表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第一話 「爪男」参上!

 ――ここは異世界。そう、僕が生まれ育ってきた世界とはまったく別の世界。


 ――剣と魔法で戦う戦争のある中世時代。


 ――僕は、念願の異世界転生ってやつに、巻き込まれてしまった。



 ようこそ!あなたが居た世界とは別の世界へ!

 そう、デカデカと描かれたやけにポップな自体のウェルカムボードが僕を迎えた。ある日、ふと目が覚めると僕は、まったく知らない場所で寝かされていたみたいだった。


「お…おぉ…。」


 湧き上がる熱情が、僕の胸を焦がした。


「やったぁぁぁぁっ!!異世界だぁぁぁぁ!!」


 突き上げられる拳。中世風の石造りの壁。遠くから聞こえる鉄と鉄がぶつかり合う音。怒気を孕んだ鬼気迫る声。悲鳴。勝ち鬨。

 転生直後の僕でも分かる。これは、そう。すぐ近くで戦闘が行われている音だ!


「いや、待て待て。まずはどんな能力が自分にあるのか調べないとね?」


 そう、勇み足で扉を開いて外に出ようとする僕の足をそんな意識が呼び止める。

 チートな能力にしろそうでないにしろ、確認もしないで戦場に突貫していったら死ぬ可能性すごく高い訳ですから。やっぱり確認はしないと。


 まずは自分の体だよね。そう思い、自分の体に目を落とす。中世風のブーツ。そして異世界風のボトムス。鍛え上げられた腹筋を隠す手作りのようなシャツ。その上に羽織る綿製のローブ。今にもそのぞくぞくするような刃で群がる敵をバラバラに引き裂けそうな三尺ほどの長さの爪。それが固定されているグローブ。というか、この爪は僕の指の部分から生えている。そして赤外線や紫外線、サーモスタットでの司会の切り替えができる目。うん、成るほど、成るほど。

 よし、人を殺すのには問題なさそうだ。一歩踏み出すと、異様なまでに体が軽い。身体能力も抜群か、困っちまうなぁ。これなら大体1km先で行われている戦闘にも一瞬で参加できそうだ。まずこの扉を出て周囲を確認…しなくても超音波式ソナーみたいな研ぎ澄まされた耳でどこに何が居るか手にとるように分かるな。よし、そのまま駆け出していって地雷式の魔法陣を避けて戦場に突っ込み、見たところ練度が高いけど人数が少ないから防戦せざるを得ない側について敵をズンバラリして…。


 うん、なんだ、この体。おい、ちょっと待ってくれ。シザーハンズかよコレ!?



 チート能力、と言われて、どんな能力を思い浮かべるだろう。

 敵の力や能力を奪い自分のものにする?死んでもやり直せる?銃弾を弾きマナを霧散させる肉体?超自然的な物体に変化できる力?精霊を誰よりもうまく操れる?無限の魔力?

 たくさんあるだろう。時を止めるとか。空間を自在に移動できるとか。そういう力が。でも、どうやら僕の能力、というやつは違うみたいだ。聴覚を強化されたおかげでソナーのように重力を捕らえ周囲を死人しなくても把握できたり、常人の何十倍ものスピードで走れたり、どんなものでも易々と切り裂くことができる爪が生えていたり、様々な光線や波を捉えることができる目がついてたり、超合理的にものを考えられるようになっていたり。

 確かに強い。けどさ、そういうんじゃないじゃん。僕だって、「ボックス!」って叫んで無限にいくらでも物が入る空間系の魔法使ってみたかったし、時間をとめて動いてみたかったし、相手の能力を食らってみたかったけど。なんかこう、肉体的というかさ、なんというかさ、選択肢、なくない?


 …つーかさ、これって「能力」とかじゃ、なくない?これさ、もうさ、人体改造ってやつなんじゃない?そんな感じじゃない?


 そんなことを思いながら、僕は草原を疾走していた。1kmを2秒で駆け抜けられる。100m0.2秒だよ。めっちゃ速い。だから、今考えていたことって、実際問題500m進むうちに考えていたことなんだ。つまり、1秒だね。1秒の間にそんなこと考えられるのって、どっからどう考えても脳のスペックおかしい。処理速度がスーパーコンピューターって訳だ。


 速度計算も簡単だし目に入ってくる草や花や木や空気やマナの性質なんかも全部この目がセンサー方式で捕らえて全部情報を脳みその中に叩き込んでくるんだけど全然考えられる。もうこれ、異世界転生っていうよりはもう「異世界転生してきた地球人とやらをサイボーグにしたらおもしろいんじゃね?」って思った魔法科学研究者(マッドサイエンティスト)が僕の体を改造してあんな場所に家をおったててそこに寝かしておいてどういう行動に出るか実験しようかなーみたいに考えたとしか思えないよね。


 そんなわけで恐らく件のマッドサイエンティストは僕の体をサイボーグ化したわけだから、当然そんな改造を施した自分をうらんで殺しに来ないとも考えられないからチップか魔法陣を組み込んでいるんだろうと予想してその部分を引き裂いたら案の定魔法陣が組み込まれていたからマナの力を使ってどうにかしてみたら意外とどうにかできたわけで。


 そんなことをつらつらと考えていると戦場へとたどり着いてしまった。


「な…なんだ、アレは…。」


 と、メタルアーマーに身を包んだ血まみれ(返り血)の戦士が僕を発見してそんな声を上げる。そうだよね、見た目人の形をしてるしローブに身を包んではいるけどいつの間にかそこに立っている上にローブの隙間からは太陽光を反射してギラッと輝く爪が見えているんだもの。その反応は正しい。


「…。」


 僕はというと、自分でそう結論付けたし大体合ってると思うから説明してると危なさそうなんで答えもしないで取りあえず自分に対して友好的な反応を示した側につこうと思い、じゃあ自分の力を試してみよっかなー!と、このメタルアーマーの戦士に飛び掛ろうとしたんだけど。


「アレは…おい!そこの爪男!貴様は我々の軍の研究者によって作られた魔導機戦士だ!分かったらさっさとその男を殺せ!」


 そんな風に上から目線で僕に怒鳴り散らす男が居た。どうやら僕のことを知っているらしい。


「おい、貴様聞いているのか!言うことが聞けないというならギアス魔法式に命令する!『ギアスコントロール:敵軍の排除』を開始しろ!」


 そう男が呟いた瞬間、僕が抉り取った部分の魔法陣が動いたらしく、遠くのほうで光がピカーッと輝くのが見えた。かわいそうなやつだな、と、僕は思う。


「…。」


 説教の時間だ。僕はそう小さく呟いた。そうさ、説教をしなきゃ。だって、人に命令できるのは偉い立場の人間だけだ。偉い立場の人間って言うのは、偉業を成し遂げた功績があって、尚且つその人物が参入している組織内の下位の人間に対して命令ができる。でも、僕は|そんな組織に入った覚えはない《・・・・・・・・・・・・・・》。

 僕も説教ができる立場じゃないけれど、でもそんなことが当たり前にできると彼は思っているに違いないし、年齢だって、戦場に居てそんなことを言い出すわけだからそんなに若くもない。凝り固まってしまった考え方は誰かに教えてもらわないと治せない。なら、それに気づいた僕だけが教えることができるんだ。


 そう考え及んだ僕は、持ち前の速さで接近、僕が消えた残像を見ていた彼の肩に手を置いて、説教をしようとした。

 瞬間、肩という物体の手応えはなかった。スッ、と、僕の腕はそのまま下へと下りていく。ありゃ、掴みそこなったかな?それはとてもかっこ悪い。直後、顔に降りかかる温かな赤い液体。血だ。

あぁ、なるほどなるほど、この爪そんなに切れ味いいんだ。悪いことしちゃったな、大丈夫?なんて、また呟いて自分のなくなった肩口を眺めて口を大きく開けて体を震わせる彼の眼を見つめる。


「あ…あ…た、たすけ…て…ください…。」


 まるで死神でも見てるかのような恐怖と驚きに満ち溢れた目をしている彼は、流れ吹き出る血液を気にすることもなく僕にそう懇願した。いやぁ、無理でしょう。冷静に考えてさ。肩、落ちてんだぜ?治癒魔法とかあるのかは分からないけど、そもそもこれだけの人数がいる戦場でそんなことを言い出しても、衛生兵とか見た限り居ないし、無理だと思う。ほんとに。

 だったら、まぁ本当に申し訳ないんだけど、僕が起こしちゃったことだし、せめてもう痛みを感じないで逝ける様にしてあげないとな、なんて、思ったりもするよ。だって、僕も人間だしね、体は機械かもしれないけど。


 そんな訳で、彼の首をズンバラリ。爪は5つついているんだけど、やっぱり横薙ぎにしたけだから、体は6つに別れていった。その様を見て、死んだ彼の軍の人たちも、敵対していた軍の人たちも、シーンと静まり返る。

 あれだけうるさかった戦場は、どうやら僕の振る舞いを見て、その周囲だけぴったりと声が止んでしまったみたいで。でもさ、なんだろうな。やっぱりこういう特異的な状況において声ってのは大きいものだ。だから、少しお祭りが終わってしまった後のような、そんな残念な感じがある。

 そう思っていると、この周囲でずっと上がっていた声が完全にやんだ。あくびが伝染するのは知っていたけれど、まさか沈黙も伝染するもんなんだ、なんてこのとき思ったね。


 「…ば…化け物…。」


 誰かがそう呟いたのと同時だ。「化け物だ」って言葉も、だんだんと伝染して行った。周囲から、化け物だ化け物だ、なんて言葉が口々に吐いて出る。でもね、人に化け物って言っちゃいけないんだ。人を貶めるような言葉はいけない。でもね、こんな状況だ。僕だって人殺しってやつになってしまった。まぁでも、みんなこの場に居る人は人殺しだ。だって、ここは戦場なんだから。僕がここで奪った命はひとつだけだ。でも、ここに居る人たちが奪った命はたくさんだ。だから、僕のことを寄ってたかって化け物って言うのはきっといけないことなんだけど、でも彼らにとってこんな簡単なもんじゃないんだ、命ってやつは。

 だから、彼らが僕を「化け物だ」なんて、言いたい気持ちは分かるよ。ここは我慢してやろうじゃないか。


 それから数分くらいか。微動だにしない僕を見ている人たちは、既に呼吸も忘れてしまったんじゃないかって思うほどに静観している。見世物じゃないんだけどな。でも、ここは恐らく僕の出方を待っている、なんて状況なんだと思う。だったら、僕が行動を起こさないとどうにも成らない。

 そんな訳で、僕は少しかっこつけてやろうと思った。


 ゆっくりと、僕はその片腕を上げる。そして最初に命を奪ってしまった軍に向けた。そちらを見やり、声を紡ぐ。


「ディルメキア軍に告げる。僕は化け物に見えるかもしれない。しかし、その化け物を作り出したのは諸君だ。僕の気持ちも知らないままに僕を改造しやがったことは許せた行為じゃぁない。これ以上戦闘を続けるならば、君たちを殺す。今すぐ引け。」


 そう、大声で。そうすると、大げさな悲鳴を上げて逃げていく。蜘蛛の子を散らすよう、っていうんだっけな、こういうときって。ちなみにディルメキア軍ってのは、彼らが所属する軍隊の名前だ。なんでそんなこと知ってんだ?って思うかもしれないけど、僕の耳はとてもいいからね。彼らが「我らがディルメキア軍に栄光を!」なんて叫んでいるのを僕は聞いていたんだ。当然の推論さ。


 段々と見えなくなっていくディルメキア軍。しかし、僕はそこに立っているし、当然、僕の背後にはその敵対していた軍隊。すなわちファリン王国軍が居るわけなんだけど…。


 僕がそちらを向いたとき、一人の兵士が僕の下へと歩み寄ってきた。もちろん、すごくすごく警戒しながら。


「…き、貴様、我がファリン王国の者か?」

「…。」


 僕は、首を横に振る。すごく稀有な状況だと思う。だって、戦闘を終了させたのは紛れもない僕だし、僕は現在無所属なのだ。


「何故…我らに味方した?」

「…。」


 これには沈黙せざるを得ない。正直なところ、特に理由はないからだ。僕だって、戦闘を終わらせようとしてそれをしたわけでもないし、どちらかっていうと、戦闘に参加しようとはしていたのだけど、いきなり声をかけられて、まさかそれを説教しようとしたら命を奪ってしまったからぶっちゃけ後に引けなくなった、なんて言えない。


「…し、しゃべれない…のか?」

「…。」


 いや、そんなことはないが。そんな風にしゃべった。でも、反応はない。あれ?もしかして、僕って喋ってないことになってるのこれ。それ、めっちゃ困るじゃん?


「どうやら、話せないようだな。しかし、敵意がないのなら礼をしよう。なにしろ我が軍は追い込まれていたのでな。助かった、ありがとう。」


 と、頭を下げる兵士。それに続いて、後ろに並んで事態を静観していた兵士たちもそろって頭を下げる。それを静観する僕。ぶっちゃけ、ほとんど聞いていない。何故って言うと、僕はこのとき考え事をしていたからだ。その脳内思考の議題は「この爪、日常生活でくっそ邪魔じゃない?」という死活問題。

 でもさ、思ったんだ。僕ってとどのつまりサイボーグだけど、元の僕の意識自体はあるわけで、だとするなら、やっぱ中核は人間なんだと思うんだ。つーことはつまり、アレだ。僕ってこの機械の体を結構自由にできるんじゃないかな、って。そんなわけで、爪が元に戻るように体を制御してみる。するとどうだ、ウルヴァリンみたいに爪がジャキン!と音を立てて手の中へと引っ込んだ。変わりに、指の器官として機能する部品が飛び出してくる。ほう、これはこれは中々便利じゃないか?ちょっと元気出てきた。


「よし、それじゃ行こう、我が軍の王国へ!」


 と、そんな自己制御のことを考えていたらどうやら勝手に話が進んでいたらしい。まぁでも行くところもないし、一晩くらい宿貸してくれるんじゃないかな?なんて、都合の良いことを考えながら、この世界での立ち振る舞い、礼儀、立ち回り方を思考して兵士たちと足並みをそろえて草原を進んでいった。



「…。」


 どうしてこうなった?と、一人ごちる僕は現在、王の間と呼ばれているらしい部屋の中央で立ち尽くしていた。

 すごく簡単に言うなら、「超強い男が敵軍をビビらせて帰らせた」みたいな内容の話をしていたらしく、「そんな男なら是非我が軍に迎え入れようぜ?」みたいなことを王様がのたまった結果、僕は導かれるまま礼服を着た人々が並んでいる荘厳な雰囲気の王の間に、返り血で真っ赤に濡れているローブ姿のまま王の目の前に居るのである。場違い感すげーよなこれ。どっちかって言うと戦犯を前に判決言い渡すぞよー!って感じだと思う。ホントに。


「さて…おぬし、名前はなんと言うのだ?」

「…。」


 そういえば、名前とか決めてなかったな。僕の前の世界での名前とか全然もうどうでもいいんだけど。でもこの世界で生きるんだったらやっぱり名前は必要だし…。うん、それなら、昔使ってたネトゲのハンドルネームにしよう。


「アッシュ。」

「…うむ?なんと、言ったのだ?」


 あぁ、そうか。なんだろうな、この世界。僕はちゃんと口を開いているし、発音もしているはずなのにどうやら僕の声はかき消されてしまっているみたいだ。なら、筆談するしかない…のか?

 そう考え及んだ僕は、どうにか文字を表そうと思った。しかし、この世界に紙…は、さすがにあるか。でも、この状況で誰かが持っているかって考えると、どうだろう。礼服なのに筆記用具持ってるってのは少し考えられない。なんかこう、魔法とか使えないのかな…。

 この世界の魔法、のことについては、どうやら知識がある。それを掘り起こしてみれば、マナを用いれば魔法を使えるようだった。うん、一応マナとやらについては感じることができるし、ここは…そう。魔法陣に使うみたいに文字を浮かばせてみるってのもかっこいいんじゃないか?


『アッシュ』


 そう、光の魔法を用いて文字を浮かび上がらせる。


「ほう、アッシュ、と言うのか。しかし、声が出せないとは難儀じゃな。」

『自分でも理由は分からない。』


 いや、でもこれ絶対かっこいいって。僕超そう思うもん。


「ふむ。して、アッシュよ。我が王国にて剣客にはならないか?もしくは傭兵という形でもいいが…。」

『自分の目で見ても居ない戦いを聞いただけの男をそう簡単に信用して雇うと言うのか?』


 しっかし、しゃべらなくても念じるだけで文字を浮かび上がらせられるって正直楽。いや、ほんとに。会話がすぐに済むしね。


「ふむ、それは確かに、じゃな。では、どうじゃ。我が王国の最強の男と模擬戦をする、というのは。その出来によっては雇う金額を吊り上げる。」

『いいとも。しかし、買い被るなよ。僕はそんなに強くないぞ。』


 うん、良い申し出だと思う。実際、僕がやったことってほんと、すごくすばやく近づいてズンバラしただけだからね。そんな強くないと思う。まじめに。



 …さて、そんなこんなでここはファリン王国の城の中にある演習場だ。何百を超える精鋭っぽい体つきの男たちが勢ぞろいして観戦を決め込んでいる様子。そして僕の目の前には、その精鋭の中でも少し若く、精悍な顔つきの…すごくぶっちゃけていうならイケメンの剣士が立っている。素人目に見ても、熟練した技術を持っていると分かる。この人マジで強そうだけど。真剣じゃないよね?木刀とかだよね?


「それでは模擬戦を始める。一応木製の武器を用いての試合だが、当然魔法の類の使用は許可する。もし死亡してしまった場合は潔く、戦士らしく死ぬことじゃ。でなければ本気の戦いはできない。…それでは両者、武器を選ぶがよい。」


 あぁ、そうだよね、そうだよね、木製だよね。僕木好きだよ。匂いとか。当然僕は爪を選ぼうと思ったんだけど、どうやら用意されている武器に爪はないようだ。まぁ正直爪を使うっていってもやってることって腕振り回してるだけだし。だったらまぁ木刀でもいいか。

 そんな訳で、木刀を二本選んだ。長さは大体三尺だから、まぁ僕の爪と同じくらいの長さだ。対する相手は、四尺ほどの長さの長剣を選んだ。なんだろ、武器を持つ姿がすごく様になってる。


「それでは両者、立ち位置へ。準備はよいな?それでは…まずは、挨拶じゃな?」


 王がそういうと、辺りの雰囲気が変わる。ピシリ、と、空気が張り詰める音が聞こえた気がした。あ、これ僕知ってる。剣気…ってやつだ。漫画で読んだ。達人は気を放つことができる、みたいな。かっけえな、オイ。僕もやりたい。


「ファリン王国、騎士団長レイヴァルト。推して参る。」

『無所属、アッシュ。』


「では…はじめェ!!」


 合図がなされた。瞬間、動くと思われたレイヴァルトは微動だにしない。やけに世界が静かになり、レイヴァルトの動きを捉えようと集中し始めた。ゆっくりと、レイヴァルトの足に力が入っていくのが分かる。うん、くるな、これ。


「せィやァ!!」


 僕とレイヴァルトとの距離はおよそ20m。短すぎる。なにせ僕は1秒で500m詰めることができるから20mというと0.04秒でゼロ距離まで接近できる。人間の反射速度の限界は0.11秒だ。反応できない速度。その速さで攻撃ができるわけだけど…どうやら、僕自身その速度についていけていることから、僕の反射速度はもっと速い。だから、レイヴァルトが接近してくる速度は普通に感じる。

 レイヴァルトは長剣を両手で持ち、突くような姿勢で構えて突進してくる。あ、そういえばやってみたいことがあったんだ。


 そのとき、彼はただ木刀を持って立ち尽くしていた。少なくとも、俺にはそう見えた。

 レイヴァルト・ホーンテイル。由緒正しき家系に生まれ、現在の肩書きは「王国最強」。騎士団の団長を務め、自慢じゃないが、この演習場に集まったやつらには1対1なら誰にも負けない自信があった。

 なのに、だ。ふと、気づけば標的と見定めていたあの男は消えていた。いつ、消えたんだ?魔法かとも思った。が、よく見れば土ぼこりが巻き上がろうとしていた。つまり、そこから踏み込んだということは分かる。ならば、上か?しかし、影は見えない。ならば、そこに居るはずだった。

 魔法の使用は可。王がそういっていたのだから、恐らく魔法を使ったのだろう。あの男は魔術師だったということになる。しかし、姿を消す魔法を使うとは、中々の魔法の使い手じゃないか。しかし、このレイヴァルトには届かない。そこにいるんだろう。ならば、この一撃は当たる。


「せィやァ!!」


 そんな、気合を入れた一撃を準備して、突き進んで、居る!そう、確信した場所に木剣を振るう。しかし、当たりはない。手ごたえもない。では、どこに?

 そう、思った瞬間だった。背後に感じる気配。剣気も発さず、ただただ静かに、俺の真後ろに居る。いつのまに。そこで、俺は気づいた。あの男が使った魔法は姿を消す魔法じゃない。瞬間移動の魔法だ。瞬間移動まで使用できるというのであれば、それはどこの国かは知らないが宮廷魔術師並みの腕だ。

 冷や汗が吹き出る。しかし、瞬間移動の魔法はマナを大量に使う。ならばもう一度はない。この勢いを殺さず、後ろに辺りをつけて思い切り振り返りながら切り付ける。

 正直、向かい合ったときには剣気も感じなかった。だから、油断した…いや、格下と見ていた。しかし、それは間違いだ。彼も相当の魔法の使い手だった、ということだ。魔法剣士、ということになるのだろうが、あの魔法の腕だ。相当な修練を積んだに違いない。だからこそ、手加減などはできない。


 もし、この木剣の一撃が当たれば、骨の一本は折れてしまうことだろう。それは本当に申し訳ないことだが、その分彼の実力というものが分かることだろう。王国最強の男が手加減できなかった。その事実は大きい。王が彼を雇うというのであれば、相当の金額を積んでくれることだろう。

 そう考えれば、彼にとってはマイナスではあるまい。申し訳ない。


 …そう、考えた時点で負けていたのだ。もし(・・)、この木剣の一撃が当たれば。そう思ったのだ。そう、思ってしまったのだ。この王国最強の剣術もってして、「もし」なんて言葉を使ってしまったのだ。

 だからこそ、俺は驚いた。この木剣に衝撃があったことに。



 やってみたいこと、というのはよくアニメかなんかで見るような「…ッ!消えた…後ろか!?」みたいな一幕なんだけど、本当に思っていたよりも簡単にできた。おそらく、僕自身に施された改造ってのはホントにえげつないモンなんだと思う。

 ゆえに、これは僕の力ではないし。で、考えた。王国最強なんだよね、レイヴァルトさんって。見たところほかの兵士さんの平均年齢より若いし、その分すごく努力して得た力なんだと思う。それを圧倒するのってどうなのかなって思ったんだ。

 何しろ、僕は「雇われる」立場でしかない。それに、王国最強が負ける、なんて風には誰も思っていないわけだよ。そこで僕がこのまま木剣を突き出したらまさかのイレギュラー。「あいつやばくねえか?」ってなるわけだ。下手すればファリン王国の人間から疎まれて最終的に寝首をかかれる可能性だって出てくるわけだ。

 強すぎる力ってのは往々にして疎まれやすく、恐怖の対象にもなりえるからね。しかも、昔から忠誠を誓ってきた自国出身の人ならともかくとして僕の立場って「戦場にふらりと現れた正体不明の男」ってわけ。

 そんなやつが「王国最強」って呼ばれてる男に勝っちゃったらまぁその後の状況で火を見るより明らかだし、彼の自尊心を傷つける結果になるかもしれない。だったら、いっそこのまま振り返りざまの一撃を受けてしまった方が後々うまく立ち回れるかもしれないよね。

 だから僕は木剣による攻撃を受けた。もちろん、木製だからって痛くないわけじゃないから、そこはそれ、我慢するしかないけれど。


 そんなわけで、レイヴァルトの木剣による攻撃は僕の肩口を捕らえた。


「そこまでィ!勝者はレイヴァルト!」


 王様がそう告げると、演習場はわあああああ!と大歓声。でもでも、レイヴァルトは事の顛末を理解しているのか、はたまた謎だと思っているのか、その顔は明るくはない。

 それでも、とりあえずは思った通り、レイヴァルトの勝利に終わったし、僕自身もある程度の実力は示せたんじゃないかと、そう感じた。



「それで…。」


 演習場の冷め遣らぬ興奮の中、心持ち苦味を含んだ表情を浮かべるレイヴァルトと握手を交わした後。ところ変わって王城の中。


「アッシュ殿の処遇は如何になされるので?王よ。」


 レイヴァルトがそう二の句を告げる。


「うむ。実力もなかなかといったところであるからして、余は流浪の旅人を当王国にて正式に雇い入れようと思う。つまりは、傭兵じゃな。」


 と、思案顔の王がそう告げた。


「値段は一月二十金貨。」


 それを聴いた瞬間、ザワッと、空気が変わった感じがする。僕の改造された聴覚が捉えたのは、兵士の声だった。「二十金貨…。俺の稼ぎは四百銀貨だから…。」「ざっと五十倍か。」「さすが王国最強の裏を取るとそんな貰えるのか…羨ましい。」と、そんなボヤキだ。

 なるほど、一銀貨の単位はおよそ千円くらいだと思われる。だとすると月給…えっ、二千万円?高すぎじゃない?いや、確かに王国戦争中だし命かかってるとはいえその値段は…高すぎない?


『王よ、その値段は如何と思うが?』


 僕は思わずそう問いかけざるを得なかった。


「む…、不服か?」


 そう言う王の顔はしかし、まぁ当然だろうな。なんて顔をしているから意味がわからない。それではまるで、「少ない」と思っているような。


「では、三十金貨。で、どうじゃ?」


 いや、ちげーんだって。逆なんだって。高すぎだろそれ!そんな金額もらってしまったらこう、居場所がないっつうか?居心地悪いって思うよね?


『四百銀貨。それでいい。』


 だからこそ、他の兵士と同じ金額でいい。が、意外にもこの申し出に異を唱えるのは王とその横で護衛するように立っているレイヴァルトだった。


「アッシュ殿、それは安すぎる。貴殿の能力は私に張り合える。一介の兵士と同じ額では示しがつかない。」

「そうだとも。それとも、それだけの額しか我が国から与えられたくない理由でも…?」


 なるほど、ある種の信頼関係、というものなのかもしれない。思えば、レイヴァルト…王国最強の照合を関する男とある種裏を取るまでの一幕を見せた後だ。その能力を保有している人間が、この国の味方でありさせ続けるためには、なにかしらのもので関係を結ばなければならない。

 しかし、人のなりも知らない、性格も知らない。そんな人間に対して自国につなぎとめるものが存在するとするならば、報酬という形での金銭でのものしかないかもしれない。


『この国は戦争中だろう。俺は衣食住が満たされているならば金に執着しない。また、この国に骨をうずめる気もまだない。だからそんな金額を受け取るわけにはいかない。』


 つまるところ、「僕はあなたの国にずっといるつもりもないのでそんなお金持ってこられても困りますよ」って言いたい。


「そうか。ならば無理強いはするまい。しかし、働きは知っているから、戦力としては期待させてもらうぞ、アッシュよ。」


 と、納得の言っていないような顔で王はそうのたまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ