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誰も知らない。  作者: キタガワミサ
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地味でつまらないオンナ、柏木眞弓は、脚本家のごとく自分の人生のストーリーを創り出していた。

飲み会でDVを暴露した、憎らしい同僚の彼との距離を縮める作戦に踊り出た。

今までは、対一人としか関係を持たず、そのオトコだけに振り回されて来たが、これからは三人相手にドラマを繰り広げていく状態だ。


不器用に生きてきた自分には、刺激が強すぎる。


何の面白味もない、つまらない日常を送っていた私だ。


キーボードにカタカタ指を這わせ、文字を叩き込みながら、頭の中は三人との妄想でいっぱいになっていた。


今夜会う、羽柴マサキの顔を思い浮かべ、何かの始まりに胸を高鳴らせた。


フロアを見回せば目が合う、パッとしない高橋に色目使って目配せをして遊んでみる。


突然逃げて、突然部屋にやって来た元彼ヒロヤとの今後を想像する。


終始、上の空だった。


この三人に映る柏木眞弓は、それぞれ「違う柏木眞弓」なんだろうな、などと考えていた。


羽柴マサキは、私と木下友美が親しくしていたのを知っていただろうか?知っていたら今夜会うだろうか?


木下友美が私とランチ仲間だったのを知らないはずはないだろう。


それなのに会うというのは、ぶつかった事に対する謝罪みたいなものだろうか、それとも…。


落ち着かずフロアを出てトイレに行くと、すかさず鏡に自分を映し、美しさが保てているか確認した。


ファッション誌に載っているような巻き髪も、随分と板についてきた。


何の特徴も無かった、地味な自分の顔。


亜麻色の髪が、クルリと華やかにその顔にフワフワまとわりつき、そのカールは緩く保たれながら胸辺りまで伸びている。


たったこれだけの変化で、オンナは天と地ほど違って見えるものだ。


オンナとしての自信に満ち溢れているのか、腫れぼったいだけだった一重の目にも、力が入っているように感じる。


今は、この一重がクールで知的にさえ映る。


感情が無かった根暗オンナの柏木眞弓、今ではちょっとした恋愛ドラマの脚本家だ。


自分でシナリオを描いている。


ここまで来たんだ、この先どうしたいかを明確に書き上げないと、何もかもが思い通りにいかない気がした。


トイレから出ると、入れ違いに同僚の伊東里奈とバッタリ会った。


「柏木さん、最近なんだか調子良いみたいね」


ドキッとした。


オンナの直感は動物的にみても冴えているのだ。


「前にも増して、女子力が上がったんじゃない?何かあった?」


伊東里奈は笑いながら私の肩を軽くこづくいてトイレに消えていった。


女子力がアップしたのを褒められ、素直に嬉しかった。


それと同時に、オンナの勘らしく、私の「なにか」の変化に気付いてるのには驚いた。


ドキッとしながら、木下友美のメイク道具を壊した個室に自然と目をやっていた。




ブー、ブー、ブー…


デスクの上で携帯が震えた。


慌てて携帯を手に取ると、サッとフロアから廊下に出た。


「はい」


「あ、柏木さん?羽柴です」


時計は18時少し前。


「待たせてしまって済みません、今どちらですか?」


「会社です」


待ってました!が伝わりそうなくらい、高い声がつい出た。


ドキドキが一気に高まるのを耳の奥でも感じた。


羽柴マサキは、会社からそう離れていない店を指定してきた。


もう店の近くにいるらしい。


真っ直ぐ帰るだけの道のりで、店の前を通った事は何度とある。


大衆居酒屋だった記憶がある。


緊張しているはずだが、歩く足取りは軽くウキウキとした気分に包まれていた。


唇に乗せた、艶出しのリップグロスが取れていないか、ショーウィンドウに映る度に、立ち止まり確認した。


ずっと気になっていた、同僚の元彼と二人きりの時間を過ごすのだ、もうトキメキしかない。


ふと前方の視界に羽柴マサキが入った。


店の前で、私を見つけ軽く手を振ってくれた。


「彼が私だけを待ってくれてる」そう思うだけで、心臓辺りがキュンとした。


自然と小走りになっていた。


「お疲れ様!」


近づいた私に、羽柴マサキはニッコリ微笑んで頷きながら、


「ここで良いですか?もっとお洒落なお店が良かったですかね」


「ううん充分!」


「それなら良かった」


ホッとした表情の彼の後ろについて、暖簾をくぐった。



ビールで乾杯し、あの日ぶつかった話、会社の話、自分の過去の話などで盛り上がった。


初めて一緒に呑んでいるのに、会話もスムーズに弾み、思いの外、酔いも回ってしまっていた。


彼は、木下友美と別れた理由も話した。


木下友美が、自分に対しても疑心暗鬼が酷くなって、怖くなってしまった、と。


次第に関係もギクシャクし、自分から別れを告げたと、ため息混じりに言った。


アルコールの力は口を滑らかにさせるのだ。


木下友美のポーチの中身をメチャメチャにした事を思い出していた。



「貴方の可愛い彼女がおかしくなった原因を作ったのは、この私なんだけどね」そう思った瞬間、身体中に電気が走った。


何故、彼女の私物が、気持ち悪い感じで壊されていたか、貴方は知らないでしょう? 私の事を見下していたのよ、飲み会の席で、初めて会ったオトコ達の前で、私がDVを受けていた事を暴露したのよ、皆んなにも隠していたのに。


あの時、腹の底に湧き上がった憎しみが思い出され、テーブルの下で、そっと、みぞおちに手を当てた。


木下友美との交際が破綻しているとわかり、自分の中で、彼を好きだという想いと、奪ってやる、というドス黒い気持ちが、スピードを上げて加速していった。


恋愛のスタートは男性から、と常識みたいになっているが、自分からアプローチしていた。


ずっと気になっていた、と、羽柴マサキにストレートに伝えた。


そう告げる私を見つめ、驚いた様子で笑った顔は、アルコールのせいじゃなく赤くなっていた。


羽柴マサキと男女の関係になるには時間はかからなかった。


別れたとはいえ、未練があるはずの彼女のモノに手を出している、悪い事をした上で奪っている、というスリルが、より一層私を情熱的にした。


体のあちこちに傷がある事だけは、気付かれないようにし、何度も彼を求めた。


羽柴マサキは、それに応えたし、気づいていないのか何も聞かなかった。



終電に間に合った。


成り行きでこうなった節もあるが、いつも車窓から見る街のネオンは、魔性のオンナに変貌した自分を祝福してくれているかのように、チカチカと不規則に光を放った。


こんな興奮、初めて味わった。


その興奮は、オンナになれた証しのような気がした。


羽柴マサキに、会って数時間で「付き合ってほしい」と言わせたのだ。


でも少し落胆もした。


オトコってこんなものなのか、やはり見た目は重要なのか。


私の中身は変わっていないのだ。


暗い過去を引きずっている、ネガティヴなオンナなのだ。


そんな過去を知る由もないオトコには、私は幾分か美しいオンナにしか映ってないのだ。


「ふっ…」


ドス黒いモノを吐き出す悪魔のように、小さく息が漏れた。


車窓に映る自分の唇は、まだまだこれからよ、と言わんばかりに、含み笑いを堪えていた。



怠い足を運び階段を上がると、部屋の玄関の前に誰か立っていた。


「眞弓、何してんだよ」


その声の主は足早に近寄り、ぐいと腕を掴んだ。


「今まで何をしていたんだよ」


週末に来ると言って立ち去ったヒロヤが、怖い顔をして私を睨んだ…。



…続く。






ここからヤバイです!








意中の彼に初めてオンナになれたその晩、DVを受けていた元彼に掴まる。

以前と違う眞弓に、どんな制裁を加えるのか?

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