骸鳩は狙われる
ーー骸鳩の本拠地の高層ビルの最上階の広間に、小柄の男が舞い戻ってきた。
「ただいま、戻りました。ボス」
全身を黒ずくめに囲った様相の黒子のような男は片膝をつけて、頭を垂れる。
目の前には同じく漆黒の姿の老人。
「そうか。それでどうだった」
その男は、骸鳩のボスにして組織を作り上げた創設者。
「は」と頭を垂れたまま小柄の男は、懐より一枚の紙を取り出した。
「こちらに報告の全てが書いてあります」
嘘発見紙。
その紙を見た瞬間、ボスの眉根が険しく寄る。
「なんだそれは」
「え」
ボスの険しい声に気付き、彼は顔を上げる。
ボスは怒っていた。
「あの、ボス」
「もう一度、聞くが、それは何だ」
ボスが何故そのようなことを聞くのか彼には分からなかった。
いつものように暗殺者から嘘発見紙を受取、いつものように舞い戻ってきた。
仕事は常そのものだ。
だけど、ボスにとっては違うように見えたようだ。
まるで裏切り者を見るような鋭い眼光で男を見下し、肩を震わせていた。
「あの、ボス」
困惑した。
ボスのこの反応の意味が理解できない。
失敗者には厳しいが、使える者には寛容。
それが骸鳩という組織で、
だからこそ地下にいるあの女の自由が許されている。
それなのに……。
自分が何かしたか。
彼は必死に考える。だが、何もしてない。
むしろ良い報告を持ってきたはず。
(どういうことだ……、)
分からず思考を巡らせていると、ボスはため息をついた。
「前回といい、今回も失敗するとはな。いや、失敗するだけならばまだいい。謀られるとは、愚かな翼だ」
「は、え」
「それを見ても何も思わないか」
彼は自分の手の中にある嘘発見紙を見る。が、そこにあったのは嘘発見紙ではなかった。
「!?」
驚き、代わりに持っていた一枚の漆黒の紙を見た。
(なんだ、これは)
いつの間にこんなものを持っていたのか。
あの時、確かに嘘発見紙を受取り、持ってきた。が、今手にあるものは見知らぬもの。
(いつ、すり替えられた。いや、それ以前にどうして嘘発見紙の力が発揮しなかったんだ)
嘘発見紙の効果は絶対だ。誤作動などありえない。
ならばどういうことだというのか。
彼は逡巡し、直ぐに答えを導き出した。
(誤作動はありえない、ということは最初から発動そのものをしていない)
嘘発見紙は特殊なレンズを通して見ると嘘を破る効果がある。
あの虫眼鏡型の法具が嘘発見紙と二つで一つの法具。この二つが合わされば見抜けない嘘はない。
これは使用者の意図は関係なく、問答無用で嘘のみを看破。
嘘を書かれた嘘発見紙は灰になって消える。それがこの法具の力。
ということは一体どうして嘘発見紙は炭化しなかった。
簡単だ。恐らく法具の力が発動していなかったから。
そこまで考えれば導き出せる結論はただ一つ。
虫眼鏡を通して見たものが嘘発見紙ではなく、この紙だったということだ。
つまりすり替えられたわけではなく、何らかの法具か異能で錯覚を見せられていた。
(裏切りってことか)
ぎりっと彼は奥歯を噛み締める。
まさか『二人』一気に裏切りものが現れるとは。
(ちくしょう)
じわりと冷や汗が頬を伝う。
「理解したようだな、無能な我らが翼よ」
ボスの足元から無数の剣が生えてくる。
「我ら骸鳩が飛ぶのに邪魔になりそうな翼は切り落とす。分かるな?」
こくんと小柄な男は力なく頷いた。
本当はもう一つの裏切りの方も知らせるべきなのだろうが、死を手前にした彼にはその余力もない。
そのことを伝えたところで彼の死はおそらくは絶対だからだ。
「よろしい。今まで御苦労だったな」
ゆっくりとボスは手を前に突き出し、それに操られるように足元に生えた無数の剣のその切っ先が小柄な男に向けられる。
ボスの異能ーー砦の剣山が発動した。
ああ、終わりだ。
彼は諦めて、死を受け入れた。
「それではさらばだ」
そして、ボスの合図と同時に一斉にその足元の剣の切っ先が伸び、小柄な男の元へと突き抜ける。
その時だった。
「容赦ないわね」
全ての剣の切っ先が砕けて、明後日の方向に飛んでいく。
「部下の失態の一つや二つ、許せずして長を名乗るなど」
どこからか聞こえてくるその声は、女のものだった。
「何者だ」
「私が何者か。そんなのは答えるわけないでしょう」
声が聞こえるのは、小柄の男の持ってきた黒い紙からだ。
黒い紙に描かれるものは赤黒い魔法陣。
その中心から声が放たれていた。
(これは何だ、何の異能だ)
その漆黒の紙を眺める二つの骸鳩。
すると、次の瞬間。
黒い紙の赤黒い魔法陣から黒煙が漏れた。
「!?」
まるで渦巻くように溢れた黒煙のその中に赤く紅玉のように煌く眼球が覗く。
なんだ、あれは。
人間ではない、何かが黒煙の渦の中央にいる。
「っ」
彼らはごくりと息を呑む。
骸鳩の長は思う。部下は一体何を連れてきたというのか。
小柄な男は思う。自分は一体何を掴まされたというのか。
徐々に黒煙が晴れていく。と、その中のものの姿も見えてくる。
それはやはり人間ではない、何かだった。




