兵役?
兵役?
この世界の貴族の義務の1つに、兵役に服する義務が有る。
期間は1年から3年程。
大抵の貴族は成人から、20才までの間に済ませる。
1度、兵役に付くと、その後は余り兵役を命じられることはない。
要請されることは有るが、判断は本人に委ねられる。
最初は強制、後は参加自由。
しかし、それは建前である。
貴族社会は、命令は絶対である!
ノーマンはセルラス伯の騎士の一人である。
セルラス伯の命令は絶対!
逆らえば、騎士の位を取り上げられる。
今の安定した生活は出来ない。
「兵役?」
「そうだ。1年程になる。」
「1年?」
1年の兵役か。
長くはない。短いとも言えないが?
「俺がいない間、領主代行をおまえがするんだ」
「領主代行?」
「そうだ。頼んだぞ。」
「はい?」
いやいや、ないって!
突然、領主代行って?
ないよ、ないよね、冗談でしょ?
「おまえなら大丈夫だ。任せられる。」
「いやいや、待って、冗談でしょ?」
「冗談じゃない。真剣な話だ!
おまえがいるから、父さんは安心して行けるんだ。」
「でも、普通は代官とか、役人とか、置くんじゃ?」
そうだよ!俺である必要はない。
私はまだ、11才。
精神年齢50オーバー。
普通は領主代行なんてしないはず?
この世界では、この年で領主をするんですか?
物語には、幼い時に領主やら、国王やらやらされたりするけど、やらされる身にもなってみろ!
誰が責任取るんだよ!
「代官や、役人には任せられない。
おまえじゃないと、駄目なんだ、頼む!」
ノーマンが頭を下げる。
大の大人が子供に頭を下げる。
この意味が分からない程、私も子供ではない。
精神は子供ではないが。
ここは、子供らしく、聞き分けのいい子供を演じてみるか?
いやいや、留守番とは違うんだぞ!
はぁ~、どうしよう?
ノーマンの中の選択肢に、私が断るというのは、ないらしい。
しかし、やってみたいという気持ちがないわけじゃない。
いやいや、待て、待て。
安易に受けて、取り返しの付かない失敗をしたらどうするんだ!
「僕だと、いざという時、責任が?」
「大丈夫だ、責任なら私が取る!
それにおまえなら、私みたいに失敗することないだろう。」
「失敗したこと有るんですか?」
「有る。何度マーサに迷惑をかけたか?」
ノーマンが目を閉じて、懐かしんでいる。
あっ、涙流してる。
涙脆くなって、みっともない。
「それ、冒険者の時ですよね?」
「いやいや、領主になっても、計算が合ってないとか?報告内容が違ったり、字を間違えたり……」
なんか、聞くに絶えない話が多いんですけど。
「わかりました。父さん。」
「そうか!やってくれるか?」
「ええ、父さんが駄目駄目ってことが、良く分かりました。」
「そうか、父さん駄目駄目か?っておい!」
「プッ、フフ、ハハハハー。」
自然と、二人して笑っていた。
この掛け合いも、本来なら、マーサがやっていたことだが、今は私が、マーサの代わりだ。
マーサがいたら、マーサに頼むが、今はいない。
だから、私がマーサの代わりにやるのだ!
そうだ、そうだよな?
私がやるしか、ないんだよな。
自信はないが、やるしかないんだ。
そう、思おう。
ノーマンに頼られることなんて、なかったんだし。
そう思えば、やる気が出てきた。
単純な男である。
単純故に、何度騙されたことか。
しかし、今回は騙されてやろう。
家族なんだから。
「分かりました。父さん。」
「そうか、分かってくれたか!」
「はい、やってみます。うまく出来るか、分かりませんが、やってみます!」
「そうか、やってくれるか。そうか、そうか。」
また、眼から涙が出始めた。
ノーマン?
ちょっと涙脆くなりすぎじゃないですか?
それから、一月余りは、領主業務の引き継ぎ、兵役の為の準備等で、あっという間に過ぎていた。
引き継ぎは問題がなかった。
マーサがノーマンに注意書きを残していたので、助かった。
しかし、注意書きは事細かに書いてあった。
ノーマンがマーサに指摘されながら、書類を書き直していたかと思うと、笑いがこみ上げてきた。
しかし、兵役準備は難航していた。
兵役には、ノーマンの他に、従者1名に、兵士10名が付くように命じられている。
だが、村は疫病があったばかり、おまけに秋には、小麦を植える準備を始めなければならない。
それなのに、セルラス伯はこの村に、ノーマンに兵役を命じた。
春の疫病の問題があったにも関わらず、なぜ、ノーマンに兵役が命じられたのか?
ノーマンは何も話してくれないから、分からない。
ひょっとしてノーマン、セルラス伯に嫌われた?
それとも、この国、もしかして危ない?
この国、アルマルスは東の大国。
東から、中央平原を抑え、北はノースダルス山脈、南は商業国家チルヌスとは、同盟関係。
北は山脈に阻まれて、進行も侵略もされない。
問題は西。
西の大国サウザンド。
アルマルスと、サウザンドは中央平原の取り合いで、戦争している。
大規模な戦闘はここ数年ないが、小競り合いは数え切れない。
もしかしたら、その戦況が思わしくないのかもしれない。
しかし、今の私には心配してもどうしようもない。
今の私は、出来ることをやるだけだ。
それしか、出来ない。
それいがい、出来ない。
そして、ノーマン他、村人が無事に兵役を終えて、帰って来るのを祈るしかない。
でも、大丈夫だよな?
ノーマンは強い。
肉体的には、むちゃくちゃ強い!
今は、精神が少し心配だが、ノーマンなら大丈夫のはずだ。
だって、傭兵時代は戦功を挙げまくって、騎士になったんだから、大丈夫だよな、ノーマン?
そして、別れの日。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃい、お土産お願い♪」
「戦地に行くんだぞ?」
「だから、戦果がお土産だよ?」
「そ、そうか?そうだな。期待していろ」
「はい、期待しています」
「じゃ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
ノーマンが村を旅立つ村人と共に村を旅立つ。
私は、村の皆と見送る。
村人の中には、泣いている人も少なくない。
リリとナナも、エルクを見送っていた。
リリは涙を見せずに、ナナはベスに抱きついて泣いていた。
ベスも少し、泣いていた。
私も思わず泣きそうになるが、グッと堪える。
ノーマンを見送った後、家路に着くとき、ふと、ノーマンが去り際に何か言っていたのを思い出す。
何と言っていたかな?
そうだ、たしか、
「すまない………」
    
 




