#11 AM9:45
冬の海は見ているだけでとても冷たく感じる。ボートに当たる波は静かで穏やかではあるが、これから行く名も無き無人島のことを思うとどこか不安な気持ちにもなる。
「この島遠くから見るのと近くで見るのとはなんか雰囲気が違うね」
隣で私の操縦を見守っている渚が私に向けて一言そう言った。たしかに彼女のいう通りだ。遠くで見るとあんなに小さかった島が近づくにつれてどんどん大きくなっていく。この島に私は何を埋めたのだろうか。大切なもの?それとも記憶の奥に閉じ込めてしまいたいもの?島に近づいてもなお私は過去の記憶を思い出せないでいた。
「結果がどうであってもあなたはあなただから。消えた思い出の分だけ新しい思い出を作っていこうよ」
渚のそんな優しい一言が私を元気づけた。
***
トン…。ザザッ…。
小さな砂浜が広がる場所を見つけて二人はボートから降りる。今、この島にいるのは私と彼女の二人だけだ。鳥のさえずりさえも聴こえない静寂の空間が二人の前に広がっていた。
「ねぁ景君、1つ聞いてもいい?あなた私とお揃いのカメラを買ったことをこの前1人で買ったって言ってたじゃない?それって私と過ごした記憶が違う記憶に上書きされてるってことなのかな?」
「う~ん。なんとも言えないけど記憶の自己補完機能ってやつなのかな。ほら、ある部分だけすっぽり抜け落ちてるのが脳にとっても不都合があるんじゃない?だから脳が勝手に作り上げた偽りの記憶なのかも知れない」
「そんなこともあるんだね。たしかにそれはありえるかも」
渚は少し首を傾げながらもそう言った。経験してもいないことがある日突然経験したことになる。これはある意味とても怖いことなのかも知れない。
「ねぇ、これ見てほら!」
私の思考を遮るかのように彼女は突然そう叫んだ。彼女の指差すところを見る。島に生えている木々の下に黒い物が落ちている。
「もしかしてこれって私があなたの誕生日にプレゼントとしてあげた手帳じゃない?」
この手帳。たしかに見覚えがある。手に取ってよく見てみる。雨風に晒されてぼろぼろになっているのだが、所々、読むことができる。その内容からこの手帳が私の所有物であることが確認できる。
「うん。これ、間違いない。私の手帳だ。この島のヒントがどこかに書かれているかも」
「やっぱり!一緒に見ましょう?」
二人でページをパラパラとめくる。ぼろぼろで所々読めないが、他愛のないことがたくさん書かれていることはわかった。そして、最後のページにこう書かれていた。
祠の下にこの「約束」の箱を埋めようと。
「祠?どうやらあなたはこの島のどこかにある祠の下に何か埋めたみたいね」
「うん。そうみたい。島の中に行ってみようか」
思いもしてなかったところから埋めた場所の手掛かりをつかむことができた。期待と不安が混ざりあったような心境で私達は島の中へと進んでいった。