#7
静かな海辺を後にして、私は彼女が運転する車に乗っている。私が乗ってきたバイクは海辺の駐車場に置いてきての移動だ。
「もう少しで着くから」
車のハンドルを握る渚は俺に向かってそう言った。
そう遠くに行く感じではないな。彼女の一言から私はそんな印象をもった。
カーステレオからは今流行りのJPOPが聴こえる。その優しく静かな歌声が私の不安を掻き消していく。
「この曲、私の好きな曲なの。ほら、とくに今流れているサビの部分とかとくに好き」
彼女の言葉を聞いて改めて良い曲だなと思った。その声がまるで眠りを誘うかのように私の耳元に届き、私は自然と暫く目を閉じた。
目を閉じてからどのくらいの時間が経っただろか。再び目を開けると車はある洋館の前で止まっていた。かなり大きな家ではあるが、見覚えはなかった。
「さっ着いたわ。お疲れさま。ここで降りて」
彼女に促されて私は車を降りた。
綺麗に整えられた庭園を進み二人はドアの前まで進む。いったいここは誰の家なんだろうか。そんな疑問が思い浮かぶ。
洋館内の窓には煌々とした光が溢れだし、誰かが住んでいるというのを如実に表していた。
「やぁ、こんばんは。待ってたよ」
私達の存在に気が付いたのか、インターホンを押すよりも先に玄関のドアが開き、男性が出てきた。比較的若い感じで、年齢はだいたい30代前半くらいだろうか。もちろん初めて会う男性だ。ふと、横目で渚を見ると彼女はその男性を見て微笑んでいた。
「紹介するわ。この方は憶平平さん。病院で勤務する傍ら催眠術師としても活動しているの」
「こんばんは。楽倉景さん。今日はあなたの記憶を催眠術で甦らす為にここで待ってました。さぁ、ここでは寒い。まずは中で暖かいコーヒーでも飲みましょう」
彼に促され、私と渚は洋館内に入った。
洋館内はかなり大きく俺が住むマンションの一室とは大違いだ。高そうな調度品がところ狭しと並べてある。
「憶平さんここはあなたの家なんですか?」
「一応と答えておきましょうか。実はここ私の祖父の家でね。祖父は少し前に亡くなってしまい、今は私が使ってるんですよ」
さらりとした様子で彼は私の問いに答えた。
「憶平さんはね私の大学時代の先輩なの。景君のことを相談したら今度紹介してよって言われて。平さん催眠術うまいんだよ」
ニコニコとした様子で渚は私にそう言った。憶平と名乗る男性との出会いによって本当に私は何か思い出すことができるのだろうか。そんな漠然とした不安が私の脳裏を過った。