輪廻の技法(挿絵あり)
その昔、この世に輪廻の技法たるものが研究されていた。
それは不死。あるいは蘇生。あるいは転生。
この世を果てまて。時の永劫を過ごす為の技法。
形あるものは必ず朽ちるものだ。
それは人間とて例外ではなく、朽ち果てて、最期には死ぬ。
それこそが世界の必然なのだ。
ならば形のないものはどうなるのだろう。
その研究は最初その考えから始まった。
時の賢者は集い、その叡智を結集させた。
だが、それでもなおその研究は成就することなく、時流の圧によって押し潰されて、流され、廃れた。
だが、その理論は既に組み立てられていた。
しかし、組み立てられていたにも関わらず、その研究がついぞ達成することもなく廃れたのは、所詮それが机上の空論に過ぎないものだったからだ。
(……ありえない)
その机上の空論をもって不死者となった架空の存在のことを、不死の王ノーライフキングという。
勿論それはただの架空の話。神話のような途方も無い話に過ぎない。
そんな馬鹿げた研究が本当にあったのかもソニアには分からない。
ただ、今でも一部の地方にはその言い伝えは残っている。
(古の賢者が、その膨大な叡智を振り絞っても足りなかったその不死の技法が、今の世で完成しているなんてあるはずがない)
だけど他には説明付かない。
二度殺した者が生き返るなど、その説明をするにはそれこそ神話の話を持ってくる他ないだろう。
すると、そんなソニアの考えを吹き飛ばすかのように、
「エルリス……何故、ここに。いや、それより殺されたのではなかったのか」
「よ、よかったわ」
目の前に突然現れたエルリスの姿にアラスとミーナは動揺し、直ぐにまるで親が子を心配するかのように言った。
白々しい態度だ、とソニアは思う。
「ええ、そうね。お陰様で二度ほど殺されたわ」
「!?」
やはりそういうことなのか。
あの言い伝えを。不死の技法をその身に体現する存在なのか。
そう再び思考を巡らせるソニアに、エルリスは笑う。
(不死。そんなものあるはずもないのに、私の事を過大評価してくれるのならばそれだけで有難いわ)
先程、彼女が不意に呟いた『不死の魔女』というのは、この世に伝わる伝承、神話のようなものだ。
いわば賢者の石を追求する錬金術などと大差ないもので、不死を体現する存在のことを指す。
その伝承は、この世の歴史を知るためにたまたま目にした図書に記されていた。
勿論自分はそのような存在ではない。
(まあ、この子が違うとは言い切れないけれど)
一度死んだはずなのに何故か器として機能しているこのエルリスの体。この事象の原因を解明していない以上は、一つの可能性として不死の技法のことも考えてはいる。
と、そんなことを頭の片隅で考えてい。と、
「二度、死んだだと? どういうことだ」
アラスは言う。
「どういうことも何も、その言葉のままよ、パパ。私は二度ほど彼女に殺されているの」
正確には一度。この体に転生するよりも前に殺されただけで、二度目は単なる彼女の思い違いに過ぎない。
つまりはエルリスの魔法で、そう錯覚していただけだ。
「あーあ、本当に苦しかったわ」
「っ」
ソニアの顔が歪む。
「だから」
パチンとエルリスは指を鳴らす。
と、膨大な黒闇の渦が室内に現れて、その中から数人の黒装束の者達が飛び出してきた。
ノアの作った嘘発見紙の元まで転移させる、水晶型の宝具。その力である。
ちなみにエルリスもその力(事前にソニアに嘘発見紙を仕込んでいた)でここまで転移してきた。
「これは、骸鳩の者か!? なんだ、これは一体どういうことだ、貴様ら!」
そう怒鳴るアラスの言葉には一切答えず、彼らはすっとエルリスの傍らで床に膝を付けて、頭を垂れた。
その光景に。アラスは、ミーナは、ソニアは思わず困惑していた。が、直ぐにアラスは我を取り戻す。
「……エルリス。これはお前の……」
「ええ、そうよ、パパ。私の愛しい玩具」
「……っ、そうか。そうなのだな……お前は……父を、母を裏切るというのか」
先に裏切り、殺すために画策していた者の言葉とは思えない。
「……裏切る? 何を言っているの、パパ」
エルリスは可愛らしく子供のように首を傾げて、
「私は別に裏切るつもりはないわ。ただ、邪魔になったから消すだけよ」
それは死刑宣告だ。
その言葉を聞いた瞬間、ソニアは叫ぶ。
「待っ! そいつ、は、私が殺す! 手を出さないで」
既にボロボロで満身創痍。にも関わらず、ソニアは叫ぶ。
「はあ?」
エルリスはソニアの方を振り向いたーー、その瞬間だった。
アラスの拳がエルリスの顔面に叩き込まれた。
「……そうか。どうやって骸鳩の連中を従えたかは知らないが、丁度いいな。ここでお前を殺す為の理由が出来た」
吹き飛ばされたエルリスは、さらなる追撃を受ける。
骸鳩は誰も止める気配を見せない。
動けないのだろうか。
「骸鳩の襲撃を受けたディアボロス家は、娘を人質に取られて、泣く泣く娘ごと骸鳩を始末した。悪を倒すことを生業とする我ら貴族ならば当然の選択として、説明がつく」
幼い我が子へとアラスは連撃を浴びせる。が、
(……おかしい。なんだこの手応えは)
まるで壁でも殴り付けているかのような、そんな手応えだ。
「っ、うおら!」
アラスは身を僅かに引き、回し蹴り。
だが、全ての衝撃は消えて、蹴りの格好のままエルリスの体の直前で止まっていた。
「な、んだと」
エルリスは深く息を吐く。
「私の『境界』を破ることもできないなんて」
魔法使いならば誰もがその身に薄く纏う、魔力による次元の壁ーー『境界』。
これを突き抜けない限りは、エルリス自身に触れることはできない。
「ねえ、あまりにも弱すぎるわ、パパ♡」