試験
「リーン、試験はどんなことをやるんだ?」
「魔法を的に当てるだけよ。簡単でしょ?」
連れて来られた場所は訓練場で、リーンが中央に向けて手を向けると、そこにさっき言っていた的であろう人型の人形が何もないところから出現する。
「クロ、これが魔法発動体よ」
リーンが差し出してきたのは先端に透明な水晶がはめ込まれた杖で、水晶の中で白くて丸いものが回転しており、それが光を反射して輝いている。
「これが魔法を使う時にこの学院で貸し出しているものよ。水晶の中の魔石が白色なのは光魔法だけに対応しているからで、闇魔法だと黒色になるわ」
杖を受け取ろうとして、ラウルの家でマジックアイテムに魔力を流した時に爆発したことを思い出して思わず手を引っ込めてしまう。
『クロ、リーンに魔力の流し方を教えてもらっては?ひょっとすると、私の教え方が悪かったのかもしれません』
「教え方って……、まぁいいか。リーン、魔法はどうやったら使えるんだ?」
杖を受け取りながらリーンに尋ねる。
「まず杖を的に向けて。光魔法で一番簡単なのは光の矢よ。矢の形をイメージしながら力を込めるような感じで」
「ええっと、こんな感じか?」
言われた通りにやってみると、杖が光り輝き──
──爆発した。
リーンは驚きすぎて口を開けたまま固まっている。
「なぁ識者。また爆発したんだが」
『……今回の件でわかったことが一つあります』
「なんだ?魔力の流し方がわかったのか?」
『いえ、クロ。あなたは基本的にマジックアイテムは使えないということが、です』
「どういうことだ?」
『忘れましたか?適性検査の時やこの街に入る時に使った装置。あれもマジックアイテムですが、あの時は爆発しませんでした。違いは魔力を意識して流したかどうかです』
「つまり意識しないで魔力を流せば使えるが、使おうとすれば嫌でも意識することになる、と。もしかして、俺は一生魔法が使えないということか?」
『そうなりますね。原因は魔力の質だと思います。魔力というものは魔力として使用できる部分とそうでない部分があり、平均的には六:四くらいの割合で、使用できる部分が多ければ多いほど変換効率が良くなっていきます。クロの魔力は人間のものとは異なり、不純物が一切ない純水みたいなもので魔力の変換効率が良すぎるせいで、そこら辺のマジックアイテムでは普通の人間と同じように魔力を流すと核となる魔石が膨大な魔力に耐えきれず、結果的に爆発する。ということです』
「原因はわかったが、なんであの装置は使えたんだ?あれもマジックアイテムだろうに」
『あれには一定量の魔力が貯まると自動で魔力の供給を止める機能がついています。あれ以外にも自動で魔力を供給するタイプには基本ついているものです』
それを普通のやつにもつければいいんじゃ?と思ったが、《識者の事典》が言うにはつけても魔法は使えないらしい。
なんでもつけると魔力の流れが止められて、魔法を維持できなくなるらしい。
「はっ!?えっと、い、今のは何!?」
リーンが我に返ったのか俺の肩を掴んで前後に揺さぶる。
リーンにマジックアイテムを使えないことを説明すると、彼女は困ったような顔で俯きながら考え込んでいる。
試験をするにも魔法が使えないんじゃどうしようもない。
そんなとき、
『試験は、魔法じゃなくて”魔術”でも可能ですか、とリーンに聞いてください』
《識者の事典》は俺にそう尋ねるように言ってくるのだった。
魔法の代わりに魔術でもいいかとリーンに聞くと、多分大丈夫と言われたが、問題はそこじゃない。
「識者。魔術には詠唱が必要なんだろ?俺呪文とか何も知らないぞ?」
『大丈夫です。こちらでサポートします』
《識者の事典》の指示に従い、手を的へ向けながらメッセージウィンドウに表示された呪文を魔力を込めながら読み上げる。
【すべてを救済する尊き光】
手の前に、魔法陣が三つほど浮かび上がり、
【万物を浄化する慈悲の光】
魔法陣が形を変え、竜の頭を象り、
【光竜の息吹】
口が開いた瞬間、閃光が辺りを包み込んだ。
目を開けると、立っていた場所から的まで一直線に地面が焦げており、的は跡形も無かった。
「凄いな……ていうか、今の何だったんだ?」
『今のはクロの体に使われた三つの魔石の内、光竜──オルムの使うブレスを魔術で再現したものです』
《識者の事典》が言うには、魔力の制御がまだまだで本来の威力の二割程しか出せていないそうだ。
これだけ強ければ別に二割でもいいんじゃないか……と考えていると、リーンは驚きすぎて逆に呆れたといった表情で、
「魔法の知識はおろか使ったこともないのに、よくそんな高火力な魔術を使えるのね……。いったい誰に……ってそういえばラウルと一緒だったんだっけ」
リーンは納得したように頷いている。
ラウルから教えてもらった訳ではないが、《識者の事典》はラウルの知識から情報を引き出しているらしいので、似たようなものだろう。
「魔法じゃなくて魔術だけど、ちゃんと的には当たってるし、一応試験は合格ね。お疲れ様」
試験に合格して安心したところで、ずっと疑問に思っていた事をリーンに聞いてみた。
「急に試験をやったけど、本当に入学できるのか?」
「それは大丈夫よ。そもそもここはいつでも試験を受けてもいいっていう決まりなの。この学院は完全実力主義で、実力のあるものは拒まないっていう考え方よ。まぁ入学金とか授業料とか色々かかるんだけど、その辺は私がもつわ。何か質問はある?」
「特に無いかな。そういえば、俺どこで生活すればいいんだ?」
「基本的に寮で生活してもらうことになるけど……それは入学してからだから、それまでは私の家に居てもらうわ。それとももう泊まる場所とかは決まってるの?」
「いや、決まってないよ。それで、入学まであとどれくらいなんだ?」
「三日後よ」
………………え、どゆこと?
「三日後よ。急で申し訳ないけど元々決まっていたことだし、それまでは私が個人的に教えてあげるわ」
「まぁ決まってたんなら仕方ないし、元々こっちが急に来たのが悪いしな」
リーンは紙に何かを書くと、それをこちらに渡してくる。
「はいこれ、私の家の場所と鍵。私はまだ仕事があるから先に行ってて」
「すまんな。ていうか、勝手に入っていいのか?一応さっきまで他人だったんだぞ?」
尋ねると、リーンはフフッと笑って、
「いいのよ。ラウルの子どもなら私にとっても似たようなものだし」
「……どういうことだ?」
「ラウルとはね、一応夫婦ってことになってるの」
そのままポカンとしていると、
「まぁ形だけだけどね。実際に一緒に暮らしたことは無いし。じゃあって言いたいとこだけど、さっき書いた地図の見方はわかる?」
「ああ、それは大丈夫だ。じゃあまたあとで」
「ええ、これからよろしくね」
リーンと別れてから《識者の事典》にルートを表示してもらい、家に向かうのだった。