 ばたんとエルリスは本を閉じて、ゆっくりと立ち上がり、積んでた図書を一つ一つ本棚に戻していく。

 届かないところは魔法を使い、手の届くところは手で戻す。

 

(少し気になる)

 

 すべて本棚に戻した後、彼女は一度大きく伸びをする。


(何だったのか確かめてみましょうか)


 



 

 


 

 

 






  


 


 

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