表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/29

推察し、結論に至る魔女

 屋敷に戻ったエルリスは、不可視にした暗殺者の男を引きつれたまま自身の部屋に向う。

 自室には既にソニアがいる。が、ソニアは何もない虚空に向けて話しかけている。

 時に笑顔で、時に焦り、時に頬を染め。

 ただ何もない虚空と話している。が、それはエルリスから見た場合に限る。

 実際は


「それにしてもお前は何でもできるんだな。まさか『分身』まで使えるとは」


 隻眼隻腕の男の言う通り、他の者にはもう一人のエルリスの姿がそこには見えている。

 が、彼女にはそんな力はない。

 二人いるように見えているのは、単にエルリスがそう見せているだけ。

 

「なんでもできるわけではないわ。ただ、そう見えるだけ」


 二人の見ているもう一人の自分と、今ここにいる本物の自分の姿を同調させて、一人の自分の姿に戻す。

 

「ーーあー、もうお嬢様は本当に可愛いですね。ほっぺたモチモチです」


 にこにこと笑い、ソニアはエルリスの頬に触れる。

 うっとうしい。


(急にどうしたのかしら。このメイドこんな性格だったっけ)


 手を優しく払いのけて、エルリスはベッドに腰を落とし、その弾力性をお尻に味わう。


「お嬢様? どうかしました」


 エルリスにとっては今来たばかりだが、ソニアにとっては急に会話を打ち切ったように見えたのだろう。

 その急な態度の変化に首を傾げて、疑問を抱く。


「ああ、ごめんなさい。なんでもないわ」


 エルリスはにこりと笑い、


「それに私が可愛いのなんて今更じゃない」


 答える。と、


(このガキ、この歳からナルシスト入ってるとは……、将来大丈夫か?)


 不可視の暗殺者は思う。

 もう彼の中では、エルリスが殺されるという未来が見えないのだろう。

 彼女が将来を迎えることを確信しているような思考である。


「そうですね。本当にお人形みたいで可愛いです。もうお人形にしてしまいたいほど」


 なにそれこわい。

 

「あ、ごめんなさい、お嬢様。今のはなしです」


 手を振り、ソニアは慌てて言動を訂正する。


「そ、それよりどうです? 紅茶いります?」


「……いただくわ」


 ソニアは「はい」と頷き、紅茶の準備を始める。

 その姿を目で追いながらエルリスは少しおかしいことに気が付いた。


(なんだかぎこちないわね。紅茶を淹れるくらいなのに)


 紅茶を淹れる、のは素人には難しいことではあるが、このような貴族の家の使用人なら必須の条件として求められるスキルではある。しかも、彼女はエルリスお付きの使用人のようだ。

 それなのに微妙に手際が悪い。

 そのことが気になり、エルリスは口を開く。


「そういえば、ソニア。あなたこの家の使用人になってどれくらいかしら」


 すっとぼけたように演じるエルリスに、ソニアも何事もないように答える。


「私、ですか。えっと、そうですね。そろそろ一週間経ちますね」


「……そう」


 そういうことね、とエルリスは笑う。


(まさかそういうことだったとは。理由は分からないけれど、とても冷徹で残酷な現実じゃない)


 今朝から得た情報と照合し、そうすることで一つの答えを導き出した。

 だが、それはあまりにも残酷な現実。

 

「どうぞ、お嬢様」


「ありがとう」


 渡されたカップにエルリスは口をつける。

 じんわりと口内に広がる熱の刺激が彼女の思考をより鮮明に働かせる。

 

(骸鳩を何とかするだけではいけないと思ってはいたのだけれど……)


 骸鳩はあくまでも暗殺の依頼の仲介組織で、それも暗殺依頼を受けた大元の組織でもないのだろうとエルリスは予測していた。

 だから最初は骸鳩を籠絡し、そこから芋づる式に他の仲介組織も割り出していくつもりだった。

 そうしていけばきっといずれは依頼を受けた大元の組織に辿り着くだろうと考えていた。

 だが、わざわざそんな面倒なことをする必要もなくなった。

 暗殺を依頼した者の正体を察したからだ。


(この家は相当闇が深いようね。まさかまだ幼い我が子を殺そうとしているなんて)


 暗殺を依頼したのは恐らくこの家ーーディアボロス家だ。

 物的証拠があるわけではない。だが、恐らくこの答えは正しい。

 

 朝に彼女は一つの疑問を持った。

 父親の「体調はどうだ?」という言葉。

 あの時は単に病弱な娘の心配をしているだけの父親だとも思ったが、それにしては不審な点が多すぎる。まずいきなり体調を心配する場合、普通どんな時だろう。 

 そう問われた時に出る答えは「体調不良」の時、もしくは体調不良から快復した時。

 あとは普段から体調を崩しがちな場合だろうか。

 どちらにせよ「体調不良」という前提がある上での、言葉のはずだ。

 それなのにあの男は彼女の体調を心配する言葉を述べた。

 勿論それだけなら特に問題はない。

 会話に困ったが故のものかもしれない。

 そう考えることもできた。

 

 しかし、その後の父の母に向けたアイコンタクト。あれは会話に困ったが故に妻に助け舟を求めるタイプのものではなく、驚嘆にも近いような視線だった。

 

(あれはきっと体調不良でなかったことに驚いてたんでしょうね)


 とはいえ、この段階ではまだ家のことを疑うには足りない。

 アイコンタクトの件もただ夫婦仲がいいだけと見ることもできるからだ。

 だが、それ以降に得た情報で一気に確信を得た。

 まず隻眼隻腕の暗殺者だが、彼は今晩にエルリスの命を狙うと決めていた。

 何故なら夜になれば警備が薄くなるからだという。

 が、それはおかしい。

 普通、闇夜に紛れることのできる夜というのは警備が厳重になるものだ。

 夜の方が暗殺はしやすいというのは分かる。でも警備が手薄になるから暗殺が容易いというわけではないはずだ。


 それに何故、自分のような子供を狙う。

 復讐の為か。いや、それは考えられない。

 仮に復讐する為なら自分だけではなく、元凶たる親のことも狙うはずだし、そもそも匿名で暗殺などということはしないはず。

 ならば営利目的。それも考えられない。

 営利目的なら殺すことなどはせずに攫って身代金を請求した上で売り払った方がいいからだ。

 だとしたら考えられることは一つ。

 自分が死んでくれた方が助かる人間。

 そう考えると、ディアボロス家を疎ましく思っている貴族の可能性がある。

 ただ、それも腑に落ちない。

 まず自分は一人娘。この先、家督を継げるような立場でもないし、わざわざ暗殺などという危険を冒してまで始末するだろうか。いや、それ以前に何故自分だけを狙うのかの説明ができない。


 そこまで考えを煮詰めていた彼女は、ソニアから雇用一週間だったことを聞き、全てを理解した。

 

 暗殺の標的ともなりえる貴族の一人娘。そんな存在に雇用一週間の使用人を付けるなど、ありえないことだ。

 その使用人が暗殺者ならどうする。

 せめて、信用を構築するまでは屋敷内で下積みを積ませるべきだろう。

 さらにまるで狙ってくださいと言わんばかりの警備の網。

 それらの色々な要素を元に立てた推察が、依頼者の正体がディアボロス家であるということ。

 その推察を出した結果、彼女は最悪な現実に思い至る。

 

「……、ふふ」


 思わず笑みが漏れ、


(殺したわね。この子をーー)


 エルリスの内心に怒りが滾る。 


  

 


 

 


 


 


  


 


 

 





 

 

   

  

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ