#1
すれ違う車も少なくなった島の夕暮れ。私はその道を原付バイクで走り抜ける。信号もあまりない私が住むこの島。温暖な気候に恵まれた瀬戸内海に浮かぶ島なのだが、さすがに冬の空気がとても冷たかった。でも、この空気が逆に好きでもある。前に続く一本道の道路。目的地はそう…。あの場所だ。
光なき海辺。静かに響く波音が夜の静寂を騒がせる。この場所に来るようになって二年がたつ。疲れた時、物思いに耽りたい時に私はここに来る。
四季によって海は表情を変える。その中でも私は冬の海が好きだ。夏と違い人気の疎らなこの海辺が私の心の拠り所だった。
暫く海を眺めた後、私はカバンからカメラを取り出す。この薄暗闇の世界を写真に残しておきたいからだ。
色のない世界。白と黒が織り成すモノトーンの世界。ここにいると嫌なこと全てを忘れることができる。毎日、誰かが悲しみ誰かが傷つく。そう思うととても悲しくなる。幸せとはなんだろうか。その答えを海は答えてくれない。
「海好きなんですか?」
突然話しかけられた私は驚きつつも後ろを振り返る。そこには一人の女性がいた。一目見た時、ショートカットがとても似合う女性だと思った。その短い黒髪が風に揺れる。
今、彼女の存在がこの世界に色を与えた。ふと私はそう思った。
「私も夜の海好きなんです。静かでいいですよね」
驚いている私を横目に彼女は話を続ける。その声はどこか憂いを帯びていた。何か悲しいことでもあったのだろうか。私はふとそう思った。空を見上げると眩く光る星が見えた。
「ここ良いですよね。雑音とかも何も聴こえないですし」
何を言おうか少し考えた後、私はこの言葉を選んだ。何よりも今日、同じ想いを共有している人に出会えたのがとても嬉しかった。
「名前聞いていいですか?私、音詠渚と言います」
少し間を置いた後、彼女は名前を教えてくれた。その名前を聞いた時、珍しい名前だなと思った。
「音詠さんって言うんですね。あっ私は楽倉景と言います」
「楽倉さん…。なんだかお互い変わった名前ですね」
彼女はそう言いながら少し微笑んだ。その言葉を聴いてたしかにそうだなと私も思った。
「あの島…。見えますか?名前もない小さな無人島なんですけど…。私、あそこに行ってみたいんです」
ふいに彼女は海辺の向こうに見える島を指差しながらそう言った。
「行ってどうするんですか?」
「思い出の場所…。だからかな」
音詠渚と名乗る女性は慎重に言葉を選びながらそう言った。これが二人の最初の出会いだった。