息子との狩り?
ーノーマン視点ー
息子はもうすぐ、10才になる。
今日は息子と一緒に狩りに出かけた。
息子との初めての狩りに少々興奮している。
出かける前マーサがまだ早いのではと心配していたが。
私が狩りを始めたのは、8才の時だ。
大丈夫、私の息子なのだから。
……大丈夫だよな?
しかし、私の息子は私やマーサとは似ていない。
髪や目の色は私と一緒だがそれ以外は似ていない。
一時期はもしかして私の子供ではないのか?っと思いマーサに尋ねたこともある。
マーサの返事は、拳だった。
相変わらずマーサの手は早い。
まぁ、尋ねた私が悪いのだが。
だが息子が6才を過ぎた頃、誰かに似ていると感じた。
そうだ。祖父だ!祖父に似ているのだ。
私の両親と祖父母は既に亡くなっている。
息子は祖父の眼差しとよく似ているのだ。
よりにもよって私がもっとも苦手にしていた祖父に似るとは、苦笑せざるはいられない。
はっきり言って私は息子が苦手だ。
あの3才の事故から私は息子との距離を感じている。
自慢ではないが私は人から嫌われることがない。
だがどうやら息子は私のことが嫌いらしい。
はっきりと拒絶されることはないがどうも避けられているような気がする。
剣術や魔術を教えている時以外は息子から近づいて来ることはない。
これには正直へこんでしまう。
マーサは『自業自得よ』と突き放すし。
だからこの狩りで息子との距離をちぢめるのだ!
息子を狩りに誘うと、
すぐに付いてくると返事をくれた。
やはり男の子だ。
狩りの誘惑には勝てないようだ。
フフフフ、この狩りで息子にカッコいい父親の姿を見せつけてやろう!
ハハハ、ハハハハハー
私と息子は近くの森に来ていた。
道中馬に乗って。
私は初めて息子を馬に乗せた。
危ないので一緒に乗る。
息子は初めて乗る馬に興奮するかと思ったのだが、以外と落ち着いていた。
少し残念に思っていたが馬が動き出すと「オオオ、オオオゥ」と、興奮していた。
なんだ。やせ我慢していたのか?
かわいいやつめ。
森につくと私は息子に来るまえと同じように、狩りの注意を説明した。
この森は、よほど奥に行かない限り魔物に出くわすことはない。
危険の少ない森を選んだ。
この森の主な獲物は『猪、ウサギ、山鳥』後は稀に『鹿』がいることもある。
せめて、ウサギぐらいは狩らせてやりたいものだ。
森の奥に行き過ぎないように注意しながら入って行く。
ウーン、今日は獲物を見かけないなぁ?
あまり狩りをすることはないのだが、いつもはすぐに獲物に出くわすのだが?
だが今日は全然見かけない。
まぁ、こんな日もなくわないのだが。
しかし!今日は息子がいる。
息子の前で父親の威厳を魅せねば!
そんな邪心を見透かされたのか?
まったく獲物が見つからない。
このまま奥に行けば獲物に出くわすかもしれないが?
息子を危ない目に会わせる訳には、
どうするべきか?
そんなことを考えているとウサギを発見した。
どうやら考え過ぎたようだ。
私は息子に先に獲物を狩らせてみることにした。
何事も経験だ!
失敗しても叱ったりしない。
やんわりと慰めてやろう。
そう考えていた矢先。
息子が弓を射る。
ン、弓の持ち方が少しおかしいことに気づく。
あれでは当たるまいと、思っていたのだが。
あれっ、当たっている。
う、うん、まぐれ当たりということもある。
うん、きっとそうだ。
そうに違いない。
狩ったウサギで血抜きのやり方を教えながら1人納得する。
更に少し奥に行くとまた、ウサギに会う。
今度も息子に任せる。
ん、また弓の持ち方が違う。
そして、また当てる。
あれー、おかしいなぁ~?
父親の威厳を魅せるはずが息子の弓の腕前を魅せられるとは。
まぁ、息子も喜んでいるし、いいかぁ~。
更にその後もう一匹ウサギを狩り。
息子の弓の腕前を見せつけられるはめになる。
ハァ、父親の威厳が?
本当なら息子が失敗して私が代わりに手本を見せるはずだったのに?
仕方ないそろそろ帰るか?
この結果をマーサがしればきっと喜んでくれるだろう。
息子と嫁が喜ぶのだ。
父親の威厳など、取るに足らない。
でもなぁ~、当初の予定がなぁ~。
そう思いながら帰ろうとした時。
そいつはいた!
あいつは目の前にいた!
何時からそこにいたのか?
向こうも私たちを認識しているようだ。
自然と冷や汗が出る。
最悪だ!よりによって今日、こいつと出くわすなんて。
思い返して見ればなぜ獲物を見かけなかったのか?
こいつがいたからだ!
『大狼』
大狼、こいつは全長三メートルを超す正真正銘の魔物だ!
だがこいつは本来この森にいるはずのない魔物だ?
大狼の生息地は、北方の『ノースティア』地方にしかいないはず?
もしくは、南方の『アルバドル』地方にいる大狼の仲魔、派生種である黒狼がいる。
こいつはまだ茂みに隠れて全体像はわからないがおそらく、黒狼ではない。
なぜなら、茂みにいるあいつの後ろ辺りが日の光を浴びて光っている。
大狼の体毛は、銀色。
黒狼は全体が黒で白い体毛が混じっている。
日の光を弾いて光が見えるあいつは、大狼だ!
チラリと息子を見る。
どうやら、息子も気づいているようだ。
「なんだあれ?綺麗だなぁ~」
等と呑気な声が聞こえる。
叱りつけたい衝動にかられるが思い直す。
そもそも息子は大狼のことを知らないのだ。
だから、呑気な声を出しているのだ。
私は息子に小声で話す。
「あれは、大狼だ。私の後ろにゆっくりと下がりなさい。」
エっと驚きの顔をした後すぐに息子の顔が引き締まる。
よし!息子は事態を把握したようだ。
そうなると後は周りを確認する。
なるべく視線はあいつから反らさないようにして、辺りに注意を向ける。
大狼は、頭のいい魔物だ。
こいつの怖い所は普通の狼を従えることができることだ!
単独でも厄介なのに更に狼を従えて襲って来るのだ。
狼の狩りは群れで行う。
大狼もそうだ。
私が若い頃冒険者をしていた時、大狼と戦ったことがある。
あの時は大狼が一匹に狼が10匹以上いた。
大狼に統率された狼の連携攻撃は嫌らしいものだった。
こちらはベテラン冒険者四人だったが退治するのにかなりの手傷を負っていた。
あんな経験はもうしたくないと冒険者時代の頃は大狼に会う度に思ったものだ。
その大狼が居る!
しかし、周りには狼の気配が全く感じない?
なぜだ?
そもそもがこの地域には大狼が居るはずのない土地だ。
この大狼、単独かもしれない?
いやいや楽観視するのは良くない。
冒険者時代にはそれで痛い目に遭ったじゃないか?
それに今日は息子も居る!
息子を危険な目に会わせる訳にはいかない。
そんなことを考えていると先に大狼が動いた。
のそのそと姿を見せる。
なんだ?なぜ姿を見せる?
茂みから不意に襲って来れば奇襲できるのに全体像を晒せば、その分予測が立てやすい。
頭のいい大狼がする行動ではない。
茂みから出てきた大狼の姿を見る。
ケガをしているのか?
銀色たなびく体毛はとても綺麗だが同時に所々、血が付いている?
何かの帰り血か?
そう思ったが大狼の足取りは弱々しいものだった。
油断を誘おうとしているのかと思ったが違うようだ。
あれは、本当に弱っている。
これならなんとか成りそうだ。
油断は出来ないが落ち着いて対処すれば大丈夫だ。
おもむろに剣を抜き構える。
向こうは逃げる気はないようだ。
殺るしかない!
一つ懸念があるとすれば私と息子どっちを狙っているのかということである。
息子は私のやや後ろに離れている。
私の剣の間合いに入らないようにしている。
えらいぞ、息子よ。
息子も剣を抜いているようだが大丈夫だろうか?
いや、大丈夫のはずだ。
息子は私が教えたことを実践している。
後は私がなんとかしなければ。
少し深呼吸をする。
わざと隙を見せてみる。
するとそれを見逃さなずに大狼が突進して来る。
予想より早いが以前見た速さより遅い!
これなら間合いに入れば斬れる。
だが、大狼は私の横合いをすり抜けるように走る。
しまった!
気づいた時は遅かった。
必死になって剣を振るが感触は浅い。
急いで振り替える。
大狼は息子を押し倒していた。
遅かった!
大狼は息子を押し倒していた。
あれでは息子は助からない。
私はやはり、油断していたようだ。
手負いの獣は恐ろしいが明らかに弱っていたし、動きも遅かった。
殺れる、と思った。
その気の緩みをつかれた。
後悔しても悔やみきれない。
マーサに何と言えばいいのか?
大狼は息子に噛みついている。
直ぐにも私に襲いかかるだろう。
息子を助けたいが私が不用意に近づけば反撃して来る。
経験上、それで最悪命を落とす可能性もある。
大狼がこちらを向くのを待つしかない。
私が非情な決意を固めた時、倒されている息子の足元がもぞもぞと動いているのが見える。
息子は生きている!
そう思った瞬間、私の体は私の意思に反して走り出していた。
息子はまだ生きている。
今ならまだ助かるはず。
いやさっきは助からないと思ったじゃないか?
だから大狼がこちらを向くのを待つと決めたじゃないか?
なのに私は走り出していた。
ああ、これが親というものなのか?
危険だとわかっていても我が子の為なら我が身を顧みない。
無駄だとわかっていても体が先に動いてしまう。
すまなない、マーサ。
そう心の中で呟きながら息子のもとにむかう。
だが私が駆け出した瞬間大狼の体がビクンと動く。
そして大量の血が大狼と息子の居る地面から溢れ出す。
ああ、そんな!
私の全身から力が抜けていく膝が地面に付く。
ヘタリこんでいた。
眼からは涙が流れて嗚咽が出ていた。
「大丈夫ですか?父上」
「ハッ」
聞こえないはずの声が聞こえる?
私は顔を上げ、声のする方を見る。
そこには大狼が倒れている側で全身血まみれの息子の姿があった。
私は絶叫して息子のもとにむかう。
そして息子を力一杯抱き締めていた。
良かった!本当に良かった!
私は抱き締めた息子の温もりを感じて安堵していた。
そして同時にマーサに何と言おうかと思っていた……