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転生者

 エルリス・アイ・ディアボロスーーそれがこの世における彼女の名前。


 最初は驚き、困惑したものの彼女は直ぐに状況の整理を始めた。


 自分は死んだ。

 それは間違いない。

 けれど自分は生きている。

 しかも元々あった妙齢の体ではなく、幼少の体で、彼女は生きていた。

 何を言っているのか分からないかもしれないが、今目に見える状況だけで結論を導き出すと、そうなる。

 どうしてこんなことになっているのか、その理由までは分からない。

 名前も容姿も年齢も身分も元の自分のものではない。

 そんな状況に、しかし彼女は目に見えて取り乱すことはせずに平静を装う。が、それでも思考は絶えず巡らせ続ける。

 と、そこへ傍らの使用人から声がかかる。


「お嬢様、お着替えを手伝わせていただきます」


 使用人ーーソニアは、相変わらず淡々と言いながらベッドに腰掛けるエルリスの寝巻きのボタンを、その細い指で一つ一つ丁寧に外してゆく。

 ボタンが全て外れて、ばさりと寝巻きがベッドの上に滑り落ち、ソニアはエルリスの為に用意していた白いドレスを着せる。


(……それにしても可愛いわね)


 ドレスを纏った彼女は姿見の前で踊るように全身を確かめる

 とても愛らしい。

 まるで雪国に舞い降りた氷の天使のようだ。

 

 ふふ、と彼女は思わず笑みを零す。

 自分の姿を見て、可愛いと思うのはナルシストの性質であるが、今の彼女の中身は別人である。

 なのでナルシストというわけではないだろうーーなどという今この場においてはどうでもいいようなことをエルリスは頭の片隅で考えながら姿見に映る自分の姿に惚れ惚れとする。と、エルリスの着替えの手伝いを終えたソニアが、


「それではお嬢様、旦那さま方がお待ちです。それでは食堂へと参りましょう」


 一礼して言った。

 エルリスは一瞬ソニアへの返答に困る。

 本来の自分のように傲然と接するべきか、あるいは傾国の魔女と恐れられた時のように他者にとって心地の良い態度を見せるべきか。

 ほんの一瞬だけ悩んだが直ぐに決める。


「ええ、分かったわ」


 相手は使用人だ。

 特に(へりくだ)る必要もないだろう。


「行きましょう、ソニア」


「はい」


 と頷き、ソニアは彼女の一歩後ろに下がる。

 主の前を歩かないのは使用人のルールなのだろう。


(食堂の場所まで案内してほしいのだけど……)

 

 そう思い、ソニアの顔を見上げるが、彼女はただエルリスの一歩後ろに立ち、自発的に動く気配がない。

 エルリスが歩むか、何かを命じるまでは動くつもりはないという頑なな意思すら感じ取れる。

 真面目で融通のきかない性格なのだろう。


「ねえ、ソニア。食堂の場所はどこかしら」


「?」


 ソニアは目を細めて首を傾げる。

 意味が分からないといった反応だが、それも当然のこと。

 幼いとはいえエルリスのこの身は、既に物心はついているはず。

 自分の過ごす環境でもあるこの屋敷の、食堂の場所が分からないなどあるはずがない。

 

「えっと食堂はあちらですが」


 困惑しつつも答えるソニア。


「そう、ありがとう」


 エルリスは礼をする。

 そうしてソニアの指した方向へと歩いていき、その先にある広々とした食堂の中にエルリスは入る。と、食堂に足を踏み入れた彼女の視界の先に、厳かな佇まいの男と女の姿を見付けた。


「来たのか、エルリス」


 銀の顎髭を撫でながら男は低い声で言う。と傍らのソニアが彼らに頭を深く下げる。

 この広い屋敷の使用人たる彼女が礼を示す相手。

 恐らくは雇用主である。

 

(成程。この人たちが私の両親のといったところね。随分と愛想がないわね)


 生前の死の間際の自分をよく知ってる人間ならば誰もが「お前が言うな」とつっこむこと間違いなしのことを思いながらもエルリスは適当な席に座る。


「ええ、おはようございます、パパ」


 彼らに対する呼称が分からない。だから適当に呼んだが、特に何の反応もないことから恐らくはこの呼称で間違いはないのだろう。

 

「ママもおはようございます」


「エルリスちゃん、おはよう」


 にこりと挨拶を返してくれたが、その声には感情がほとんど見えない。

 母の愛というものを一切感じることができない。


(……この女、不快ね)


 それは同族嫌悪というものだろう。

 目の前の女は演じている。

 (パパ)の妻を、エルリスの母を、目の前の女は演じている。

 そのことを同族の彼女は直ぐに理解する。

 まるで醜い内面を覆うように取り繕う虚のその笑みを見た瞬間、エルリスの内心に不快感が宿った。

 その不快感を上手く言語化することはできない。

 上手く言語化することはできないが、ただ合わない。

 目の前のそれは不愉快極まる。


「お嬢様、それでは食事をおもちいたします」


「ええ、おねがい」


 ソニアは一礼だけして、ゆっくりと彼女の元を離れていくと、


「エルリスよ。体の調子はどうだ」


 父は言う。

 

(体の調子? すこぶる良いのだけど、今この場でそんな心配事を口に出すということは、この体は何か風邪でも患っていたのかしら。それとも病弱?)


 一瞬そう思うが直ぐに否定する。

 いくらなんでも考えすぎか。ただの他愛もない会話への導入に過ぎないのだろう。

 とはいえ今の彼女にとって目の前にあるもの全てが未知である。

 なので全ての言動に情報修正の網を張り巡らせる必要があった。

 エルリスは自分の体調を確かめる。

 特に不具合はない。病み上がりとは思えない。

 それに病弱という線も薄いだろう。病弱にしては太ももが引き締まっている。

 この体は病弱というよりは、快活で、外を無邪気に走り回る子供特有のものだ。

 とても病床のそれとは思えない。

 

(まあ、親だからただ子の身を案じてるだけ。そう見るべきね)


 エルリスは視線を父の方に向けて、笑顔を作る。


「体の調子は健康そのものですよ」


「……そうか」


 父は目を伏せて、隣の母に視線を送る。

 アイコンタクトで母に何かを伝えているのだろう。

 何を伝えあっているのか気になるが、考えるだけ無駄なので彼女は視線を外して誰にも悟られぬように小さく溜息をついた。

 突然起きた理解不能の出来事に、精神面が疲弊しているのだから溜息の一つや二つは仕方のないことだろう。








 


 

 

  


  



 



  



 


 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 


 


 


 

 

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