闘技場にて
どうにか嫁という誤解は解いた。
というかファイの冗談だとごり押しした。
が、そうすると彼と私の関係がなんとも言えないものになる。主だと言われたときは慌てて大声を出して口を閉じさせた。ちなみに彼にそんなことをする人間は今までいなかったらしくたいそう驚かれた。
「日和といいます。ファイとは遠い親戚なんです。色々あって急に面倒見て貰うことになりまして」
どこにでもあるような一般的なごまかし方だったが、ファイはかなり信用されているらしく誰もそれを疑わなかった。
「そうかそうかー」とか「よろしくな、嬢ちゃん」と頭に手を乗せられそうになってはファイがそれを止めて笑われていた。
「ファイ団長は過保護だなー」
「お前達は力が強すぎる。彼女の頭が陥没したら困る」
「陥没なんてするわけないじゃないっすかー」
和やかな会話だったがファイの顔に冗談らしさは欠片もなかった。どうやら本気でそう思っているらしい。
これは余程私が弱っちく見えているか実はマジで彼らの力は頭をかち割れるくらいあるのか…前者だといいなあ……
「団長!今から鍛錬ですけどその人連れて行くんですか?」
「あ、邪魔ならここで待って「なくていい」ハーイ」
自分を私の従者だとか言う割にこの人私の言うこと聞く気ないよね!まあ私も主とかどういう対応するのかわからないし、いいんだけど。
いつの間にか繋がれた手に引っ張られるように部屋の外に出る。すると先程までは穏やかだった彼等の体に一本の芯でもはいったかのようにピリリとした空気が漂った。
仕事との切り替えということだろう。
「流石に手は繋がない方が……なんでもないです」
そんな空気なので手は繋がない方がいいと思ったのだがよくないらしい。後ろから噴き出すような音が聞こえてきたが無視することにした。
◇
到着したのはとてつもなく広い闘技場と呼ばれる場所だった。屋根がないので雨の日は使えないのかと尋ねたら魔法で雨粒がはいらなくなってるとのこと。魔法って便利だなあと思った。
周りには既に何十人もいて彼等はそれぞれ別の武器を構えたり、同じ武器で構えたりとそれぞれ戦っている。ファイの部下達も彼等に混じるように戦い始めた。組み合わせの話などはなかったので恐らく元々決まっているのだろう。
初めて画面越しでなく武器で戦っている人を見た私はといえば映画以上のその迫力に恐れるどころか興奮してしまいそれらに魅入っていたが、そんな私を危なっかしいと思ったのかファイに防御魔法というものをかけられた。
「お嬢ちゃんにぴったりだな!」と近くにいた筋肉もりもりなおじさんに笑われて小さな子ども扱いかと思いきや「実際武器が飛んでくることも少なくないから」とファイに言わてしまい、心の底から「ありがとう!」と彼に告げた。
「見てて」
「?うん」
皆と同じように戦うのか私の傍から離れていくファイの先には剣を構えた男が一人。燃えるような赤い髪に吊り上がった同じ色の瞳がランランと輝いている。
服の装飾と色の違いから私が見損ねた同じ第四騎士団の団員ではなさそうだ。恐らく私達がはいってきたときから既にいた別の騎士団の人だろうが、彼は既に闘志に充ち満ちていた。
「久しぶりだな!」
「友達?」
「第六騎士団の団長」
「そしてお前のライバルだ!」
ビシッと指をファイに突きつけながら叫んだ第六騎士団団長だったが、宣言されたファイといえば、「?」という顔をしていた。どうやらファイは彼をライバルだと思っていないらしい。全く相手にされていないとか悲しすぎる。
まあ、見る限りそういったことに興味がなさそうなファイにライバル認定されるのは相当難しそうなので諦めた方が団長さんのためな気もするが。
「ようやく決着をつけることが出来るな…!ファイ・エルドラド!」
いや、彼が二人分闘志を燃やしているので問題ないのかもしれない。
「や、お嬢」
片や熱が入らなすぎるファイ、片や熱が入りすぎてる第六団長さん。足して割ればちょうどいいのにと思っていると栗色の髪と翡翠の瞳を持つ優しそうな顔をした二十代半ばくらいの青年が片手をあげて近付いてきた。どこにでもいそうなタイプで目立たないが服装は第四騎士団のものだ。ただ、先程第四騎士団にいたときにはいなかった気もする。
ミロ・ワールと名乗った彼はにっこり笑うと第六団長について説明してくれた。
「アイツはね、グレン・メイトスっていって騎士団に配属されたときから団長にライバル意識持ちまくりの名門貴族のお坊ちゃんだよ」
全く相手にされてないけどね、とミロはくすくすと笑う。
確かにと頷いておいた。今も「今日は貴様の得意な長剣同士でやってやろう!」と偉そうに告げては「いや、お前も得物を持て」と返されている二人を見れば否定は出来ない。
「っていっても実力は折り紙付きだよ。上二人は蛇並みの粘着頭脳タイプだからどうしてあんなに猪突猛進なのか不思議だけどね」
「よく知ってますね。知り合いなんですか?」
「僕、情報通なんだ。聞きたいことがあるなら教えてあげるよ?」
教えてあげると言われても私は知らないことが多すぎて何から聞くべきなのかさっぱりわからない。
少し考えて、私は口を開いた。