短編 ブラインドサッカー
盲目の少年
「おい!!こいつの眼、いっちゃってるぞ!!怖~~~~~~
また聞こえた、僕の悪口が・・・
いつものことだから・・・と、思い冷静に振舞をうとするけど、やっぱり気分が悪い。
どうして僕だけが、こんな目にあわなくてはいけないのだろうか?
僕は先天的な病気で成長する程に目が見えなくなった。
事前に病気を理解していたから、病気を受け入れる覚悟はできてた。
でも、人の視線までは覚悟はできてなかった。
でも、我慢しよう。
母さんに迷惑を掛ける訳にはいかない。
これから僕は一生、家族のお荷物になるのだから、こんな事で弱音は吐けない。
でも駄目だ。
今日も言われた。
耳だけに頼る生活になってから、遠くの人の話し声まで聞こえてしまう。
もしかして僕を馬鹿にしているのだろうか。
悔しい。なんで、僕ばかりが底辺を味わわなければならないのか。
神様は卑怯だ。
どうして、僕ばかりにこんな仕打ちをするんだ。
死のう。死ねば楽になれる。
どうせ生きてても、お荷物にしかならないのだから・・・
自殺
少年は窓から飛び降りようとベランダに出た。
母親が買い物に出かけている隙を見計らって飛び降りるつもりである。
。
救急車のサイレン音が街中に響いた。
だが、少年は、まだ、生きている。死んでない。
なぜなら少年は飛び降りていないからだ。
救急車のサイレン音を聞き躊躇したのだ。
己が救急車に運ばれて、もし、助かってしまった場合の家族への迷惑を考慮したのだった。
親思いの少年だからこそ、自分の弱さを打ち明けられなかった。
死にたい。
でも、本当は生きて親孝行がしたい。
それができない彼は、死ねない苦痛と生きる苦痛の狭間で葛藤し、ただただ泣き崩れた・・・
10年後
彼は役場にて働いていた。
盲目の障害者でも可能な仕事を頑張っている。
働き出して3年にもなり、仕事には慣れたが、松葉杖を付きならが自宅と仕事場の往復は辛い。
盲導犬が居れば楽になるのだろうが、そう簡単に手に入るものでもないのは彼が一番自覚している。
親に迷惑を掛けないで、ある程度は自立できている。
できているが、彼には生きがいが無い。
盲目であるから遊ぶ事も困難だし、何より遊び相手が家族しかいない。
親の手を煩わせるのは嫌で、やはり彼は、今でも生き死にばかり考えていた。
そんなある日、母は彼に言った。
「夕君、子供の頃、サッカー好きだったよね」
彼は母がなぜ、そんな事を聞くのか理解できなかった。
サッカーは確かに好きだったが、それは、あくまで過去形である。
そもそも盲目の自分にスポーツの話題を振る意味が全く判らないのである。
「実は盲目でもサッカーができるらしいの。ブラインドサッカーって言って目隠ししてやるんだって。健常者も盲目の人と一緒にできるスポーツなんだって。
彼は困惑した。
母に気を使われているのを 迷惑を掛けていると感じていた。
罪の意識が彼に訴えかける。やはりお荷物だと・・・
その自己嫌悪に満ちた顔を知ってか知らずか、母は話を続けた。
彼はその話を聞いている様で聞いていない。
ただ、母の希望に沿う様に流され、サッカーチームの居るグランドに立っていた・・・
<健常者の祐視点>
少年サッカーチーム
横浜リトルジュニアの名門サッカーチーム、今期のリーグ戦を優勝したメンバー一行は、遠征バスで地元へと帰る途中であった。
その際、バスのエンジンがトラブルを起こしてしまい、メンバー達は足止めを食らった。一行は、別のバスが手配され、それが到着するまでの間、待たされる事となった。
その待ち時間の間に、メンバーの内の一人が、退屈しのぎに持ち場を離れウロウロし始めた。
道路の反対側を横切り、大きなビルの裏路地に入った。なにやら叫び声が止め処なく聞こえ、その先を抜けていく。ビルを抜けた煤で行くとその瞬間、彼の目に飛び込んだ。目隠しをしながらサッカーをしている人達を見た。
彼の目には、彼らのその光景が異様に映った。
と同時に好奇心を駆り立てられた。
彼は恐る恐る見学をしていた。
するとサーカーコートの中に居た一人の年配婦人に声を掛けられた。
「君も、やってみない?」
彼は、驚いた。
なぜ、いきなり誘われるのか、なぜ自分なのか・・・
困惑する彼を尻目に年配婦人は説明を始めた。
「このサッカーはね、ブラインドサッカーっていう列記とした国際スポーツなの。参加者は誰でも良くて、健康な君でもいいし目の見えない障害者でも構わない。この競技は世界大会も行われてて、昨年は日本代表がブラジルと優勝戦を争ったのだけれど、まったく敵わなかったのね。流石はサッカー大国ブラジルという感じかな。 ほら、このボールを見て。 転がすと鈴の音が鳴るでしょう。 この音の位置を聞き取りボールを追いかけるのがこのゲームの要なのだけれど、ブラジルはボールを転がさなかったの。 転がさず空中に浮かせてパスを出す技術を習得していて、鈴の音が聞こえなかった。 ほら、見て、転がすと音は鳴るけれど、ボールが空中にあると、音が聞こえないでしょう。 それで日本は全くボールも触らせてもらえなかった。 ブラジルのプレイ映像は何度か分析していたけれど、まさか、鈴の音を鳴らさないでゲームをしていたなんて、私達は想定外だったの。本当に悔しい。今からチームの技術UPを根本から考え直さないといけないのね・・・・」
年配婦人は困惑している少年を置いてけぼりにして、自分の世界を語った。
しつこく語った。
その勢いに飲み込まれた彼は、帰れなくなってしまった。
年配婦人の笑顔に誘われる様に、ブラインドサッカーをやさらせる事となった。
<三人称>
婦人年配者は夕の元へやってきて言う
「ちょっと手伝ってくれるかな?」
夕は困惑しながらも、年配者に手を引かれて、裕の元へとたどり着いた。
「さあ、少年よ、このオッサンが今から君のキープしてるボールを奪う。君はこの半径、2メートルの円から出てはいけない。目隠しは無くても構わないよ」
2人は困惑しながらプレイした。
裕は目隠しなければ絶対に負けないと信じてたし、
夕も見えてる人に勝てるとは思わない。
案の定、2人の考えは的中した。
だが、ゲームは終わらなかった。
長い時間、裕はボールをキープし、長い時間、夕はボール奪おうとした。
その結果、2人はそこで体力のみを使い朽ち果てた。
裕が諦めて円の外に出てしまったとき、年配婦人は高らかに
「勝者夕君ーーーーーーーーー!!」と言った。
「円から出たのだから、君は負け!」
この子供じみた発言に、裕は笑いがこみ上げた。
また、夕自身も、ここまであからさまに障害者に肩を持とうとする年配者の態度に笑いがこみ上げた。
そして、二人は時間を共有した。
夕と裕、互いの同じ名前であった事が偶然判り、他人とは思えなくなってしまったのだった。
自己紹介をした。裕は自分がリトルサッカーのストライカーである事を伝え、裕にせがまれ、なぜ、視力を失ってしまったのかを話した。
そこへ
「おーい! 裕ーー!!」
裕のチームメイト達がやってきた。
「おい! これなんなんだ!?」「目隠ししてサッカーしてるぞ」「あ、オレこれ知ってる障害者がやるスポーツだよ。 ほら見て」
ベンチに向かって少年は指をさした。通常とは違うの目の形をした、ある人に向かって。
夕は、声が聞こえた。
だれかが、自分の容姿の悪口を言っている様な気がして苦痛していた。
けれど、それは被害妄想だと思い、自分に言い聞かせていた。
するとその声の主たちは、自分の方向へとどんどんと近寄ってきた。
声の内容を聞きたくないが、音が飛び込んでくる。
「何してんだよ裕。さっさと帰ろうぜ。もう、バス来てるし、監督がぶち切れてるぞ」
「判った、すぐ行くから!」
裕と夕は最後に語り合った。
裕「僕は将来プロサッカー選手になって世界に行くんだ! だから、オジサンも、このブラインドサッカーで世界に行って。」
夕は困惑した。今日が楽しかったにせよ、プロを目指すとかは遠慮したい気持ちで一杯だったからだ。
その気持ちを少しだけ打ち明けた。
夕「無理無理、毎日大変だし、遊び程度だし、そこまで本気になれないよ。」
そのさえない回答に裕は問いを出した
裕「何が大変なの?」
その問いに夕は困った。
何も言えなかった。
子供に、自身の可愛そうな日常生活を伝えるのも良い事か判らないし、何より、弱音を吐いてる様に思われるのが嫌だった。
そして彼はつい、裕に「よし、判った。おじさんも、頑張って世界を目指す!」
と、言ってしまった。
ノリに合わせただけであるものの、彼はそれが最善の選択肢に違いないと思った。
夕が去った後、一人の関係者が声を掛けてきた。
「おまえ、そんなにヤル気あったんか! よし、これから特訓しよう!」
夕は、しまったと思った。
嘘だと言わなければいけないが、その人の嬉しそうな声を聞くと、断りづらい。
彼はレギュラー入りする為に、先輩のしごきに耐える羽目になったのだった・・・
その後、夕はブライドサッカーを本格的に始めるのだが・・・
夕は先輩のシゴキに耐えられなくなった。
サッカーを止めたいと思っているのだが、どうしても言えない。
時間が経つ程に言えなくなる。
夕自身も本当に嫌なら最初からサッカーなんぞしていない。
期待してた。何か生きようと思えるやりがいが得られるかも知れないと思っていた。だからこそ、彼はトレーニング耐える。
しかし、やりがいは得られない。
練習のキツさは障害者といえど、流石に世界を目指すだけのレベルである。
勝つための努力はできるかぎりするのが勝負士なのだ。
その勝負士になり切れない彼は、いつも、いつ止めようか切り出すべきか苦悩していた。今日こそ、今度こそ、そうやって夕は言わなければならない筈の言葉と葛藤した。
しかし、努力の甲斐あって実力もついてる。やめたらここまでの努力してきた事がパーになる。
辞めたくても辞められない。でも辞めたい。
そして強い決意を固め。先輩に言おうとしたその時、ゲロを吐いた。
夕は気がちっちゃ過ぎたのである。
先輩は、突然のゲロに意味が判らないでいる。
確かに顔が真っ青で調子悪そうに見えていたし、夕が何かを言い出そうとしていたのは判っていた(読者だけ)
でも、それが止めたいと言いたかったとは、先輩は全く気付いていない。
「お前、大丈夫か?? 何か悪い物でも食ったんか??」
心配される夕。
夕は情けなくなった。「止めたい」の一言さえ言えない自分の気の小ささに、自分自身が悔しくなった。
思わず泣いた。
自殺未遂以来に涙を流した。
メンバー達や監督は何事かと驚き、夕の周囲に集まった。
休憩室に連れて行く為、肩を貸そうと手を差し伸べてきた手を振りほどいた。
皆が困惑しているさなか、夕は泣きながら、洗いざらいをぶちまけた。
「ヒック、ヒック、ハア、ハア、ゼエ、ゼエ、や・・・やべ た い・・・・
そのブチマケル気持ちの波は、彼にとって世界の終焉を意味する位の巨大な大津波に飲み込まれるが如くであった。
「オ、オマエ、そ、そんなことで泣いてたのか・・・ しかもゲロまで・・・」
と、皆が感じたのは当然の事。
でも、夕にとっては、そんな事ではなかった。
自分の気持ちを主張せず我慢する人生を長年歩んでいた為に潜在意識に習性としてこびりついていたのである。
つまり『不幸ぶれば親が悲しむ』
障害者にできるせめてもの親孝行が、我がままを言わず、あれやこれやの人生を我慢することしかなかった。
そうしなければ
何の為に生まれたか判らない。
親を悲しませる為に生まれてきたなんて、認めたくない。
夕にとっては
弱音を吐く=親不孝
もしくは
弱音を吐く=死
なのである。
彼自身は死という名の恐怖を受け入れた瞬間に今、居るのである。
追い詰められすぎて、思考回路が全く正常でないのだ。
だが、当然、彼はメンバーに殺される事などない。
皆は夕に優しくした。
「止めたいなら止めてもいい。というか止めるべきだ。
「今まで気付いてやれなくて御免」
彼は、まさかという感じである。そして、やっぱりそうなるよね?とも思った。
とがめられる、あるいは殺される、とか思ってないけど、殺される様な気がした。
そして優しくされて、とても嬉しかった。でも恥ずかしかった。
悔し涙が止まらない。
そして、ある一言で、更に、彼の涙腺は崩壊する。
「お前、我慢強いな。我慢強さなら世界一じゃねえの?」
その言葉を聞いた彼は人生全部を思い出した。
先天性の病で視力を失ってからというもの、人生に対して全てを遠慮して生きていた。我侭を言わずに我慢するのが当然だった。嫌な事があっても、怪我をしても、いじめにあっても、ケンカに負けても、自殺未遂しても…
その我慢強さが世界一だと言われた時、夕は自ら納得した。
あまりの我慢人生に、これほど耐えた人間は居ないと自分で自覚した。
我慢力なら誰にも負けないという誇りを得た。
夕は何時も思ってた。こんなに我慢するの自分だけだと、いつも思ってた。
でも、いつも本音が出せなかった。我慢してるなんて言ったら親が悲しむから。
ふてぶてしく生きる権利はあった筈だし、言えば大したこと無い筈だと判ってるつもりだったけれど、言えない自分に苦悩していた。
その苦悩と葛藤に費やしたエネルギーの量を思い出した、その瞬間、自分への自信の無さが消え去り、大きな自信が付いた。
何年ぶり自信なのか、彼は思い出せない。
もしかすると、生まれて初めて自信を持つという事が出来たのかもしれない。
誰よりも大きな自信が自分の中に芽生えたとき、体が急に軽くなった。
背中に100トン甲羅を背負っていた重みから開放されかの様な気分。
その余りの『楽』という感覚の嬉しさは、生まれて初めての様な体験。
彼はその嬉しさで涙を流した。
さっきまで、恐怖でピーピー泣いていた夕は、今度は嬉し涙で号泣したのだった。
ともあれ、彼はサッカーを止めた。
自信と誇りを取り戻した夕は、意気揚々と自宅へと帰りましたとさ、めでたし?めでたし?