ファイ・エルドラド
こちらは本編ではなくファイについての話となります。
ファイ・エルドラドという男は普通ではなかった。
物心がついたころから両親にお前の力は普通とは違うから抑えるようにと言われ続けてきた。
言葉でこそ言われなかったが、その力は『おかしい』のだと両親の目が語っていた。もちろん、言葉にされたことはなくとも二人を見て、周りを見て、彼自身も自分は異質なのだと感じていた。しかし同時に、その力は聖女様に仕えるための特別な力なのだと思っていた。
それは、母親が読み聞かせてくれた聖女伝説の物語。
美しい聖女の従者は人とは違う力を持っていたという。そしてその力で聖女様を助けたと。だから自分の力はきっと、その聖女様を助けるための力なのだと、彼は思うようになった。
人とは思えぬ力は、そのためのものなのだと。
本当は苦戦などせずにあっさり倒せる敵に、魔物に、力加減をして戦うのは辛かった。でも、人と違うことはそれだけで敵だとみなされることが多い。
それを彼の両親は知っていたからこそ、彼に普通であるべしと叩き込んでいた。彼が自分を聖女様の従者だと思っていることを知ってからは、その力は聖女様のため以外には使ってはならないとさえ、言った。だから彼は我慢し続けた。
何年も彼は聖女様が現れるのを待ち続けた。
けれど、彼が大人と言われる年齢となっても、聖女様は現れなかった。
それにしびれを切らしたのは彼ではなく、国であった。
国は聖女様を呼び出す儀式を行うことにした。国中の力のある魔術師達から力を吸い取り聖女様を召喚する。彼はもちろんそれに参加した。
そして現れた聖女様は伝説の通りの美しさを持つ少女と、髪色と瞳が珍しいとはいえ平凡な顔立ちの少女の二人であった。
けれど、そのうち一人はまるで彼に引き寄せられたかのように彼の真上に落ちてきて彼を下敷きにした。
その衝撃は彼を心底驚かせた。気配を感じることなどできないところからの攻撃に彼は無様にも地面に叩きつけられたが、その重さが女性の重さだとわかると同時に彼が叩きつけられたのが魂ごと縛られたからだと本能的に理解した。
でなければ女性一人が落ちてきたところで彼が潰されるはずがない。彼は、彼を押しつぶした誰かの従者になったのだと、彼を押しつぶした誰かは彼がずっとずっと前から待ち続けていた人だと、理解した。
人々が聖女と呼ぶ人間なんて知らない。喝采を浴びせ、歓迎にむせび泣こうがどうでもいい。
彼の『聖女』は、彼女だけだ。
「ようやく貴女のために生きることができる」
呟いた言葉は光の粒子になって彼の身体に吸い込まれた。
ずっとずっと長い間抑えていた力を開放したのだ。もう、普通の人間のフリをしなくてもいい。
だって、彼は彼女という主を手に入れることができたのだから。