表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのダンジョン、無敵にして(旧)  作者: 槙村まき
第1章 それでも俺らはダンジョンに挑む
8/32

(2)実技の時間。①

「うふふふ。あらあら。まさか男子二人が女子に負けるなんてね。どうしたの、夏樹も郁兎もあんなに頑張って勉強していたじゃない」

「うるさい、静春! レベル10だからって調子に乗んなよッ」

「おお、怖。血気盛んな男子は野蛮ね」

「夏樹も何か言い返せよな。馬鹿にされてんのにだんまりか?」

「もうすぐホームルームはじまるし、僕は席につくよ」

 静春の高笑いや郁兎の静止を気にすることなく、夏樹は長い前髪の裏から一瞥するだけで自分の席に座る。

(ほんと、自己主張のしない野郎だ。もっと自信持てよな)

 郁兎は不満に思ったものの、言っても無駄だろうと心を落ち着ける。退屈そうに欠伸をした奈央が、興味なさそうに夏樹の左隣の席に腰を降ろした。

 おろおろと郁兎と静春の言い合いを眺めていた悠菜が、ここぞとばかりに割って入ってくる。

「あの、落ち着いてください。喧嘩は、ダメです」

「別に喧嘩なんかしてねーよ。こんなの日常茶飯事だ」

「大丈夫よ、悠菜。私はこんな低能な男、相手にしないから」

「お前本当にひどいな!」

「事実でしょ?」

 静春が愛おしそうに悠菜の頭を撫でている。郁兎は口を尖らせてそっぽを向いた。

(何でこうも静春は人の神経を逆なでするようなことを言うんだ)

 本人は冗談のつもりで言っているものの、それでも郁兎にはそれは冗談じゃすまない。彼女の言葉は、ほんの少し棘をもって郁兎に突き刺さってくるのだから。

 今の郁兎は、正直静春よりも弱い。中学までは、魔力がなくて学力はあれだったが、体育の成績だけは飛びぬけて高かった。『ダンジョン』に夢を見て体を鍛えもした。それでも静春に比べると、それは赤子同然の小さなことだということを思い知らされる。彼女の家はどうやら政府とのつながりがあるらしく、彼女はそんな高名な家で育てられてきたものだから、昔からいろいろと教え込まれてきたらしい。

 「あの」という声で視線を向けると、悠菜が不安そうな表情で郁兎を見ていた。

 郁兎は表情を強張らせそうになったが、意識して笑顔を浮かべる。

「だから大丈夫だって言ってんだろ」

「う、すみません」

(なんで謝んだよ)

 郁兎はどうしても、悠菜のこういう小動物じみた言動が苦手だった。

 「ふふ」と笑い声を上げ、郁兎のそんな心を見透かしたかのような目で一瞥すると、静春は窓側の席に腰を降ろす。その隣の席に、悠菜が口を開けて閉じて顔を伏せると腰を降ろした。

 ため息をつきそうになり、それを止めるために口を押さえると、郁兎は一番真ん中、教卓の真ん前の席に腰を降ろした。

 暫くしてチャイムが鳴り、まるで時間に正確なことを示すかのように担任の志津馬剛(しずまたけし)が入ってくる。前担任で、あの時に死んでしまった志津馬恵子(しずまけいこ)の父親らしい。よく見ると穏やかな目元が似ているが、恵子先生に比べると、志津馬はうるさく、郁兎は幾度となく殴られた。

「よし、席に着いてるなぁ。ホームルームで話すことないし、さっさと一時間目の授業はじめるぞー。あ、その前に出欠席は、見たらわかるからやらんでいいな」、

 適当な口調でホームルームを終わらせると、志津馬は少し早いが一時間目の授業を開始した。

 今日の一時間目と二時間目は必須科目だ。郁兎の瞼が知らず知らずのうちに、うとうとと下がって行く。





 高校を受験するとき、二つの選択肢がある。

 一つは、魔力とは無縁の生活を送ること。『ダンジョン』に潜りモンスターを倒すことなく、『魔力』を抹消されて普通の人間としていく道。自分の中にある未知なるものから逃れるため、恐怖から、またはただの嫌悪から、こちらを選ぶ者は少数だが存在する。

 一つは、魔力学園に通い、『魔力』を学び、『ダンジョン』に潜る道。多数がこちらを選ぶが、その理由は様々だ。一番大きな理由としては、一度『魔力』を使ってみたいというものだろう。郁兎もそうだった。


 大きな欠伸をすると、郁兎は立ち上がった。

 一時間目開始早々、夢の世界で旅をしていると、いつの間にか二時間目も終わっていた。郁兎が目を覚ますと、クラスの無慈悲な連中はもう教室にいなくなっている。三時間目は実技の時間なので、別の教室に向かったのだろう。

 時計を見ると、次の授業まで後三分しかない。

 郁兎はその場で慌てて体操服に着替えると、教室を後にした。

(遅刻だ!)



● ● ●



 どうやら郁兎は遅刻しているらしい。

 チャイムが鳴ってもやってこない郁兎のバカ面を思い浮かべ、夏樹はため息をつく。

 本日三時間目の授業は、実技だ。『魔力技能』という授業名で、『魔力を使う術』を叩きこまれる時間。夏樹はいつも付けている緑色の耳栓を外し、ポケットに閉まった。


 実技の先生は中年の女性で、肩ほどにつく髪の毛を苛立たしそうに触っている。他の授業は志津馬が担当しているものの、どうやら志津馬は実技で教鞭をとることが許されていないらしく、週に三回あるこの授業だけ別の先生に教えてもらっていた。先生の名前は、確か七尾だったか。下の名前は興味がないので覚えていない。

 先生が組んでいた手を組み直し、そして顔を上げる。

「もういいです。はじめましょう」

「遅れた!」


 騒がしいのが教室に入ってきた。


 七尾先生が胡乱気な目で彼を見る。郁兎は、汗をだらだら流しながらも笑顔でそこにいた。


「遅刻」

「すみません!」

「減点」

「いや、そこをなんとか」

「これで何回目ですか?」

「すみません以後気をつけます。……あいつの授業が眠いのがいけないんだ」

「何か言いましたか?」

「いえなんでもありません」

 郁兎が(こうべ)を垂れて、夏樹たちが集まっているところにやってくる。

 コホンと咳をして、七尾先生は改めて授業を開始した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ