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策謀巡らす魔女

 ディアボロス家の屋敷の外。

 溢れる木々の中にエルリスは身を置いていた。

 夕暮れに染まる茜色の風に、純白の髪を揺らして、蒼穹の如く澄んだ瞳を眼前の薄闇に向ける。


 昼食を終えた彼女は今まで準備をしていた。

 骸鳩という組織に対する為の備え。

 幾つもの魔法を施して、彼らを陥れる為の罠。


(ここまで警戒したのはいつ以来だろう)


 生前、最悪の魔女と言われて恐れられる前の……、自分がまだ学生時代だった頃に平民だった少女と争い、その末に国を追放された時以来。

 それ以来、彼女は危険に対してここまでの備えをしたことはない。

 別に死ぬことは怖くはない。

 いやむしろ死とは彼女にとって愛しく、尊いものだ。

 生前『死』とは自身の心を救ってくれた愛しいものなのだから。

 だが、この世に生まれた彼女は、今直ぐに殺されることは躊躇われた。

 いくつか気になることができたからだ。


 この世に生まれた彼女が最初に思ったのは、自分がこの世に来た理由。

 死んだはずの自分が今こうして生き返った理由が彼女には分からない。

 次いで思ったのは、自分が器にしているこの『エルリス・アイ・ディアボロス』というとても可愛い幼女。

 この子の意識がどこに行ったというのか。

 自分が入り込んだことで追い出されてしまったのか、それとも上書きという形で消えてしまったのか。

 分からない。ただ、分からない以上は調べて、自身のせいで消えたこの子の意識を取り戻して、体を返してあげたい。

 だが、そのためには今ここで殺されるわけにはいかない。


(それにしても本当にこの(エルリス)は可愛いわね。思いきり抱きしめて撫でたいわ)


 自分の二の腕を摩りながらエルリスは心の中で自画自賛するように思う。と、そこへ


「ーージェイル」


 眼前の薄闇に突然現れた全身が黒子のような黒装束に身を包んだ小柄の男が彼女(・・)に話しかけてきた。


(魔法は問題なく発動しているわね)


 これは錯覚魔法による罠。ただ、自身の姿を隻眼隻腕の男の姿に見せているだけ。


「何かし……、なんだ?」


「定期報告の時間だ。嘘発見紙に報告内容は書いたな?」


 ええ、と頷き、彼女は事前に書いていた『嘘発見紙』を目の前の男に手渡す。

 

「分かった。確認しよう」


 ぺらと男は嘘発見紙を広げ、虫眼鏡のようなものを取り出して、そのレンズを通してその内容を確かめる。

 あれが嘘発見紙に書いたものの虚実を見分けるものなのだろう。

 嘘発見紙には今晩問題なく暗殺を実行すると書いてある。

 それは嘘。だが、法具の効果は発動しない。

 そう手は打ってある。


「成程、今晩か。本当に成功するんだな? 失敗はないと思え」


 彼はすんなり嘘発見紙の内容を信じ込み、虫眼鏡と嘘発見紙を懐にしまった。


「はい、分かっています」


 そう答えた彼女に小柄な男は白紙の嘘発見紙を渡す。


「これが次のものだ。いい報告を期待しているぞ、ジェイル」


 そう言い残して、ふっと男は風に溶けるように消えた。

 

(消えた……、あれも異能かしら。それとも法具?)


 エルリスが彼の去った方向を見て考えていると、


「なあ、どういうことだ。なんで骸鳩の使者は行ったんだ?」


 不可視の魔法で姿を隠している隻眼に隻腕の男が言った。


「直に分かるわ。それより聞きたいことがあるんだけど」


「なんだ?」


「あの男、白紙の嘘発見紙をもう一枚持ってたわね。どういうことか分かる」


 ちらりと見えた程度だが、もう一枚同じ紙が見えた。

 それが気になった。


「さあ、骸鳩は暗殺の依頼を仲介しているし、抱えている暗殺者は他にもいる。だから多分そいつらの為に用意したものなんじゃ」


「ふーん、一人で複数の暗殺者を抱えているの?」


「俺は暗殺者だし、あくまでも依頼を仲介してもらってるだけだからな。骸鳩に属しているわけではないからその内情までは分からんが、きっとそういうことだろ? それがどういたんだ?」


「別にただ気になっただけよ」

 

 エルリスは踵を返して歩き出し、屋敷に向かい、その後を隻眼隻腕の男が付いてくる。


「それより……なあ、教えてくれよ。あの男に何したんだ? 何で普通に帰って行ったんだ?」


 場合によってはその場であの男と戦うことも覚悟していた彼にとってはあまりにも拍子抜けの結果だった。

 自分一人ではまず勝てないが、エルリスと一緒ならば勝てる。

 そう思い、戦うことも覚悟していた。

 それなのに、あの骸鳩の使者は嘘を見破れることもできぬまま去った。

 彼らのことをよく知る彼にしてみれば、ありえないことだった。


「はあ……彼らの性質を利用しただけ。彼らは法具に頼りすぎている。そこを利用させてもらったの」


「そりゃあんなに便利な法具を持っていれば頼り切るのは当然だろ」


「……便利? あんな中途半端なものが?」


 エルリスは肩を竦める。


「ただ嘘を見破れるだけの道具でしょう。そんなの頼り切るには頼りにならないわ」


 彼女は言い、付いてくる男を安心させるように笑う。


「まあ、安心しなさい。今晩全てが終わるわ」


 そうして気分を揚揚にして彼女は歩いて行く。

 相変わらず言葉に不思議な説得力のある幼女である。


「……そう、か。分かった」


 頷き、彼はエルリスの後を追いかけた。








 

 


  




 




 


 

 

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