(3)実技の時間。②
『魔力』には五つの属性がある。
火、水、風、地、それから光。
郁兎が火で奈央が水、静春が風で、悠菜が光。そして夏樹が地だった。
夏樹の『魔力』は聴力を強化するもので、主に辺りに反響する音を聞き分けることや、遠くの物音を聞くことができる。範囲は今のところわかっていない。夏樹たちは、幼い頃から魔力を封魔師により封じられていたため、正直『魔力』に馴染めておらず、まだうまく扱うことができないのだ。
夏樹たちはバラバラに散って、自身の『魔力』を操る術を学んでいた。学ぶといっても、『魔力』は目に見えないのがほとんどで、精神力や感覚でコントロールするしかないのだ。
長い前髪の下から、夏樹は郁兎の顔を伺う。
『魔力』は目に見えないものが多い。だけど、郁兎は違った。いや、違う、はずだ。
どうしてなのか、それは本人にももちろん夏樹にもわからないことだが、冬田郁兎の『魔力』はまだ眠ったままだ。入試試験の日に、『魔力』の封印は解除され、人によっては活性化する『魔力』をかけられて無理やりにでも引きだされるのだが、郁兎の魔力は入試試験以来、顕現していないらしい。つまり未だに眠っている。封印は入学と共にとっくに解かれているというのに、彼の『魔力』は眠り続けている。
だけどこの学校に入学で来きたのだ。郁兎の炎を顕現させる魔力は使い道があるとみなされたことになる
夏樹は郁兎から視線を逸らすと深呼吸した。
まずは自分のことだ。
(集中……深呼吸……集中……遠くの言葉を聞く。コントロール……集中)
ポケットの中の耳栓に触れる。
(集中……)
遠くの声が聞こえてきた。これは隣の部屋か。隣も実技の部屋で、別のクラスが使っているはずだ。何か聞こえる。竜巻のような、風。なんだろうか。これを解析しよう。
渦を巻くような音……いや、違う。これは駒だ。床でぎゅるんぎゅるん回っているような、音がする。駒を使い風を起こしているのかもしれない。この『魔力』の使い手は誰だ? 女か、男か……息づかいしか聞こえない。一人? いや、他にも息づかいが聞こえる。声は聞こえてこない。『魔力』の披露をしているのか? わからない。息遣いが聞こえない。クソッ、コントロールできない。遠くの声が聞こえなくなった。自分の呼吸が激しく脈打っている。心臓の音が煩い。クソ、落ち着け。お前は、静かにしろ。静かにしたら死ぬかもしれない。それは嫌だ。
夏樹は頭を振ると思考をこの部屋に戻した。
(やっぱりまだうまくできない。僕の『魔力』は視えない分、精神力をフルにしないといけないので、疲労も激しいし)
ため息をついた。
(やめよう)
なんだか馬鹿らしくなってきて、夏樹は髪の毛を触る。
(どうして僕はここにいるんだ)
あの時の光景が蘇ってくる。吐きそうだ。彼女が死んだ。
(違う、そんなこと考えたいんじゃない)
夏樹は唇を噛みしめる。
(どうして僕はここにいるんだ)
あれからどれだけ考えただろうか。
『はじまりのダンジョン』から戻ってきた夏樹たちは、一ヶ月病院で半ば閉じ込められるように療養していた。精神科医のおじいちゃんや、おねえさま(そう呼ばないと怒られた)にいろいろ教えられ、そして精神を正常に戻るように鍛えられた。そうしないと『魔力』を扱えないから、『魔力』を暴走させて自分自身を滅ぼしてしまうかもしれないから。泣き叫び、眠れない夜もあった。けれどそれはまるでもう昔の、または物語の中のようなできことでしか思い出すことができず、あの時の、彼女が死んだ光景に比べると、大したことがないように思えてしまう。
彼女が死んだ。
それは、夏樹の脳裏にこびりついて離れることがない。
だからだろうか。
病院を退院する日。夏樹たち四人は、『天魔力学園』に戻るかどうか聞かれた。
魔力を使いダンジョンに挑む道と、魔力を失い普通の人間として生きる道。
その二つの選択を突きつけられ、夏樹は今ここにいる。
郁兎の思いは決まっている。彼は、ただ純粋に心に湧き上がる怒りに身を委ねてバケモノを倒そうと思っているのだ。静春や奈央が何を考えているのかはわからない。
夏樹の思いも、本人にわからない。
自分はどうしてここにいるのだろうか?
何回、自問自答しただろうか。
答えは一度も帰ってこなかった。
昔から夏樹は、周りに合わせることにより、あまり目立たず群れに隠れて生きてきたのだ。
自分の意志というものがわからない。無いのかもしれない。
そんな彼に、その選択は酷だった。
郁兎の「戻る」という一言に、思わず顔を上げて、頷いていたのはどうしてなのだろうか。
夏樹は『天魔力学園』に戻り、魔力を操りダンジョンに挑む方を選択していた。
だから、ここにいる。
いま、こうして『魔力』をコントロールしようと奮闘している。
それなのに、たまにこうやってふと思うのだ。
(すべてどうでもいい)