絶望は死神と共に
「ーーがはは、そうかそうか、精霊を見たか」
しばらくあの場所でゆーちゃんと遊んでから家に帰ったソニアは、その日にあったことを両親に報告した。
「うん、なんかさいごの希望……? のことを教えてもらったよ」
父は豪快に笑い、
「それって『ルキアの花』の花言葉のことか」
「うん、それそれ! あとおうたもうたってたよ」
「うた? ああ、もしかしてあの箱舟のやつか?」
「あの良く分からない詩の事ね。古い詩人がルキアの花のことを詩ったものらしいけど、私には何度聞いてもよく分からないのよね」
「ほへえ……、パパやママにも分からないんだ」
ソニアは炒めた野草を口に運び、もぐもぐ咀嚼する。
今日も一日、楽しかった。
明日もまたいっぱいゆーちゃんと一緒に遊びたいな。
そう思いながら口の中のものをごくりと飲み込んだ。
その時だ。
コンコンと戸をノックする音が聞こえたのは。
「?」
誰だろう、とソニアは思い、扉の方に視線を向ける。
母が「はい」と扉を開けた。
そこには男が立っていた。
「ブレイドニールだな」
身なりが綺麗で、装飾過多な装いの男だった。
どこかの貴族、だろうか。
「はい、そうですが……、どちら様でしょうか」
母は言った。
「……そうか」
それは一瞬のことだった。
ざっと男の懐から抜かれた短刀が、母の胸を切り裂いたのは。
「……え」
悲鳴を上げるよりも早く、父が構えるよりも早く、男は一気に室内に踏み込んできた。
「……悪いな。本当はやりたくないが、これも命令だ。せめて苦しまないように楽に殺してやる」
母の血に濡れた短刀を逆手に握り返して、父の手前まで一気に迫り、振り下ろした。
ぐさりと父の広い方に短刀が突き刺さる。
「っ、ぐ!」
父は呻き声を上げて、倒れてうずくまる。
「ちっ、避けるから頸動脈から外れたか」
男は吐き捨てる。
何が起きたのかソニアには理解できない。
直前まで両親との楽しい食卓があった。
それが一瞬にして、こうなっている。
何が、どうなっているの。
意味が分からない。
「次はガキか。ちっ、胸糞悪い仕事をさせやがる。だが、悪いな。恨むなら俺らの主人の言うことを断った、村長を恨むんだな」
ソニアの直前まで男は来た。
ソニアはそこでやっと自分の身に迫るものの正体を知った。
死。
もう触れることのできる距離まで死は迫っていた。
「じゃあ、さらばだ」
男はソニアに向けて思い切り短刀を振り下ろす。
が、その短刀がソニアに突き刺さることはなかった。
「……、なに」
胸を裂かれて瀕死の母と父が、ソニアを庇うように飛び込んできたからだ。
ざしゅと父の背中に、短刀が突き刺さる。
「……おかしいな。先端には毒を塗っているからまず間違いなく死ぬはずなんだが……」
短刀を父の背中から引き抜き、目の前の二人を蹴り飛ばした。が、両親はゆっくりとテーブルに手を置いて立ち上がる。
それに呼応するように父も立ち上がる。
「おお、ガキ。お前、愛されてんな。おもしれえ、潔く死を享受しねえというなら苦痛の果てに殺してやるよ」
男は短刀を構えて、両親に向き直す。
いつでも殺せる子供のことは後回しということだろう。
「そ、にあ……、行きなさい」
母は言い、
「ああ、いけ。じゃま、だ」
父も言う。
息も絶え絶えでその言動にはいつもの余裕がない。
もう今にも死にそうだ。
「でも、ぱぱ……、まま……やだよ」
「良いから行け!」
父は怒鳴る。
びくりとソニアは肩を揺らす。
初めて聞いた父の怒声にソニアは目を見開いた。
それから父の言葉は優しく紡がれていく。
「安心しろ、お前の父と母はこんな奴には負けない。なあ、母さん」
「……ええ、そうね。ふふ、むしろ……余裕で勝っちゃうかも。だからお願い、行って……」
儚く散りそうなのに、それでも不思議な力強さのある二人の言葉に、ソニアは思わず頷き、扉に向けて走っていた。
両親と会ったのは、それで最期だった。
外に出たソニアは目の前の死の光景に涙を零していた。
どこを見ても、屍の山。
屍の中は見知った顔ばかりだ。
しかも、暗殺者も蠢いている。
絶望が目の前に広がっていた。
ソニアはその絶望を見ないように目を閉じて、走った。
何も見ないように。
後ろからの追っ手のことも考えずに走り、走っては走り、そこで何かに躓いて転んだ。
「きゃう」
どさりと血に濡れて湿った土に服が汚れ、ソニアはゆっくりと起き上がり、足元を見る。と、その足元にあったものを見た瞬間に、ソニアは胃の中のものを思い切り吐き出していた。
「!!!?! な、んで、ゆーちゃ……やだ、どうして、こんなの」
親友の、ゆーちゃんの頭部がそこに転がっていた。
それは彼女の幼い心を破壊するには十分すぎるものだ。
そして、同時にそれが引き金ともなったのだろう。
ソニアを中心に黒い風が巻き起こった。
異能の発現。
ソニアは気付いた時には村の中にいた暗殺者を全て殺していた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
だが、まだ足りない。
ふらりと彼女は亡霊のように歩き、東の洞窟へと向かった。
その洞窟の先で、再び彼女は昼間の黒ドレスの女性の姿を見付けた。
「こんばんわ。昼間と違ってだいぶ雰囲気は変わったわね」
ソニアは暗殺者から奪い取った短刀を構える。
「……お前も、敵か?」
くすりと彼女は笑う。
「いいえ。ボクは君の味方で、連中の敵よ」
「連中……? お前、あいつらが何なのか知っているの?」
「ええ、知っているわ」
「……詳しく教えて」
「ふふ、それは別に構わないけど、教えてどうするつもり?」
ギリッとソニアは奥歯を噛み締める。
「決まっているよ。あの連中も、その仲間も、家族も、全員殺す」
壊れた心が吐き出すものは、憎悪による殺意だけ。
「成程ね。分かったわ、ただし条件がある」
「……条件? なに?」
「ボクたちの組織の仲間になること。それが条件」
黒ドレスの女性は手を差し出す。
イエスならば手を取れということなのだろう。
まだ詳細を知らない組織に入る。
普通ならば多少は考える。だが、
「分かった」
ソニアは直ぐに答えた。
もはや思考停止で、復讐以外は眼中にはなかった。
「よかった。ならこれからよろしくね、ソニア」
そう言い、彼女はソニアを優しく抱き締めたーー。
◆
それから十年。
ここまで来るのに、十年もかかった。
あの後、何故あの村が襲撃されたのか。
その理由もわかった。
なんてことはないくだらない理由だった。
ルキアの花畑。あの花畑の権利を手にする為に邪魔になった村を滅ぼしたらしい。
しかも、ルキアの花畑を欲しがった理由もくだらない。
女性への貢物。ただ、それだけだった。
ソニアは懐から短刀を取り出した。
あの時、暗殺者から奪い取った短刀だ。
父や母の血を吸った、この短刀をあの者達の胸に突き立てる。
(さあ殺してあげる)
そうして彼女はディアボロス家の当主の寝室に忍び込んだ。




