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神格

 聖アングルス王国の最上階にその国の象徴たる巫女は鎮座する。

 白銀の髪を角隠しに収めて、白い衣装に身を包む。

 見た目は十五歳程度の少女。

 彼女に名前はない。

 あるのは巫女という役割のみ。

 

(あの女、まさか生きているとは)


 直前までここにいた金髪に黒ドレスの女性。そのことを思い出して、巫女は額を抑える。

 

「千年ほど前に確かに殺したはず。にも関わらず、未だ生きているとは本当にしぶといですね」


 殺した時の感触は確かに覚えている。

 それなのに生きているのは何故か。

 

 分からない巫女は嘆息する。


 あの女は生きていてはいけない人間だ。

 再殺せねばならない。

 だが、今この場所で彼女と相対することはできない。

 本当は直ぐにでも殺しておきたかった危険人物なのだが、あの女とまともに相対すれば自身も本気を出さざるを得ない。

 そうなれば間違いなく周囲への被害が甚大になる。

 お互いに『神格』の人間なのだ。

 その余波に耐えられるのは恐らく神格の存在か、それに等しいような者だけ。

 当然、この国の国民達は皆耐え切れず容易く絶命することだろう。


(あの女が動いているということは……まさかまたこの世で『悪魔創造』をするつもり?)


 彼の女は千年前に人類全ての悪意を内包する存在たる悪魔を創造する儀式をこの世で行った。

 膨大なる数の人間を生贄に、八つの霊地を祭場に、そうして一つの悪魔が生み出された。

 悪魔に姿形はなく、ただ災厄という概念としての意味のみを有するそれは、この世にありとあらゆる限りの厄災をこの世界に撒き散らした。

 人類の十分の一の生命を摘み取った病魔を、世界地図を作り替える必要が出てくるほどの天災を、生み出された悪魔は引き起こした。

 悪魔の災厄は十日続いた。

 それを食い止め、さらにその元凶たるあの女を葬ったのが神威の代行者たる巫女である。

 

 頭を抱えて思い悩んでいると急にバタンと部屋の戸が叩き開かれた。


「巫女様! ご無事ですか!?」


 入ってきたのは筋骨隆々の大男。この国の大王エルカトロスである。

 

 一瞬、エルカトロスの言葉に首を傾げたが直ぐにその言の真意に思い至り、「ええ」と答える。


 巫女の無事に安心したのかエルカトロスは「よかった」と胸を撫で下ろし、膝を落とす。


「……よかった。巫女様に万が一があれば私は……」


「この私が容易く殺されるわけないでしょう。安心しなさい」

 

「……はい」


「それより今日は特に予定はなかったはずですが、私の元に来たということは何か用事でもありましたか?」


 あの女が去ったのは直前で、その場面に出会したということはエルカトロスが何らかの意図があった自分の元に来たとしか考えられない。

 その意が何なのかを巫女は訊く。


「……そうでした。巫女様、報告があります」


 エルカトロスは頭を垂れて、懐から書類を取り出した。


「報告? 私に報せる必要のあること……、ディアボロス家のことでしょうか?」


「はい。先刻、巫女様により神託を齎されたディアボロス家ですが……、骸に鳩の紋章を掲げる暗部組織によって滅ぼされたようです」


「っ!?」


 巫女は驚きに息を呑む。

 その反応を目にしたエルカトロスは、てっきりディアボロス家が滅びたことに巫女が驚いているのだと思っていた。

 だが、違う。

 巫女が驚いているのは、そこではない。

 巫女にとってディアボロス家が滅びの末路を辿るのは決定事項だ。なので、そこに感情を揺らすほどの衝撃はない。

 彼女が驚いたのは、別なところにあった。


(骸に鳩の紋……、骸鳩。ノアが宝具の研究に利用していた組織のはず……、ノアが動いた?)


 骸鳩の戦力ではまずディアボロス家の人間には太刀打ちできない。もしも骸鳩がディアボロス家を滅ぼしたというのであれば、ノアが動いたとしか考えられない。

 けれどもそれが有り得ないことを巫女は知っていた。


(いいえ、あの神具狂いが神具以外のことで動くとは考えられない。だけど……、いえ、ありえないと切り捨てるのは早計……ですか。少なくともノアが動くには、常にノアの探究心が擽られた時)

 

 巫女は……、彼女はノアのことを良く知っている。


(……新たな神具に関わること? それとも神具以外に何か見つけた? )


 その探究心の強さも、それによって生じる危険性も細部までよく知っていた。

 それ故に彼女が関わっていないとは考えられない。

 そもそも暗殺仲介組織たる骸鳩が、お得意さんでもある貴族に手を出すことそのものが異常なのに、その組織にノアが属しているとなれば関わっていると考えるのが普通だろう。

 

(……まだ結論に至るには情報が足りませんね)

 

 巫女は息を吐き、思考を切り替えて、エルカトロスに目を向ける。


「すいません。続けてください」

 

「あ、はい。分かりました」


 エルカトロスは巫女に入手した情報の全てを伝えた。

 が、その情報はほぼ何も分かっていないようなものだった。

 分かっているのは、ディアボロス家の一人娘たるエルリスとその専属メイドのみが生き残った、という情報と、滅ぼしたのは骸鳩という組織という情報だけだった。


「成程。娘は生き残りましたか。よかったですね、エルカトロス。あなたは娘を見殺しにすることには不満を抱いていたようなので」


「いえ、そのようなことは……! 私が御身の考えに反対するなどありえません!」


 慌てるエルカトロスに巫女は淡々と「ええ、知ってます。冗談ですよ」と答える。


「あなたの忠誠心は理解しています。ですが、貴方とて人の子でしょう。多少の不満くらいは抱くことを私は赦しているのですよ」

 

 かつては聖母とも称えられた巫女は相変わらず淡々と、それでいてそこはかとなく慈愛を滲ませた言葉をエルカトロスに与えた。


「有り難きお言葉。感謝致します」


 エルカトロスは頭を垂れながらもその言葉に思わず震えた。

 ただただ、歓喜によって身が震えた。

 


  

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