①冬田郁兎の場合。
あの日のことを、世間の人はどれだけ知っているのだろうか。
あの日、あの時。
あのダンジョンの概念が変わった。
それまでレベルをつけるのも惜しいというばかりに、さりげなくレベル1ダンジョンの最下位に名前を連ねていた、『はじまりのダンジョン』。
魔力の使い道を知るために、日本に住んでいる誰もが通う資格のある学園『天魔力学園』に入学してから、生徒が最初に挑むことなっていた『はじまりのダンジョン』。
『天魔力学園』100回年生の『一年三組』が挑んだ時のこと。
ダンジョンにバケモノが現れた。あいつは、この世のすべてを飲み込んでやるとでもいうかのような大きな口を開けて咆哮すると、その場にいるまだ魔力の力をうまく扱うことなんてできない生徒を片っ端から食べていった。
ある者は右腕を食べられ、そのまま体を丸のみに。ある者は放心して立っているのに構うことなく頭から丸のみに。ある者は誰かを守るためにバケモノの前に体を躍らせ、そのまま引っかかれた。頭部を食べられた者もいた。首だけの状態で数歩歩いたあと、バケモノの顔面を噴出した鮮血で汚して地面に倒れることなく口の中に消えてしまった。
その状況を。
俺は。俺たちは――
目の前で見ていたんだ。
クラスメイトが次々と口の中に消えて行く光景を、手をこまねいて見ていることしかできなかった。ただ危険から守る本能が働いたおかげか、それとも俺の中の何かが急かしたからか、近くにいた生存者の腕を引っ張り、入り口から外に飛び出て生き残ることができた。
けれど俺の友達は。いつも突っ走っていく俺を諭して宥めてくれる、友達は。
俺を庇って目の前で死んだ。食べられた。むしゃむしゃと、足から股にかけ咀嚼され、バケモノは顔を上げてそいつを飲み込んだ。よろけた俺を庇ったせいで。あいつは、俺の歯止め役だったあいつは、俺の代わりにバケモノに食べられてしまった!
あの光景を。忘れることのできないあの光景を。
世間の奴らは何も知ることはない。
ただ文字で、言葉で、人づてに聞いただけで、どうして分かった気になっているんだ!
それに無性にイライラする。
だから俺は口を噤んでいる。誰にも理解できない光景を、俺たちは、誰にも話すことなく、記者共にも、他のクラスの野次馬連中にも。俺たちは聞かれても何も答えることはないだろう。
あのバケモノを倒すまでは。
とにかく俺は強くならなければならない。あいつらと共に、あの始まりのダンジョンに挑むまでは。
だから俺は早く力が欲しい。
『無敵』となったあのダンジョンに挑み、あのバケモノを殺すだけの力を。
心の底から望んでいる。