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誰も知らない。  作者: キタガワミサ
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仕返し

誰しも眠らせているドロドロとした感情が起き上がり動き始めます。

結論から言うと、私の中で様々な感情が入り混じって一つになって膨れて爆ぜた合コンだった。


この日を境に何かが動き始めた。


自分をあまり持たない生き方をしてきていた私にとって遅すぎた自我。


それはもしかしたら女の部分に強烈に触れたからかもしれない。




迷いに迷って買った紺のワンピースは可もなく不可もなく無難の一言に尽きた。



この中で引き立て役はどの人?と街頭インタビューしたら、皆んな間違いなく私を指差すだろう。


いつも地味めな前田さおりでさえ会社のイメージからは想像もできないほどつけまつ毛で綺麗に仕上がっていた。


会社を出る前にメイクを上乗せし皆んなは完全に合コン仕様に変わっていた。



「どんなメンバーか楽しみ〜」


そんな会話をしている彼女達について歩いた。


洗面所のコンセントを使い持参したホットカーラーで巻いた髪は歩くたびにフワフワ舞っていた。


私以外は内だの外だの巻いたんだと彼女達の後ろ姿を見つめた。


履き慣れていないパンプスで出来た靴ズレより皆んながしている巻き髪が気になった。




アフター5のサラリーマンというよりはカップルがデートに来そうな洒落たイタリアンレストランに入った。


顔色が良く見えメイクも栄える暖色系のダウンライトが天井から照らし、各所にある間接照明が雰囲気を作っている。


歩くとギッギッと床の軋む音が鳴り、都会から離れた癒しの山小屋風のような造りがまた一層ムードを高めた。


店内にはR&Bが流れ、時々笑い声があちこちから聞こえた。


オープンキッチンにはピザの窯が見え、若い男の子が窯から焼きたてピザを出していた。


見回すと金曜の夜というのもあってかサラリーマンやOL風の数人のかたまりもいたが、やはりカップルが圧倒的にお店を占めていた。



個室に案内され行くともう全員がお待ちかねだった。


伊東里奈から噂通りのイケメンの彼を紹介された。


彼は全員の名前をサラッと告げて私達に座るよう促した。


私は当たり前のように一番端に座った。



今夜のために集まった彼らは大学時代の友人同士というだけあって会話もかみ合い、当時の話で盛り上がりワッと笑いに包まれる事が何回もあった。



いつも口が悪い山本香里はメガネをコンタクトに替えて言葉使いも女を強調し甲高い声で笑っている。


合コン慣れしてるよな、などと横目で感心しながら飲み慣れない赤ワインを飲んだ。



私の前には会社帰りであろうスーツ姿の男が座ったが挨拶の時に目が合っただけで始終話の中心は真反対にいる伊東里奈の彼だった。


彼がリーダー格なんだろう。


皆んながそこに視線を持って行き笑っている。



雰囲気のせいなのか私には男全員素敵に見えた。


ワイングラスを持つ手や、手首から上の筋張った腕、肩幅、髪を触る指先に目が行った。



こんなに強く異性を意識したのは初めてだった。


髪色を変えた日の男性社員の刺さるような視線も似たような感覚だったが、今夜は一段と気持ちが高ぶって新境地だった。


この状況に緊張して笑顔を作るだけで精一杯になっていた。


これは俗に言う「テンパっている」というものか。



じっくり見ているのを悟られないよう前列の男達の色んな部分を見比べていた。


今夜は伊東里奈カップルが幹事の実質4対4設定になっている。


気になる相手がいたらアドレス交換をするというのは知っていたが今夜私にそんな声をかけてくれる人はいるのかな、などと妄想をしていた。



あまりお酒に強くない私がワイン一杯目が終わりかけ少し良い気分になっていた時それは突然訪れた。



「柏木さんなんて傷を隠して会社来てたよね!」


ボタン周りに大きなフリルを飾ったブラウス姿の木下友美がトロンとした目で私を指差した。


男に目を奪われ会話に参加していなかった数分でどんな流れで私の話題になったのか全くわからなかった。


「痛々しかった〜。酷い男よね!」


伊東里奈が相槌のように首を縦に振りながら私を見た。



なんだ、皆んな気づいてたのか。


カーッと顔が熱くなった。


心臓がドクンドクンと脈を打った。


執拗な電話だけじゃなく、数日に一度の割合で受けた顔の擦り傷もバレていたのだ。


顔の火照りとは逆に、酔いかけた気分が足先から床を抜けるように一気に引いていくのがわかった。



「もうそれに振り回されずに済んで良かったよね〜」


「いつも電話かかって来てたもんね〜しつこく」


前田さおりも山本香里もウンウンうなづきながら口々に言いだした。




今全員が私を見ている。


あんなに騒いでいた男性達は「こんな子いた⁇」とキョトンとしているようにも見える。



急にプライベートな、それも忘れたい記憶を蘇らされた私はグラスを持ったまま固まってしまった。


どこに視線を向けたらわからなくなり無くなりかけのグラスに視線を落とした。


忘れかけていた体罰のような痛い記憶が傷と一緒にぶり返して来たような気がして足が震えた。



私が一切反応しないためあんなに盛り上がっていた集団がシンと静まり返った。


男達から全身をジロジロと凝視しされてるような心地悪い視線を感じた。



「やっぱりな〜」


その中のメンバーがそのシンとなった空気をブチ破るかのように何気なく言った。


その言葉が合図のように私への視線は外れた。


「やっぱりってなによ〜」


彼女達はその言葉に食いつきキャッキャと声をあげている。



彼女達は私の受けていた暴力を知っていたんだ。


それを今ここで言ったのは何故なのか⁇


しかも「私達あなたを心配してたのよ」と言わんばかりな言い方で。


酔っているからといってもこの暴露は私には許せなかった。


良い気分を一瞬でぶち壊された気がした。


男達の興味はもう二度と私には向かなくなった。



手のつけられない感情が腹の中でボコッボコッとマグマのように湧き上がっては沈んでいった。





それからも私は会話に全く入れず、二杯目を手にしたグラスを傾けたり眺めたりしていた。




二次会はカラオケに行く話になったようだがあまりにも喋らない私に誰もが気を遣い強く誘って来なかった。


時間も経ち酔ってしまえばさっきの話題は全員忘れている可能性はあったが、傷を負わせられた重い女の私とは関わりたくないと避けているようにも感じた。




「やっぱりな〜〜」



帰り道、電車の窓に映る自分の姿を見ながらこの言葉を思い出していた。


やっぱり、ってなんだろう。


彼女達も私の傷を知ってて見て見ないふりしてたのか。


きっと私のいないランチタイムでは私の傷の話題が幾度となく出ていただろう。


非常階段で食べている私をきっと笑っていたんだ。


心配なんかじゃなく「やっぱりね」と笑っていたんだ。



やっぱりってどういう意味?


男に殴られたり蹴られたりするタイプだという事?


見ただけで⁈




電車の窓から見る通り過ぎるビルや街灯が夜はまだまだこれからだぞとますますネオンを光らせていた。



ボンヤリやり過ごしながら腹にボコッとまた何かが湧き上がるのを感じた。





また新しい一日が始まった。


土日はゴロゴロしていたが、何も誰からも連絡はなかったが皆んなはあれからどうなったんだろうと気になってたまらなかった。




職場に行く前に何気に洗面所に入った。


見覚えのある小さな薄ピンク色の化粧ポーチが一番端の洗面台の鏡の前に置き去りにされていた。


大体私の次に出社してくる木下友美の私物だ。


違うフロアの彼に会いに行く前にトイレに寄ったのか、とポーチを手に取った。



次の瞬間に腹にボコッと何かが生まれて爆ぜた。


ポーチの向こうに金曜の夜の事が思い出された。


木下友美が私の傷の話をしなかったら変な感じにはならなかったはずだとふいに思った。


一瞬にして気分が最悪になった。


あの男達ともっと一緒にいたかったのに!


一言で表せばこんな気持ちだろうか。



気付いたら社服のベストの下にポーチを入れ込んでいた。


ハッとしトイレに駆け込んだ。



何をしているんだろう、これを一体どうするつもりなんだ…。


耳の奥に心臓があるみたいだ。


ドクンドクンと大きな耳鳴りみたいだ。


息も荒くなった。


もう止まらなかった。



早くしなきゃ早く早く…!


ポーチのファスナーを開け中身をまさぐった。


木下友美のお気に入りのブランドの口紅、あぶらとり紙、いつも使っているブランドの固形ファンデーション、艶出しのグロス…


水洗タンクの上に一旦ポーチを置き、トイレットペーパーを長めに出し何重にも折り厚みを作って便座のフタの上に敷いた。


取り出した口紅のキャップを外してクルクル回しながら中身を全部出し切り 手が汚れないよう千切ったトイレットペーパーで覆い被せ根元から折った。


折った口紅をフタに敷いてあるトイレットペーパーの上にくるんで置き キャップをしてポーチへ戻した。


固形ファンデーションはその気になればすぐ割れる。


爪にグッと力を入れ突き刺してみると案外簡単に大きくヒビが入った。


反対を向けると、ファンデーションは粉々になりながらフタの上のトイレットペーパーにポロポロ落ちた。


まだ買って間もない新品同様のファンデーションは逆さまにするといともあっさり割れ形を失くした。


落ちきったのを確認しコンパクトを閉じポーチに戻した。


次。


グロスはチューブ式になっている。


指に全神経を集中させドロドロした液体を出し切ってフタを回し中に戻した。


手についた透明なグロスがポーチに付かないようにファスナーを閉めて顎の下に挟み、フタのトイレットペーパーをくるんで一つにまとめ、洗面所に誰もいないのを確かめて勢いよく流してやった。


渦を巻いて流れる去る水を見ながら ポーチごと流せば良かったかと頭をよぎったが 詰まると厄介になるなとその考えは消去した。



洗面台の元あった場所にポーチを置くと扉を小さく開け周りに人が居ないのを確認してソッと出た。



時間にしたら一、二分だろう。


その間心臓の激しい鼓動は収まらなかった。


夢中だった。


夢中でポーチの中身を使えない物にしてしまった。


金額でいえば大した事はないが、悪意のある仕業に木下友美は一体どんな反応をするだろうと考えたらモゾモゾした。



やってはいけない事をしてしまった後悔より、何かに仕返しして勝利した気分の方が断然に上回っていた。




この瞬間、私はこの興奮を快感と受け取った。




…続く。



柏木眞弓がどんどん変貌して行きます。

次話も是非お楽しみに。

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