(1)始まりを告げる鐘が鳴る。
今から数百年前。
『ダンジョン』と呼ばれる道の地下迷宮が、世界中の至るところに現れた。
『ダンジョン』には未知の生物が住んでおり、未知の生物は『モンスター』として恐れられていた。
そして『ダンジョン』が出現したと同時期に、人々の体に未知なる能力が宿った。
『それ』は、人に力を与えると共に、人の心を蝕み、体に身に余る能力は人の心を容易く破壊した。たとえば、幼い子供。子供に『それ』は強大すぎて、『それ』に取り込まれて心を失くして気が狂ってしまう子供や、『それ』により身を滅ぼし死んでしまう子供が増えてしまった。大人も例外ではない。ただ、子供の犠牲が多かったというだけのこと。
いつしか『それ』は、悪魔の力だと云われ恐れられるようになった。
ある時、『それ』により『天使の羽』を生やした人物が『世界』で宣言する。
「その力を恐れることなかれ。『それ』は、私たちの希望の光なのです」
彼女は、『それ』を『天使の魔法の力』だと謳った。
人々は光輝く四枚に羽を持つ彼女を天使と信仰し、神の使者である彼女の言葉の赴くままに、子供の持つ『天使の魔法の力』、曰く『魔力』を封印することに決定した。封印する『魔力』を持つ者は『封魔師』と呼ばれた。
『ダンジョン』がどういうところか、探求心を駆られた研究者や冒険家、闘争心に駆られた『ハンター』が『ダンジョン』に挑んだ。
『モンスター』を解剖し、未知の生物の謎を解明しようとする者。
『モンスター』を倒し、迷宮を攻略して謎を解明しようとする者。
『モンスター』を殺し、ただただ人よりも優れた力を求める者。
幾多の思いから、人々は『ダンジョン』に潜り、命を散らすものも後を絶たなかった。
曰く、『ダンジョン』は最高五層からなっている。
曰く、『ダンジョン』に巣くう『モンスター』はダンジョンの周りに自然に発生している結界により、外界に出てくることができない。
曰く、『ダンジョン』、そこはこことは違う異世界にある。
曰く、『ダンジョン』に巣くう『モンスター』をいくら倒したところで、一日もすれば再生して復活する。そしてそれをまた倒すことにより、我々は力を得るのだ。
曰く、『ダンジョン』の最下層には、『天使』からの授かりモノがある。それを持ち帰り、私たちは富を築くのだ。
「哀れだ」といったのは誰だったのか。
人は、自分の都合の良い言葉しか受け取れない生き物だ。だから彼らにその言葉は届かなかった。
いつしか『ダンジョン』は、そこに巣くう『モンスター』の力によりレベル付けがされた。
最高レベルは無限大。
最低レベルは、ゼロ。
日本に、そのレベルゼロのダンジョンは存在する。
否、存在した。
『はじまりのダンジョン』と呼ばれていたそこは、ある日を境にレベルが逆転したのだ。
曰く、『無敵のダンジョン』――――と。
『天魔力学園』。
『魔力』に打ち勝ったもののみ通うことが許された学校であるそこで。
入学後、初の実習でモンスターがいないとされる『はじまりのダンジョン』に、その年の『一年三組』が挑んだ時のこと
バケモノが現れた。
バケモノは『一年三組』の生徒、四十人中三十六人を食べ、教師を食べ、生き残った生徒の心に恐怖と怒りを刻みつけた。
生き残った生徒四人と、病欠で欠席していた一人の生徒は、それでも『ダンジョン』に挑む。
それぞれの思いを抱え、バラバラの気持ちを一つにして、彼らが望むモノに向かい。
――――たとえ、――を失ったとしても。
● ● ●
遠くで予鈴が鳴る。
冬田郁兎は、目を力いっぱい閉じて現実逃避していた。
(逃げたい。今すぐここから逃げ出したい。こんな惨めな思いなんてしたくない)
けれど、目を逸らすことはできない。これは現実なのだから。
だから彼は、薄っすらと瞼を開き現実に目を向けてみた。
郁兎は電子『カード』を持っている。
一学期期末試験により、ランク付けされた自分の成績。またはレベル。
郁兎はとりあえず自分の『カード』を極力見ないようにして、他の四人の『カード』に目をやった。
伊納夏樹――『レベル4』
秋村奈央――『レベル6』
神橋静春――『レベル10』
白鳥悠菜――『レベル8』
そして、冬田郁兎――『レベル5』
(うん。俺よえぇ)
そして慟哭するかのように天井を仰ぐ。
(俺は嫌だって言ったんだ。こんなの見せあったって、俺が惨めな思いをするだけじゃないか。それなのに静春が)
頭を抱えたくなるが、平静を装うふりをして自粛する。
そんなことして仲間に弱いところを見せるのは嫌だ。郁兎は、誰よりも力を望んでいるのだから。
それでも気持ちに反して言葉は勝手に出てくるものだ。
「だめだ、こりゃ」
郁兎は思わず本心からのため息をこぼしていた。