魔女様はハッピーエンドがご所望です
『むかしむかし、あるところにそれはそれはとても優しい王様がおりました。
王様は困っている人を見ると手を差し伸べられずにはいられないほど、優しい王様でした。
ある日、王様が町を歩いていると、道端でうずくまっている一人の男を見かけました。
どうしたのかと王様が声をかけて近づくと、男は懐に隠しもっていた短刀で王様の胸を一突きしました。
王様はその場で絶命し、男は王様の身に着けていた財宝を奪い取るとそのまま逃げて行きました。
男は病人を装った盗賊だったのです。
王様のいなくなった国はしだいに廃れていき、やがて滅んでしまいました。
めでたしめでたし』
「めでたし、めでたし……とな」
目の前に座る魔女の眉間に皺が寄るのを、カラスのホープは見逃さなかった。
美しい顔をしたこの魔女がこういう顔をするときは、たいてい怒っている時か、機嫌が悪い時である。
「あ、いや、えーと……」
ホープがしどろもどろになりながら毛づくろいを始めると、魔女がパンッと座っていた椅子の手すりに手を打ちつけた。
とたんにホープが「ヒクッ」と声を上げて硬直する。
「教えてほしい。今、そなたが語った物語、どこがめでたしめでたしなのかを」
低く、威圧感のある声でそう言われるとホープはまるで生きた心地がしなかった。
その気になれば魔女は指を少し動かしただけで彼を“焼き鳥”にすることもできるのである。
焼き鳥になった自分の姿を想像し、すぐに首だけを下げてひたすら謝った。
「ご、ご、ご、ごめんなさい! 言い間違えました。めでたくなし、めでたくなし……」
「そんなことを言っておるのではない。ホープよ、なぜおぬしはそんな物語しか思いつかんのだ」
「そ、そんな物語とは……?」
はて? とホープは首をひねる。
「何度も言うておろう。わらわはハッピーエンドが好きなのじゃ。おぬしが毎日退屈しておるわらわのために、一生懸命物語を書いて読み聞かせてくれるのはありがたいし、とても嬉しい。感謝の気持ちは言葉では言い表せられんほどにの」
「そんな、照れてしまいます」
テヘへ、と翼で頭をかくカラス。
魔女はそんな彼に怒りのこもった眼で睨み付けながら言った。
「だからこそ! わらわはハッピーエンドで終わる物語が聞きたいのじゃ!」
「い、今の物語はハッピーエンドではないのですか?」
「あれのどこがハッピーエンドなのじゃ! がっつりバッドエンドではないか」
「自分はてっきりハッピーエンドかと思っていたのですが……」
腕もとい翼を組むホープに、魔女は尋ねる。
「おぬし、ハッピーエンドの意味、わかっておるのか?」
「もちろんでございます! 魔女様がハッピーになれるほど残酷な終わり方をする物語という意味ですよね?」
「うん、ぜんぜん違う」
魔女はようやく気が付いた。
ホープは根本的なところから勘違いしていることに。
どうやら彼の中でのハッピーエンドとは、読み聞かせる相手がハッピーになる物語という意味らしい。
魔女は「はあ」とひとつため息をつくと、言った。
「よいかホープよ。ハッピーエンドとはな、登場人物たちが幸せな終わり方をする物語のことじゃ。決してわらわが幸せになる物語という意味ではないぞ。そもそも、残酷な結末を聞いても、わらわはちいともハッピーにはならんしな」
「そ、そうなのですか?」
「うむ。だから、今度からは登場人物たちが幸せになるような物語を考えてきておくれ」
「登場人物たちが幸せになる物語ですか……」
むむむ、とうなるホープに魔女は若干不安に思った。
「いや、別に難しく考えんでよいのじゃが」
「ええと魔女様、ようするにあれですか? 魔女様自身が物語の登場人物になって中の人間が不幸になっている様を幸せそうに眺める物語とか、そういう意味ですか?」
「ぜんぜん違うわ! おま、わらわをどういう風に見ておるのじゃ! わらわは魔女ではあるが別に人間の不幸を喜ぶような悪女ではないぞ!」
「あ、そうなのですか? てっきり魔女様は人間を不幸にすることに全精力を注ぐ今世紀最凶の悪魔の化身かと思っていたのですが」
「いまはおぬしを焼き鳥にしてやることに全精力を注ぎたい気分じゃ」
魔女のひとことに、ホープは「コケ!」と鳴いてひれ伏した。
「ご、ごめんなさい。言いすぎました」
「うむ。わかればよい。それから、今の鳴き声はニワトリじゃからな」
「カ、カア……」
「無理に鳴くでない」
「ところで、登場人物が幸せになる物語の意味がよくわからないのですが。人間たちが不幸になって終わる残酷な結末で、どうやったら幸福になれるのか」
「まずその残酷な結末という概念を捨てようか」
これではらちがかないと思った魔女は、自分が考えた物語を話して聞かせることにした。
「よいか、わらわが手本を示してやる。よく聞いておくのだぞ」
「はい」
コホン、とひとつ咳払いをした魔女は、即興でひとつの物語を語り始めた。
『むかしむかし、あるところに年老いた男がおった。
年老いた男には子はおらず、たった一人で寂しい余生を過ごしておった。
そんな男のもとに、ひとりの女子が姿をあらわした。
聞けば、その昔、猟師の罠にかかっていたのを助けた獣が恩返しに来たのだという。
年老いた男は、その獣を自分の娘のように愛で、いつまでも幸せにくらしましたとさ。
めでたしめでたし』
「あの、魔女様」
ひとしきり物語を聞いたホープがおずおずと翼をあげる。
「なんじゃ?」
「なんだか、しゃべり方が古くさいです」
「ほ、ほっとけ!」
「今のがハッピーエンドというわけですか?」
「う、うむ。そうじゃ。みんなが幸せになってめでたしめでたし。これがハッピーエンドじゃ。これでわかったろう。何も物語の中にわらわを出す必要もないし、残酷な結末にする必要もない」
「はあ、そうですね……」
腑に落ちない顔を見せるホープに、魔女は怪訝な顔で尋ねた。
「なんじゃ、まだわからんのか」
「いや、そうではないのですが……」
「言いたいことがあれば遠慮なく言うがよい。またバッドエンドを聞かされても困るでな」
魔女の言葉に意を決したのか、ホープは言った。
「では、言わせてもらいます。はっきり言って魔女様の物語は意味が分かりません。男は年老いていたはずなのに『いつまでも』という最後の表現はおかしいと思います。年老いているのですから、おそらくもってあと数年でしょう? だったら『数年後に男は死亡した』と明記したほうがいいと思います。あと、せっかく猟師が獲物を罠でとらえたのに逃がすなんてひどいと思うんですが。獣にとっては命の恩人ですけど、猟師だってそれで生きているんですから猟師にとっては不幸です。それから、『その昔』って表現もどのくらい昔なのかわかりません。まさか何十年も前の獣が恩返しに来たとも思えませんし。そうなってくると罠を解除した時の男の年齢はかなりのもので、それでどうやって罠を解除できたのかが不思議で不思議で……。物語としてはかなりツッコミどころ満載です」
「だああああ、うるさい! 即興で作った話にケチをつけるでない!」
魔女が指先から炎を放つと、ホープは「カアッ!」と叫びながら一目散に逃げて行った。
飛び去って行くホープを忌々しそうに眺めながら、魔女は思う。
心がほっこりするようなハッピーエンドの物語が聞きたいのう、と。
おしまい
お読みいただき、ありがとうございました。
その後、魔女様は『聖女』というペンネームでハッピーエンドの物語をいくつも書き上げるのですが、それはまた別のお話。