邂逅
何もない、ただ真っ白な空間にいつの間にか居た。
目の前にはローブを羽織った男が一人、濁った目でこちらをずっと見つめている。
かれこれ数分間この状況が続いているが、その間表情を変えずに、何の特徴もない平凡な顔でずっと見られている。なぜか、不思議と気味悪いといった感情が湧いてくることがなかった。
そんな事を思いながら、視線を外すようにもう一度周囲を見渡す。
本当に何もない。窓も扉もない、そもそもどうやってここに来たのかが何故か思い出せないのだ。
見渡した後に男に視線を戻すと、それを待っていたのかは知らないが、男が喋り始める。
「ふむ……ちゃんと効果があったみたいだな。これで次の段階に移れる」
「ちょっと待ってくれ。あんた一体俺に何したんだ?そもそもここは……?」
男が呟いた言葉に対しての疑問をぶつけながら、その後の疑問に対しては自分の中でスッと答えが出てきた。
今日、妹が買い物に付き合えと五月蝿いので、しょうがなく近くのショッピンクモールへ行く途中で信号無視で突っ込んできた車から妹を庇って……。そこまで思い出したところでふと疑問に思う。
(俺って死んだんだよな。てことはここは死後の世界?それにしても……)
自分が死んだ。それがわかっても冷静でいられることを考えた時に、その答えがわかった。
「お前に色々とかけさせてもらった。まぁ今はその実感が無いのは、これから実感していけばいい。……すまない。私は人を観察するクセがあってね。さて、何から話せばいいかな?」
「とりあえず、あんたは誰なんだ?見たところ神様ってわけじゃないんだろ?」
「私はラウル。人生のすべてを研究に費やした男だ。まぁお前にかけた魔法も研究成果だ」
「魔法って……あんたの世界は随分とファンタジーなんだな。で、そんな研究バカが俺に何の用なんだ?」
俺が尋ねると男、ラウルは口を歪ませながら、静かに呟く。
「お前には私の実験に付き合ってもらいたい。正確には少し違うが」
ラウルの実験とは、自分が作った体を使い、ラウルの世界で生きていくというものだった。
曰く、モンスターの魔石を用いた魔法で体を造った、それも伝説級のドラゴンの魔石を三つ使った最高傑作らしい。
なぜ自分で使わないのか、その答えはすぐに返って来た。
「私では身体に拒絶されてね。どうやら少量でも魔力を持っていると体には弾かれるらしい」
そう言うラウルの顔は少し寂しげだった。本当は自分で使いたかったのが伝わってくる。
「それに、私は疲れた。あの世界を二回も生きるのは精神的に辛い」
「ラウル、お前に協力するのはいいが、聞いてもいいか?なんで俺なんだ?」
「実はな、お前の世界にも魔力はある。こちらと比べるとごく僅かだが。……さっきも言っただろう?少しでも魔力があると駄目だと」
ラウルが言いたいことはわかった。つまり俺は唯一、魔力を持たなかったということだ。
ラウルは言いたいことを喋り終えたのか、目を閉じてじっとしている。
「最後に一つ、いいか?」
「ああいいとも。何が聞きたい」
最後に残った疑問を少し睨みつけながら尋ねる。
「あんたの実験のために俺を殺したのか?」
「それは違う」
即答だった。
「お前を実験に使うことは決まっていた。だがこんなにも早く死ぬのは想定外だった。多分だが、お前の言う神とやらも想定外だっただろうな」
それが本当ならあの時死ぬのは妹だった。そう聞いてもなんとも思わない辺り、ラウルの魔法が効いているのだろう。
「もういいか?私もこの空間を維持するのが辛くなってきた。今から体に意識を移す。……すぐに死んでくれるなよ?ああ、家にあるものは好きにしてくれて構わないから」
自分に向けて手を差し出すラウル。握ろうとして、ふと思う。
「名前はどうするんだ?せっかくだし、ラウルが決めたらどうだ?」
ラウルはその問いに少し驚いた顔をして……すぐに表情を戻しつつ呟く。
「クロ、というのは?髪の色からとった自分でも安直だと思う名前だが……」
「……まぁ、いいんじゃないか。変な名前よりかはマシだろ」
そう言いつつ手を握った瞬間、真っ白な空間が一瞬にして暗くなる。自分が何かに入っていく感覚を感じながら、目を閉じると意識がだんだんと落ちていく。
頑張れよ。そう言うラウルの声が聞こえた気がした。
初投稿です。
不定期で更新していこうと思っています。
できるだけ早く更新できたらいいなと思っています。